第46話 TS女騎士、パーティに出る

「ドレス1着も持っていないって正気ですの?」


「いやだって領でパーティなんかやらないんですよ」


 淑女としてあり得ないと断じられた理由は単純である、エレウノーラはパーティドレス等という洒落た服を持っていない。

 更に付け加えると彼女の筋骨逞しい肉体をドレスで包んだ場合、道化師顔負けの爆笑が取れること請け合いだ。


「貴女に似合うドレスを探さなければなりませんね……」


「しかしですね、御令嬢。この上背と筋肉でドレスは無理ですよ」


 ヴィットーリアが顎を触りながら悩む中、エレウノーラはしれっと切り捨てた。

 呆れと怒りが同時にくる中、ヴィットーリアは必死で大公家に出ても大丈夫な格好は何かと頭を回転させ続ける。


「御父様の前に出る以上、それなりの格好をしてもらわねば……」


「学校の制服では?」


「あ゛ぁ!?」


 思わず地が飛び出したヴィットーリアにエレウノーラは珍しく怯えた、命のやり取りとは別種の危険を感じ取ったからだ。


「貴女ねぇ!社交界がどれだけ魔境かお分かり!?言葉尻1つ捉えられて家が没落することだってありますのよ!?」


「いや、田舎の成り上がり者の血筋に言われましても」


 基本的にカミタフィーラ領のパーティといえば、新年の祝いと後は豊漁豊作の時の感謝祭位だ。

 顔見知りしか居ない2つの村の中間辺りに野営地を作って焚き火をしながら鍋を作る程度のお祭りしか経験がない。


「ではどうしろと」


「……男装しか無いわね」


 女らしいドレスは無理だと受け入れた以上は、なら逆に男らしくしようとヴィットーリアは切り替えた。


「軍服っぽく仕立てましょう、色は青と白が似合いそうね」


「勘弁してください、御令嬢。染色なんかしたら幾らかかるか……」


「そのくらい私が出すから!品格って物を持って頂戴!今から私の行きつけの服飾店に行きますわよ!」


 強引に腕を掴むと2人は街へと繰り出す、行く先は勿論高級服飾店だ。

 店構えは一目で高いと判るほどに飾り付けられており、専用のドアマンが扉を開いて招き入れた。


「ようこそいらっしゃいました……、これはこれはヴィットーリア様。何かお求めでしょうか?」


「彼女に似合うスーツを探しているの、白を基調に青を取り入れたら良いと思うのだけどどうかしら?」


 店舗で働いていたプランナーの男がじっとエレウノーラを頭の先から足元までを眺めた。


「高身長で筋肉質、淑女のドレスよりも勇壮な雰囲気の服が宜しいですな。なんとかしましょう」


「年暮の我が家のパーティに間に合わせて頂戴、急ぎの代金も払うわ」


「御令嬢」


 咎めるような声音のエレウノーラに怯むこと無くヴィットーリアは睨み返した。


「何れ貴女に働いてもらうのだからこれくらいは投資よ、投資」


 そう言うとヴィットーリアは自分のドレスを仕立てる為に数人の針子を含めた一団を連れてさっさと去ってしまった。

 残されたエレウノーラは手で顔を覆うとプランナーへと話しかける。


「なんか軍装っぽいので頼む」


「御任せを、素体が良いのでどうとでもなります」


 そう言うや否や尺を使ってエレウノーラの体の寸法を図り、どれ位の足の長さに合わせるかといったことを計算し始める。

 徐々に人手が増え、布を当て紙に重ねてはハサミで切り糸で縫い合わせていく針子達。


「大公令嬢様とご友人なのですか?」


「そうなのかねぇ……、俺には分からん。利用し合っている関係といえばそれが近いのかもしれん」


「利用、ですか」


「御令嬢は俺に何かをさせたがっている、それが何かは分からないがそれをさせるための報酬前払いをしてるように思えてならないんだ」


 じっとエレウノーラを見つめるプランナーの顔を見ること無く、針子達に言われるがまま服に体を当てて調整をされていく中で会話は続いた。


「でないとたかが田舎の傭兵から成り上がった男の娘、爵位も正式に継いだわけではない代理という貴族モドキにここまで目を掛ける訳が無い」


「左様でございますか」


 淡々と会話をしながらも作業は続いていく、概ねサイズが合わさりこれを元に本決まりとなるのだが何も染色されていない白の生地だけでも随分と様になっていた。


「あら……、もうそんな所まで作られてたのね」


 ヴィットーリアは周囲を回りながら出来栄えを眺める、腕の良い職人達の技を堪能すると微笑んだ。


「何処かの貴公子かと」


「御冗談を……」


「ともあれ、パーティには間に合いそうですね」


 扇を広げたヴィットーリアは、口元を隠すとそれが合図であったか御付きが代金を店へと支払った。


「期待していますわ、カミタフィーラ卿」





「して、その騎士爵代理はどのような人物なのだ?」


「力強く、民想いの御人ですわ」


 父である大公の質問に短くヴィットーリアは答えた。

 今日が年末パーティなのだが、客人は多かった。

 王弟たる大公への挨拶と同時に、新年の国王が開く祝賀の儀への参加が行われるからだ。


 親子の会話の最中、2人の男女がやって来る。

 1人は大公家嫡男のチェーザレと次女のベアトリーチェである。


「やあ、ヴィットーリア」


「お姉様」


 父親への挨拶の後、そう話しかけてきた2人に返礼をすると早速チェーザレがワインを傾けながら聞いていた。


「それで噂の近衛騎士団長を破った学生はどこかな?」


「もう来てるはずなのですが……」


 招待客リストには乗っているし、招待状も持たせている。

 屋敷に入れないということはないはずだがと考えていると、ざわめきが起き始めた。


 背が高く、白と青の軍装を思わせる衣装。

 短く梳いた髪に切れ長の碧眼、体躯は鍛え上げられたのが一目で判る。

 パーティに参加していた婦人方の囁きと視線を集めていたのは誰であろうエレウノーラである。


「御令嬢、遅れてしまいました」


「カミタフィーラ卿、時間通りですわ」


 ほう、とチェーザレは嘆息した。

 覇気と言うべきか、一種の後光を感じたからだ。


(これは確かにヴィットーリアが肩入れする訳だ)


「大公閣下、本日はお招き頂き恐悦至極に存じます」


「うむ、娘が卿を評価していてな。今宵は楽しんでいってくれ」


「カミタフィーラ卿だったか、先ずはトーナメントの勝利を祝わせて欲しい」


 大公とチェーザレの言葉にエレウノーラは腰を折った。


「身に余る光栄、されど既に陛下より賜っておりますゆえ」


「まさか騎士団長に勝てる学生が居るとは思わなかったよ」


 ワインを手ずから注ぎ、チェーザレはエレウノーラに渡すと酒坏を掲げる。


「紹介致しますわ、こちら兄のチェーザレ。隣が妹のベアトリーチェですわ」


「御初に御目に掛かります、姫君。カミタフィーラ騎士爵代理で御座います」


 膝を折り目線を合わせたエレウノーラにベアトリーチェの顔は赤く染まった。


「カ、カスーナト家次女のベアトリーチェです……」


 ベアトリーチェは俯くとそのままチェーザレの足に隠れてしまった。


「お幾つで?」


「妹は今年8つになるよ」


「利発そうな御令嬢ですね」


 湯気が立つのではと思うほどに赤く染まった顔を見せまいと俯き、チェーザレのズボンは皺が出来る程に握りしめられた。


「卿は卒業後はどうする?やはり近衛入りか?」


「家は弟が継ぎますので、私は貴族籍を返納して市井に入ろうかと」


「それは流石に駄目だろう、トーナメントに優勝する腕前ならば何処でも仕官は叶うはずだ」


「と、申されましても……」


「そもそも何故弟御が?卿が卒業後に爵位を継げば良いだけではないか」


「……御令嬢、もしや説明は」


「あ」


 ヴィットーリア、痛恨の連絡ミスを犯した。

 優秀な人材とは伝えたが、女生徒であるとは伝えていなかった。

 また、本人らもトーナメントを実際には見ておらず噂話として学生が騎士団長に勝ったとしか聞いておらず男子生徒だと此の時まで思い込んでいた。


「───」


 ベアトリーチェ・ディ・カスーナト令嬢、8歳にして失恋の瞬間である。

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