第56話 TS女騎士、演説する

「走れ走れ走れ!」


 ひたすらエレウノーラを先頭にアシリチ軍は走り続ける、十二宝剣の一人である女を踏み殺してなお彼らの足は止まることは無かった。


「誰も止められんのか!」


 ルイ皇子は馬を走らせるとアシリチ軍の進行ルートから逃れた、あのままでは先頭のエレウノーラによって排除されると判断したからだ。

 この場では正解であったが、後々を考えると大国の皇子が道を譲る形となったのは政治的な失点である。

 主が引いた以上、家臣らもそれに従い道を譲る。

 結果的にエレウノーラ達は比較的楽に包囲を突破することに成功した。






「兵はどの程度残った?」


「ビョルンとムルキがやられた、うちの被害はその二人だが男爵軍が六人、王軍は十五人は殺られた」


「本隊とも合流出来ず、か」


 エイリークと被害について話し合っている最中、エレウノーラは落ち行く太陽を眺めてこれからの事を考えていた。

 敵軍中央突破し、なんとか包囲される前に撤退出来たカミタフィーラ・ヴィディルヴァ隊と一部王軍は被害を確認すると敗戦による動揺と、帝国軍へ多大な被害を出したのが自分達であることへの自信が奇妙な混じり合い高揚している。


「帝国軍はどうしている?」


「はっ、どうやら王都を包囲するために移動をしている様子」


 アダルベルトからの報告にエレウノーラはガリガリと頭を掻いた。


「籠城を選んだか、それしか無いとはいえ援軍の当て無しに籠もるのは悪手だ」


「このまま領へ引きますか?」


「馬鹿を言うな、爺様。数の差がまだ半分の今でもこれだぞ、高々二村しかない領主の兵力なんぞ霞の如くだ」


 息を大きく吸ったエレウノーラはアダルベルトへと問いただす。


「軍議を行う、男爵は何処だ」





 簡易的に野営地を構築し、天幕の中には三人が話し合うために入っていたのだが、エレウノーラは苦痛の余り抜け出そうかと考えていた。


「んっん〜、どの角度が一番見栄えが良くなるかな?ああ、この場にカンバスが無いのが無念だ!」


「ポニエット男爵、それは後になされよ」


「すまぬすまぬヴィディルヴァ男爵!余りにも良きモデルが居たのでな!手前の創造意欲が掻き立てられるのは久しぶりだ!ああ、この気持ちを詩に纏めておこう」


 王国軍指揮官のジョヴァンニ・ディ・ポニエット男爵はそう言うと羊皮紙にガリガリと文字を書き入れていく、彼は一時が万事芸術に関連付けようとする悪癖があった。


「皆様に問いたいのはこれからどうするかということです」


「出来る事なら本隊と合流したいが、無理だろう」


「既に王都の門は閉じているだろうねぇ、【大地を揺るがすその足は決して止まること無く、銀の魔女を土塊へと変えたのだ】」


「戦力二百、これをどうにかして帝国軍へと包囲を行えないようにするしか道は有りません」


「正面からは無理だ」


「然り然り、【おお、血みどろの戦乙女よ。我らが武運を守護せし騎士よ】……いや、もっと韻を踏ませたいな」


 ヘボい詩を吟じるのを止めろと怒鳴りたかったが爵位は彼のほうが上であるためにエレウノーラは指摘する事は無かった。


「取る手段は一つしか有りません、斬首戦術と夜襲です」


 斬首戦術とは敵軍のリーダーに狙いを定めて戦力を集中させることである、司令たる頭を切り落とせば手足たる軍は機能不全となる。

 つまり、ロリアンギタ帝国皇子ルイ・ド・ロリカングの殺害である。


「本気か!?」


「それしか勝ちの目は無いので」


 ヴィディルヴァ男爵が驚き、エレウノーラに本心かと尋ねるのは基本的に高貴な身分であれば捉えて保釈金を出させるというのが貴族の戦争時のマナーというか暗黙のルールがあるからだ。


「教会からアシリチ王国の支配権を金で買ったのがルイ皇子ならば、彼が死ねば今回の戦争の大義名分である統治権交代は無くなり戦争自体が有耶無耶になります」


「だが、ロリアンギタ皇帝が激怒して仇討ち軍を差し向けないか?」


「ほぼしてきます」


「なら皇子を討っても意味が無いな」


「であれば、アシリチに兵を出せないようにすれば宜しいのです」


 エレウノーラがそう言うと二人は顔を見合わせた。


「簡単に言うがそれが出来れば苦労すまい」


「我らが英雄殿には何かしらの策が有るようだ、聞かせてもらおうではないか」


「うちに居るスーノ人の伝手を使って、スノーラントのスーノ人にロリアンギタの土地割譲を条件に荒らし回って貰います」


 エレウノーラのその提案に二人は顔を青褪めさせた。


「カミタフィーラ卿!外交は王家の特権と知ってのことか!?」


「存じておりますが、所詮他人の土地のこと故に。それに少しでも兵力分散させねば大事な王家諸共国が滅びますが」


「それはまあ、そうよな」


「ポニエット卿!」


 ヴィディルヴァ男爵が声を張り上げるが、ポニエット卿はくつくつと忍び笑いを漏らす。


「男爵、現実的に本隊から離れた我らに取れる手段はそうないのは分かっているはずだ。それに乗り越えなければ皆、破滅だ」


「……夜襲の話に戻そう、指揮は誰が?」


「それは御二人のどちらかでしょう」


 どちらも男爵位なのだからとエレウノーラが言うと、ポニエット卿は手をひらひらと振って断った。


「手前は遠慮しよう、指揮官をやりながらだとカミタフィーラ卿の英雄譚がじっくり楽しめん」


「では、総指揮は私が」


「ならば、皇子の首を落とすのは言い出した私が務めましょう」


 分捕った魔剣をさらりと撫でたエレウノーラは事もなげに言うが、戦後に帝国との関係改善のために生贄にされる可能性の高い役目でもあった。


「だが、まずは兵が逃げんようにせねばなるまい」


「二百人で大凡五千の陣地に突入、いやはや戦争伝説とはかくあるべしよ」


「兵を抑えるなら、演説なされた方が宜しいでしょう」


 ヴィディルヴァ男爵はエレウノーラをじっと見つめると、こういった。


「カミタフィーラ卿、卿が話すべきだろう」


「私が?総指揮はヴィディルヴァ男爵閣下ではありませんか」


「先の戦闘で高名な騎士を討ち、敵陣突破の基点となった卿が話せば士気も上がろう」


「……なれば、最悪脱走者が出るやもしれませんが私の言葉に追認頂きたい」







 アシリチ王国軍の残った兵は約百三十余名、その全員が集まるように言われこれから先の事を隣に居る者と囁きあっていた。

 生き延びた興奮が冷め、残ったのは撤退した本隊とそれを囲む敵軍で自分達が攻撃でもしようものなら蹴散らされる数の差。

 となれば脱走を考える者も多く、夜陰に紛れば逃げられるだろうと計画を立てていた。

 無論、敵前逃亡となれば見つかり次第殺されるだろう。

 だが、無理矢理戦って死ぬのと生き残るために逃げる途中で死ぬのは少なくとも自分で選んだと言う事は出来る。

 そんな彼らの前にエレウノーラは進み出た、敵の騎士を何人も討ち取り自分達を逃がす為に血路を開いた女。

 兵達は知らぬ内に背筋が真っ直ぐに伸び、話を聞こうと耳を澄ましていた。


「まず諸君らの奮闘に感謝する、あの包囲を抜けたのは諸君らの気迫有ってこそだ」


 檄を飛ばすかと思っていたのに、兵を褒める事から始まった演説に兵士達は肩透かしを食らった気分だ。

 てっきり勇ましく戦うことの美しさを説くかと思っていたのに、と。


「さて、諸君らも今後の事は気になっているだろう。総指揮官たるヴィディルヴァ男爵閣下から許可を得た、ここから逃げても罪には問わん」


 ざわざわとどよめきが広まり、こんな事を突然言い出した女に誰もが目を奪われていた。

 御墨付きが出たということは諦めたということか?


「ただし条件がある、私の話を最後まで聞いてから選ぶことだ。それならば構わん、夜闇に溶け込んで何処へなりと去るがいい」


 そう言うとエレウノーラは兵達の顔をゆっくりと見渡した。


「お前達、死にたくないか?直答していい、そこのお前。答えろ」


 エレウノーラが指さしたのは年の頃は二十半ばか、健康そうな男だった。


「そりゃあ、死にたかねぇですよ。嫁さん残して死ねねぇ」


「そこの、お前は?」


 次に十代後半の青年を指し示した。


「おっ母に幼い弟と妹がいまさ、おっ父は死んじまったんで俺が稼がねぇと食ってけませんだ」


 それを聞くとエレウノーラは頷いた。


「ならば死なない方法を教えてやろう、降伏し占領軍の言う事を全て聞くことだ」


 またざわめきが走った、今度はヴィディルヴァ軍やカミタフィーラ軍からも困惑の声が上がる。


「一発ヤりたいからお前の嫁と娘、姉や妹を寄越せと言われたらニコニコ笑顔で差し出せ」


 ピシリ、と空気が凍りつく音が聞こえるようであったがエレウノーラは無視して話を続ける。


「腹が減ったから食い物を出せと言われたならば、飢えてやせ衰えた父や息子、弟がようやく食べようとしていたパンを殴って奪って差し出せ。小遣いが欲しいと、家の物を根こそぎ奪われたならば率先して運び出すのを手伝ってやれ」


 そこまで言うとエレウノーラは全ての兵士を見渡した。


「そうすれば生きる事だけは出来るだろう、しかし諸君。私は問いたい、その様にして得た家畜の命に何の意味があるのだ?」


 痛い沈黙が走った、このままではそうなると簡単に想像がついたのだろう。


「断言しよう、人生を送るのと生存するの間には天と地程の差があり、今我らはどちらを選ぶかの瀬戸際に居る」


 エレウノーラは兵達の前に進み出ると、かつて海を割った預言者の如く歩みを止めなかった。

 兵士達が道を明け渡すと、丁度中央まで歩きそこで立ち止まる。


「私はこれから敵軍の大将、即ちロリアンギタ帝国皇子の首を取る。何故ならば家族を守るためにだ、諸君らは家族を捨て己の命のみを取るか?」


「ふざけるな!嫁と娘を残して何処へ行けってんだ!」


「家と畑は先祖が必死で残してくれたんだぞ!?そこを捨ててどうやって生きるんだよ!」


「ならばやるべき事はただ一つ!侵略者を殺すことだ!殺して、殺して、殺し尽くせ!ロリアンギタ兵の骸で山を作れ!ロリアンギタ兵の血で大河を築け!でなくば、お前達の家族の血でそれが作られる!」


 両手を大きく広げたエレウノーラは地平線にまで届かんばかりに声を張り上げた。


「諸君!私は奴らの中で一番の騎士を討った!ならば後はどうとでもなる雑魚ばかりが群れただけの話だ!諸君!私について来い!共にロリアンギタ帝国の都、パリスエスへ行こう!私は諸君らに栄光と富をもたらすことを約束する!」


 そう叫ぶと、エレウノーラは魔剣トットノックを抜き、天高く掲げる。


「家族の為に!奴らを殺せ!」



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