第32話 高校生 10

【恫喝】

これそのものでは罪になりません。

あくまで「やり過ぎた」場合、脅迫罪となります。


「テキトーに座って」我が家のように言う私。

ソワソワするY君。


「なんでTちゃんとのことにまだ私を使うわけ?お前、そもそも自分がしたことわかって物言ってんだよな?Tちゃんと連絡して確保しといて告白されたらゴニョニョゴニョニョとテメーにテメーの信念はねーのかよ!チンカス!お前学年でヤリチンってレッテル貼られてんの知ってる?こちとら人生の選択肢を自分で選んでここに居るんだわ。お前の人生はお前が決めんだよ。こんな所に元カノから呼び出されて説教されて、監督から母親に息子さんの行為でマネージャーが辞めたって電話されてんだろ?こちとら知っとるわ。ボケ!恥ずかしい男だなぁ。

別にお前とTちゃんが付き合おうとダメになろうと今さら私には関係ないんだわ。関係あんのはTちゃんだからさ、お前ちゃんとしろよ!」


掌に乗りそうなくらい小さくなったY君。


「もう一生話すことなんかねー。帰れ!」と、

呼び出しといて一方的に追い出す。


隣の部屋にいた野次馬4人が出てくる。

「あんまり聞こえなかったけどY君ぜんぜん喋んないじゃんねー!何なの?マジで!」

「なんかずっと正座して無口だったです。一応、喋るターンになるように間とか作っても下向くばっかりで。何にも考えてないんですかね」

「とりあえずY君からメールくるか待ってみよ」

「そうっすね」


そして数日後、Y君とTちゃんは付き合うことになった。恐喝罪ではない。はず。



私は無事に2年生になっていた。

従姉妹は自主退学した。

やはり高校でも馴染めなかったらしい。

通学もある通信制高校に編入した。

もう使わないからとジャージやら一色を貰ったのだが、同じ苗字のはずなのに字が違う。

確かに1年の時も同じクラスに同じ苗字の生徒が他に2人いるくらいメジャーなものだが、字に

関しては普通の変換では出てこない珍しい方なのだ。

まぁ読めれば一緒か。一緒か?



その頃から両親が夜中に大喧嘩するようになっていた。2階のリビングから真下の私の部屋まで声が響いてくる。

私は耳を塞ぎながら眠ろうとしても眠れない目をギュッと閉じる。



部活は体験に来てくれた全員が入部してくれたので、人数は安泰だ。

女子バレーボール部なので、監督以外はもちろん女子しかいない。女子ならではの話や女子って男子が思っている以上にリアルでエグい下ネタを話すことに驚いたが、新鮮で楽しかった。



私はいよいよ接骨院へ勉強に向かう。

初日は監督の車に私の自転車を乗せてもらい

2人で挨拶に行った。

院長の第一印象は【不思議】だ。

背が低く、太っているように見えるが筋肉質で

ギョロ目に眼鏡をかけて、耳が潰れている。

後にレスリングをやっていたと聞き、不思議は納得に変わった。


院長と事務兼補助の女性と2人でやっている。

1階が接骨院で2階と3階は自宅だ。

野球部で日焼けした肌には似合わない、水色と薄ピンク色のナース服が支給された。

私は人体の勉強をしつつ、事務の女性が院長の補助をしている間、受け付けとカルテを出すなどの事務手伝いをしていた。


図鑑を見ながら、まずノートに首から上の骨だけを鉛筆で描く。

上下左右の方向をそれぞれ描く。

それを頭のてっぺんから足先まで終わったら、再び骨を描き、次にその骨につく筋肉、次に神経を、靭帯を、内臓を、順番に色ペンで重ね描きしていく。最後に人間が出来上がる。

そうすると、人間の体を見た時に内部が透けて見えるのだ。

筋肉の筋の方向、臓器を守る骨、血の流れ、

骨の可動域、その他諸々。

これが見えなければ、マッサージもテーピングも恐らく効果が薄れるだろう。


その時私の左膝には大きな腫瘤が出来ていて

痛みこそ無かったので1年放置していた。

院長はそのしこりを押しながら膝を動かし

奥に押し込めた。汗をかいていた。

「また出てきたらすぐ言えよ」と。

ガングリオンというやつらしい。


接骨院での勉強はバイト扱いにしてくれており

毎週水曜日と日曜日が休みだった。

高校生で初めてのバイトにしてはかなり特殊。

クラスの友達達は居酒屋やコンビニでバイトをしていた。

私は水曜日と日曜日だけ家の近くの居酒屋で

アルバイトをすることに決めた。

部活終わりなので数時間だが、特殊以外の仕事も経験してみたかった。

面接をしたその場で採用が決まり、初出勤日も決まった。

大人になってから知ったのだが、採用が決まったあと父がこっそりそのお店へ来店し、変な従業員がいないか下見に行っていたらしい。


居酒屋でのアルバイトをし始めて恐らく1ヶ月やそこらだったと思うが、院長先生から突然に

「こっちに身が入らないから辞めろ」と言われた。というのも、休みの日曜日などに接骨院に呼ばれるのだ。どんな用事かというと、院長先生には小学生の息子が2人いて家でバーベキューをするから来いとか、ハイキングに行くからこれこれ用意しとけよ、とか。

プライベートなものがほとんどだった。

なので私が「居酒屋のバイトがあるので」と断っていたら突然の辞めろ宣告だ。


私は薄々気付いていた。

典型的な【パワハラ】体質の会社であると。

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