第40話 第2王子、観戦する
「王家の皆様の御臨席です、皆様拍手で御出迎えを」
司会が魔法で声を響かせる道具を使って紹介をすると、貴族・平民関係無く拍手を行いそれを合図に僕を含めた王家一族は手を振る。
ファビアーノ兄様は随分とご機嫌だ、近衛の団長は兄様の派閥に属しているからきっと彼の勝利を思い描いているのだろう。
弟のホルテス・モレノは何時もの虚ろな瞳をしてボンヤリとしている、この子は日々こうなので少し心配になる。
自分はあまり前に出ないように兄様の陰に隠れる、目立ってはならない。
兄様の気分を害するから、どうせ5年もすれば修道院に入る身だがそれまでに目を付けられて教会に迷惑かけるような事をされても堪らない。
こういった騎士らの名誉がどうと言われても自分には余り響かないので出来れば参加せずに写本や絵画、詩集を嗜みたいのだが王家臨席となればそうもいかない。
これも社交の1つというが、驕奢な暮らしとは無縁な生活を送らせようというのに経験した所で意味が無いと思った。
言葉に出すような無思慮は無いので結局何も変わらないのだが。
「それでは出場選手の紹介をさせて頂きます」
出場する選手は予選を勝ち抜いた国外の選手と推薦で出場する国内の選手に分かれている、国内外問わず有名な名を聞くがそこで司会が一瞬口籠った。
「えー……、ポリナ聖光学園より推薦枠、エレウノーラ・ディ・カミタフィーラ騎士爵代理!」
女の名前を呼び、想像したのは客を呼び込むための看板娘だろうかと思っていた自分の目に飛び込んできたのは山のような身長に大岩のような肉体。
虚弱な自分が女で彼女が歴戦の男なのではと思う程の威圧感。
「凄い……」
「チッ」
兄様が舌打ちをして不愉快そうに呟いた。
「あの女を出すのか」
黒い闇が噴出するような声音に怯えてそちらを向くことは出来なかった、代わりに弟を見ると不思議そうな顔をして天を仰いでいた。
「フランソワとアルブレヒト……?神の言うランダムとは……?」
……こちらはこちらで自分の理解の及ばぬ事を口走る。
ああ、早くどこでも良いから修道院に入れて欲しい、毎日写本出来るなんて幸せ以外になんと言えば良いのか。
少なくとも怖い兄と分からない弟に挟まれる日々よりずっと良い。
始まったトーナメントは決闘方式、見ている側としてはもっと華やかな馬上槍が良いけれどこれはこれで楽しいのだそうだ。
まともに剣を握ったこともない人間としてその感性は分からない、あんな鉄の塊で人を叩いたり切りつけたりして罪の意識などを感じないのだろうか?
主は隣人を愛せと預言者に伝え給うたがなぜそれを無視するような事をするのか?
人々が欲を捨てていない証がこのトーナメントだろう、人を叩きのめすのが1番上手い人間を勇者と讃え金や物を贈り見ているものに次は我こそと煽る。
このような事を続けていればそのうちに名誉を求めて戦になるのではと心配になる、とはいえなんの力もない予備王子の身分では声を上げることもままならない。
1回戦でやはり歓声が上がるのは近衛団長の時だった、皆が同胞の勝利を願っている。
その次はフランソワなる騎士の時で、こちらは婦女子の黄色い声が響き渡った。
色男はどこの国でも女性から人気なのだろう、彼にハンカチーフを渡そうと幾人もの貴婦人が身を乗り出していた。
故に、その次の彼女の試合は異質と言っても過言では無かったと言えよう。
試合が始まり、相手の選手が先に仕掛けるがこれを半身になって躱すとすくい上げるように足元から長剣を当てるとそのまま力任せに上に振り抜いた。
対戦相手が宙を浮き頭が下になったその時に女騎士は顔面に膝を叩き込んだ。
歯と血を撒き散らしながら地に伏せた相手を一瞥もすること無く控えのヘヤがある方へと去っていく。
救護の僧侶が回復の奇跡を施す様を眺めながら自分はというと……
「ひえっ」
情けない声を漏らすしか無かった、あんな人の壊し方を熟知している人間が怖い、それを良いものを見たと言わんばかりに歓声を上げる観客が怖い、不機嫌な兄様が怖い、無感情に眺めている弟が怖い。
(早く終わってくれないかな……)
ひたすらに念じるが、それで時間が早く過ぎるわけもなくてこの生き地獄から開放されることはなさそうだった。
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