第7話 TS女騎士、代官に引き継ぎ作業を行う
「帳簿はこちらに、また村の運営資金はこの袋の中に金貨1枚と銀貨37枚が」
「承知した、騎士爵代理。確かにお預かりした」
年の頃は40に届くだろうか、痩せぎすの男は今回カミタフィーラ領代官として王都から派遣された法衣貴族(領地を持たない王宮での書類仕事等で王から直接俸禄を得ている貴族)のサルヴァトーレ・ディ・プカア男爵だった。
今回の代官業務を行うに当たり、一家で移動してきたのは手紙を受け取りスーノ人達の家も全て完成した頃の年の暮れである。
長男の経験を積むのに丁度良い案件だと引き受けたと本人は言っており、男爵がメインで業務を行うが長男も仕事の内容を覚えるために手伝う。
それと、次男が少しばかり病弱なため田舎で体力をつけさせたいという理由もあったとの事だ。
「スーノ人兵士らの指揮は元族長のエイリークが務めます、男爵閣下は大まかな指示だけ出せば構いません、仔細は彼が詰めます」
「いやはや有難い、私は従軍した経験も無いので専門家が居るのは助かる」
「閣下は領兵も居ませんからね、仕方ありませんよ。3つの村への夜警は彼らが毎晩行いますので、猪が畑を荒らすなら追い払ってくれるでしょう」
「うむ、承知した。エイリークとやらには後で会っておくとしよう」
プカア男爵は予想していた官吏よりずっとまともな人物でありエレウノーラはその点は安心していたが、あまりに宮廷の風が強かったのが別の不安を呼んでいた。
つまり、荒くれ揃いのスーノ人達やジョン達に舐められまいかと言う点である。
ジョン達はまだ良い、貴族相手だからへいこらしておけと言い含めておけば内心はどうであれ男爵へは従うだろう。
だが、スーノ人は別だ。彼らは強き者に従う気風を誇りとしており、エレウノーラに従っている現状は彼らが認めていた最強の戦士であるエイリークを正面から決闘で倒したので、それほどの強者ならばと納得したからだ。
痩せっぽちの戦に出たことも無い男とは、彼らにとって一等蔑まれる存在である。
「……私から彼に取りなしておきます、少々、その、刺激的な人物ですので男爵とは相性が悪いかと」
「む、そうかね?ではそうして頂こうか」
そんなことも知らない男爵は軽く受け止めているが、エレウノーラが居なくなった後で苦労するのは目に見えていたがそこは彼女に関係無いのでどうでも良かった。
ただ、領の仕事に差し支えが出るような状況にはしたく無いので最低限の配慮を行うだけの話である。
「して、騎士爵代理は学園ではどの学部に通われるのかな?」
「は、騎士科に通う事となっています」
「そうか、私は官吏科だった。懐かしい思い出だ」
ポリナ聖光学園にはそれぞれ専門科があり、騎士科・官吏科・経営科・神学科・魔法科の5つに分かれている。
入学する前に希望を提出し、そこに割り当てられるのが基本である。
「それで、出発はいつ?」
「年が明けてからとなります、春の入学前に向こうで購入する制服や本がありますので少し早めに」
「ふむ、ならば制服はマダム・カルメンの店が宜しかろう。あそこは老舗で品質も良い」
アドバイスをくれる程度には打ち解けてくれたと見て良いだろうか、制服を買うべき店の名前なども伝えてくれた男爵の目は学び舎へと向かう若者に対して優し気に細められていた。
とは言え、身長差があるので男爵がエレウノーラを見上げる形なのだが。
「ありがとうございます、不在中は屋敷はご自由にお使いください。手伝いの村の女衆は日が暮れる頃に戻りますので、夕食は作り置いていた物を温めなおすことになりますが……」
「ああ、その程度なら出来そうだから心配しないでくれ。妻も居るからそうそう倒れたりせんよ」
ははは、と笑いながら男爵はそう言った。
問題が無ければ良いが、本人が大丈夫だと言っている以上それを信じるしかないのである。
(帰ってきたら、男爵一家の首が屋敷前に晒されてたとか洒落にならんぞ……。ちゃんと我慢してくれよな、皆)
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