第55話 アシリチ王軍、敗走
「殺せ!あの女を殺せ!」
「中央戦力を抽出してあの女を囲め!」
ルイ皇子の絶叫にカトリーヌ卿が指示を出し、命令を受けた前線指揮官の下級貴族と徴集兵が前に出るが完全に及び腰だ。
(クソ!図らずもゴドフロワ卿の言う通りになってしまった!)
カトリーヌ・ド・ジューアンは唇を噛み締め、先程戦死した同僚を恨む。
最強だの無敵だのと煽てられようがそれは今まで己より上の存在と運良く出会わなかっただけの話だ、今目の前にいる剛腕の女騎士は明らかに自分よりも格上だ。
そんな相手を殺すには彼女が思いつく手段はただ一つ、死ぬまで兵をぶつける事。
つまりは物量戦であり、波状攻撃を行うしか無かった。
が、彼女の思い通りにいかないものだ。
先程の決闘を見ていたロリアンギタ兵は行けば死ぬ決死の地へと近づきはするが剣が届く範囲には立ち入らずに囲みはするが武器を向けて睨みつけるばかりであった。
「なんだ、囲んで有利になったのに見てるだけか?それならこっちから殺るぜ」
言うや否や、前方で槍を向けていた兵三名の首が飛んだ。
一瞬で詰められた距離を信じられずにいる兵を突き飛ばし、騎士が斬りかかるがヒラリと身をかわしたエレウノーラが魔剣で胴を薙ぐと騎士の腸が溢れ絶命する。
「ひぃ!」
「無理だ!逃げろ!」
怯えた兵が二人逃げ出すが、その二人の胸に二本の矢が突き刺さる。
「逃げるな!逃げた者は射殺す!」
「ロビン卿!ならん!」
ロビン・ド・ルボブンの叫び声にカトリーヌが静止をするが既に二人は絶命している。
引けども引かずとも死ぬ、そんな状況に置かれた中央軍はたった一人に足止めをされる形となってしまった。
そこへアシリチ側からの増援が到着する、ヴィディルヴァ男爵軍とカミタフィーラ軍、そして一部王軍含め二百二十の軍勢だ。
「殺せ!」
エイリーク率いる二十名のハスカールがエレウノーラを囲んでいた兵士を背中から襲い、戦斧によって頭を割られ殺された。
「スーノ人に遅れを取るな!ヴィディルヴァ男爵軍の力を見せろ!」
男爵の掛け声でニコデモを始めとした兵士らがロリアンギタ兵を討ち取っていく、完全に数では劣っているにも関わらず勢いに乗っている。
「カトリーヌ!ペリーヌ!卿らで食い止めよ!ロビン、お前は右翼へ行き攻勢をかけろ!」
ルイの叫びに宝剣勢は動き出す、中央は足止めに徹し、右左翼の攻勢でアシリチ王軍本隊を攻撃し、突出しつつあるカミタフィーラ隊を包囲する狙いである。
「ペリーヌ!援護しろ!」
「はい!御姉様!」
ファルシオンを抜き突撃するカトリーヌにペリーヌの魔法の炎が支援射撃として打ち込まれる、目指すは最大脅威たるエレウノーラである。
「シッ!」
真横に振ったファルシオンを魔剣で弾き飛ばし、エレウノーラは蹴りを見舞うがカトリーヌはそれに合わせてエレウノーラの膝に足裏を乗せるとヒラリと宙を舞った。
「ペリーヌ!」
「死ね!怪物!」
ペリーヌの杖から放たれた火炎をエレウノーラは魔剣を縦に振るうと、ぶつかった炎が掻き消える。
「ゴドフロワ卿、恨みます!」
トットノックの方が魔法的に強度が高いのだろう、ただの───腕は有るとはいえ───魔女には荷が勝ちすぎた。
そのまま背後に向かって剣を振るうと構えた盾ごとカトリーヌが吹き飛ばされる。
「やはり強い!」
「俺に勝った女だぞ!」
その声に反応し咄嗟にローリングでカトリーヌは避け、つい先程まで彼女が居た場所にエイリークの大斧が叩き込まれた。
「エイリーク!その女の相手をしておけ!俺は数を減らす!」
「任された!」
「チッ!退け土人風情が!」
カトリーヌの相手をエイリークに任せたエレウノーラは周囲で乱戦となりつつある場所へと突っ込むとロリアンギタ兵や騎士の区別無く斬り伏せていく、味方の救援は勿論だが魔女からの魔法攻撃を嫌っての事だ。
こうして友軍が居る場所へは安々とあの炎を撃ち込む事はままならないし、よしんば撃ち込んできたならそれはそれで良し。
ただでさえ低い士気が崩壊するだろうと期待してのことだ。
「くっ……」
ペリーヌもそれは理解している、本能は味方の雑兵毎焼き尽くせと叫び理性がそれをすると崩れてしまう歯止めを掛ける。
そうしている内に一人また一人と斬り伏せられていく、手詰まりであった。
となれば、狙いを変えて姉とやり合っているヴァイキングを殺して姉に化物を追ってもらうのが次善の策。
───だが、姉はちゃんと殺せるだろうか?
ふと頭を過った疑問はペリーヌの心に滲んだインクのように汚染していく、だがやらねば宝剣としての立場すら危ういしなんなら命の危機が迫っている。
「死ね下等人種が!」
爆炎と共に放たれた魔法はエイリーク目掛けて疾走し、その様を見たカトリーヌは飛び退いた。
「世界樹の加護よ!」
エイリークが投げたのは魔術触媒である枝、しかしてその枝は急激に巨大化すると渦巻き状になり炎を受け止める盾となった。
「北の海の神々のルーンをとくと味あわせてやろう!」
都合十五人は斬ったか、エレウノーラは息を大きく吸い込んだ。
徐々に前に進みつつあり、ロリアンギタ兵はその分下がってはまた後ろから押されて居た。
引きたいが引けば死ぬ、引かなくとも死ぬ狂気の中で誰もが死物狂いで武器を振り回すが死体が山重なり、流れ出た血が川となる。
カミタフィーラ隊は順調に攻勢を続けており、負傷者は出ても未だ死者を出していないのは帝国側の士気の低さであろう。
故に、両翼攻撃を受けた本隊がその分押されてしまった。
化け物女とやり合うよりマシ、同数よりも少しばかり上なので勝ち目が有る、何より軍旗を汚した以上何かしらの手柄が無ければ物理的に首が飛ぶとなればロリアンギタ軍両翼の勢いは増した。
両面から圧力を受けるアシリチ軍は少しずつ後退を始め、前方の二百二十の兵はエレウノーラも含めて孤立しつつあった。
「エレウノーラ様!本陣が下がっております!」
「出過ぎたのはこちらの失態だが、防御を固めても押されるか」
相対した騎士の首を刎ね飛ばし、返り血を浴びたエレウノーラは退き時であることを悟った。
これ以上ここに残れば後退した本陣を追う部隊とこちらを囲む部隊に分けるのは明白である。
「総員!敵本陣に向けて真っ直ぐに突っ込むぞ!そのまま敵陣を突破し撤退する!先頭の俺から離れれば死と思え!」
トットノックを振り上げたエレウノーラは声を張り上げる、ロリアンギタ兵の行動は二つに割れた。
即ち、左右にいた兵はそのまま後退し前方の兵は突撃を抑えんと盾を構える。
「征くぞ!」
盾を構えようと知ったことかとエレウノーラは突撃し、盾ごと兵を切り裂く。
人一人分の道を作り上げ、脱出路をひたすら走り抜けるが追い付けなかった者や足を縺れさせた者は容赦なく捨て置かれロリアンギタ兵が恨みを込めて討ち取っていく。
「勝機!」
ペリーヌ・ド・ジューアンは脱出路の前に立つと得意の炎を魔力を一番に高め解き放つ、暫くの間は魔力が枯れ果てしまうだろうがここでこの女を討ち取れたならば収支は合うと判断した。
しかし、魔剣へとエレウノーラは自身の魔力を明け渡すと縦に炎を斬り、割れた炎は虚しく掻き消えた。
「ここまでやって」
「退け阿婆擦れ!」
エレウノーラの突進を喰らい、ペリーヌは吹き飛ぶ。
彼女にもし幸運か、或いは体力が有ったならば死の運命から逃れることが出来たであろうが残念ながら死神の鎌は彼女の命を刈り取った。
「あ」
後続のアシリチ兵らは言い付け通りに真っ直ぐに駆け抜けた、そこに女が蹲っていようが関係無くだ。
武装した二百人もの人数に踏みつけられ、ペリーヌ・ド・ジューアンの美しい肉体は破裂した内蔵から漏れ出た汁と踏みつけられた時に飛び出した目玉とで二目と見る事は出来なくなった。
ペリーヌ・ド・ジューアン卿、アシリチ軍の撤退戦の際にエレウノーラ・ディ・カミタフィーラ卿と交戦し、後続の兵を避けることが出来ず戦死した。
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