第2話 TS女騎士、進学を知らされる

「がくえぇん?」


「そうよ、エレウノーラ。王都にあるポリナ聖光学園に16歳になったら貴族は通うのよ」


「けどカッチャマよ、俺ァ文字も計算も出来るし当主代理業があるんだぜ?今更学校なんざ行った所で意味がねぇべや」


「だから!婦女子が俺なんて言葉遣いはお止めなさい!」


「【カッチャマ】は良いんだな」


 ははは、と笑いながらエレウノーラは書類を捲る。

 書いてあるのは別段何も変わりはない、漁獲高はどれくらいだの、罠猟をしたいからその許可をしてほしいだの、祭りにかける予算はいくらだのその程度の事だ。

 これが上位貴族領地ならもっと重要な話もあるんだろうが、吹けば飛ぶような騎士爵領ならこんなのほほんとしたものだ。


「学園は勉強だけの場じゃないらしいのよ!社交の場でもあって、貴女の結婚相手だって見つかるかもしれないわ!」


「カッチャマ、継承の順がおかしくなるから俺は結婚も出産もしねえって伝えただろうが。アメリーゴが成人するまで12年ぞ?その間に当主代理の女が入り婿に孕まされて子を産んだってなると絶対ぇ面倒くさいだろうが」


「けれど王国貴族は16歳から学園に通う事を法律で決められているらしいわ」


 その言葉にエレウノーラの目が細くなる、全ての貴族が学校に通うなど現実的に見て不可能だ。

 寮があるとはいえ、遠方の貧しい貴族は王都までの旅費を出すのに四苦八苦するだろうし大なり小なり後継ぎへの教育は地元で凡そ行っている。

 子供が多い―と言うより、最低でも男2人は産むし何なら3男4男、政略結婚用の娘を何人かは欲しい―所は大変だ。反乱する可能性を考えると、予備の男子に教育などあまりしたくはない。それでも、貴族に進学を命ずるという事はだ。


(人質と参勤交代みてぇなもんかね……、貴族の御坊っちゃん御嬢ちゃんだけで行かせる訳にもいかんし、身の回りの世話する使用人も付ければ金も掛かる。余計な出費をさせて王家に歯向かう力を殺ぐ、あとは次代の王の権力基盤作りか?最もウチみたいな地方騎士爵にゃ関係ない話だが)


 それよりも大事なのは旅費だなと目頭を押さえて考える、税は有限なのだから効率的に使いたいのだ。今工事を行っている農村と漁村を繋ぐ道を石畳にして中間地点に休憩所を作る予定なのだが、石と木材の手配に金が掛かる。

 余分な金など騎士爵家には存在しない、全て使い道の決まった金である。


「とは言うがね、カッチャマよ。学費だの滞在費だのが無駄じゃあないか、俺1人行かなかった程度で国や世が変わる訳でなし」


「私もランベルト様も学園に行った事が無いから分からないけれど、御上が決めたことに逆らうと言うの?」


「……それを言われると辛いがね、実際問題1か月や2か月通えば良いってもんでも無いんだろ?年単位で領地を離れるのは不味かろうて」


「3年間だから、それは、まあ……」


 エレウノーラの指摘にフィリスが口籠る、そんな長期間領を空けられると困るのは誰が見ても明らかであった。


「なら、仕方ない。学園通学への奏上として手紙を送ろう。俺が学園を卒業するまで代理の代官を送って頂きたいと」


「代官様を?でも、私、上手くお迎えできるかしら……」


 元々が豪農の娘に代官も期待などしないだろ、と一言言いそうになったエレウノーラだがそれを堪えた。今喧嘩になる言い方をした所で得なことなど無い。法で決まっていると持ちだされたらこちらももう正当なる抗議手段が存在しないので、さっさと白旗を上げるに限った。


「カッチャマは爺様の所へ帰れば良いさ、アメリーゴも連れてな。俺が学園とやらに行く前に話は付けておく」


「それじゃあ、御付きは誰にするの?1人は連れて行かないとカミタフィーラ家の面子が立たないわ」


「トッチャマが成り上りだから、んなもんありゃしねえよウチはさ。あー……、村で俺と同じくらいの娘っ子はいたっけ?」


「マーラ、ニコレッタ、チェチーリア、シモネッタとフランチェスカにロベルタね」


 カリカリカリとペンが音を立てて名前を書き込んでいく、その上で骰子サイコロを振った。


「6が出たか、じゃあロベルタ連れてくわ」


「貴女そんな適当な選び方で大丈夫?」


「大丈夫だろ、だってロベルタだぞロベルタ。治安最悪な街でも戦える名前だ」


「貴女本当に大丈夫?」


 ちょっと通じないネタだったな、等とうそぶきつつエレウノーラは立ち上がり、グッと背伸びをするとグキグキと骨が鳴る音が響いた。


「それじゃあ、ロベルタに来年ついて来るように知らせてくるわ。いきなり来いって言われるより準備期間1年あった方が良いだろ」


「ちゃんと説明なさいね、それから準備金はカミタフィーラ家が受け持つって言うのよ」


「わーってるって、領民を徴用しておいて金出さないとかやらねーから」


 そう言いながら外出の準備を整えると、玄関を開け太陽の眩しさに目を細めた。


「じゃ、マチキ村まで行ってくるわ」

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