第48話 TS女騎士、学園で平和に過ごす

「特にやることねぇなぁ」


「御嬢様、どうかなさいました?」


「いや、何も無いよ。ロベルタ」


 正式にヴィディルヴァ男爵家の養女となったロベルタは、そのまま礼儀見習いとしてエレウノーラ付きとなっていた。

 本来なら1つ上の男爵家かあるいは子爵家に派遣されるのだが元々の主人に仕えさせた方が良いと判断され─またエレウノーラとの橋渡し役も期待されている─続行となった。


「春ももう終わりだ、試験も終わって気が抜けてるやつが多いんだから俺も良いだろ」


「気が抜けていると言えば、王太子殿下がそうらしいですね」


 エレウノーラが首を傾けてロベルタを見ながら次を促した。


「なんでも聖女様と良くお会いになってるそうですよ!」


「ふーん……、大公令嬢が関わるなって言ったのはそこら辺が関係してるのかね」


 ぐっと背伸びをすると、反動をつけてソファから立ち上がった。


「ちょっと散歩してくるわ、部屋片付けといて」


「はい、行ってらっしゃいませ」



 誰も居ない夕方の中庭で、エレウノーラは夕日を眺めていた。

 送った金貨は有効活用しているだろうか?

 夏に戻ったときには確認しなければなとぼんやり考えていると、遠くから人の声が聞こえだした。


「……何だよ、人が良い気分で黄昏れてんのに」


 そちらに視線を向けると顔見知りが居た、クラリッサが1年生に激しく問い詰めていた。


「クラリッサ嬢があんなに激高するなんて」


 そのまま眺めていると彼女は走り出し、残された1年生は気落ちしたように俯くとどんよりとした雰囲気で歩き出した。


「女って怖ぁ……」


 だが、翌日更にエレウノーラは恐怖を覚えることになる。


「テオドージオに粉を掛けてきた下級生が居ましたよ」


 イターリアから話しかけられたエレウノーラは顔を顰めながらそれに答えて言った。


「銀髪?」


「はい」


「すらっとしてて、少し背が低い?」


「はい、御存じなので?」


「昨日、クラリッサ嬢がぶちギレてるのを見たよ」


「え、そちらの方にも行っていたので?」


 信じられんと言いたげに口を手で覆うと、それから少し悩んでイターリアは言った。


「躾けますか?」


「大公令嬢から関わるなと言われている」


 ガシガシと頭を掻き毟り、溜息をついたエレウノーラは歩き出しイターリアもそれに続いた。


「何故婚約者の居る男によりつくのか俺には分からん、どう考えても厄介ごとだろ」


「元々庶子と聞いていますので、そういった教育を受けていないのかと」


「だが多少頭が有れば人の物を盗っちゃいけません位は分かるだろ?」


「一定数、我慢の効かない人間が居るとは聞きましたが……」


 イターリアは悩ましげに眉を顰めると呟き、エレウノーラもまたため息を吐いた。


「一々面倒に関わってるのを見るに、そう言う趣味か?」


「人の物でなければ興奮しない、と?」


「だとしたらとうしようもない、関わり断とうとしても向こうから寄ってくるんだからな」


 マニアックな趣味だが、ある意味では有り触れた物とも言えた。

 かつての祖国で放送されていたドラマで不倫物が人気だった事があるのは人間は少なからず人の物を欲しがるという証左ではなかろうか。


「それを封建制でやられたら人死にが出るって話なだけでな」


 中世的なこの世界での結婚とは個人と個人が新たに家庭を持つではなく、家と家同士が繋がりを持つという事はヨアシュとロベルタの婚約でも分かったことだろう。

 互いに家が持つメリットを分け合い、それを持って次の代が育つ20年後まで家を保つ。

 グッチーニ家が金を稼ぎ家を継続させ、ヴィディルヴァ家が武力を持って脅威を排除する持ちつ持たれつの関係性が理想的とされている。

 要は互いが互いを裏切らない体制を作るのが婚姻同盟という分かり易い形なのだ、互いの家の血を継ぐ子供なら双方とも安心するので最低男児は2人欲しいと言われる所以である。

 そんな関係に割って入る者が居たらさて、どうなるだろうか?というのは簡単な質問であろう。

【排除する】一択である。

 そんな異分子を受け入れる余地など無いし、あったとしても次の世代で縁を繋ぎましょうねとしか言いようがない。

 銀髪の少女がやっていることはほぼ、自殺と同義とエレウノーラは見えていた。


「俺も弟の結婚相手探さないといけないが、あんな風にやってたら死ぬって」


「親から何を言われるかを通り越して蟄居ちっきょも有り得るのがなんとも」


 ふぅ、と遣る瀬無さを吐き出すと1つの結論に達した。


「馬鹿が馬鹿やる分には構わないが、こっちに被害が来そうなら逃げたほうが良さそうだ」


「同感です」


 全ては自己責任、自己救済が原則なのがこの時代であり特に貴族階級ならば余程の……例えば継承異議による領内紛争でも無ければ王国に対して介入要請はしない。

 何故ならばその分己の取り分が減るからであり、それを避けるならば自分の力で解決する他無い。


 が、何事にも例外が有ると彼女が知ることになるのはその年の暮れに行った決闘裁判で大公令嬢代理として闘う時だったので知るのが遅すぎた。

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