第56話 息子の育児 1

「ぃい゛やぁァア゛!」


これが我が息子の初めて発した言葉だ。

言葉と言っていいかわからないが、そこにいた

家族がみなそう聞こえたのでそうなのだろう。


退院して実家にいる。

両親は平日仕事だが昼間は祖母がいるのでちょっとした時に面倒をみてくれる。

土曜日のお昼、母と祖母とリビングで過ごしながら私は母乳をあげている。

入院中からそうだったのだが、こやつは乳を飲むのが下手くそらしい。上手く飲めないのだ。

でも飲んでくれないと乳がまた岩になるし何せ

母乳はタダだ。お金も手間もかからない。

「頑張って飲めるかなあー?ほら、頑張れ~」


「ぃい゛やぁァア゛!」


母も祖母も、んんっ!?と眉をひそめる。

「今、嫌あぁ!って聞こえたの私だけ?」

「嫌あぁ!って言ってた」

「言ってた言ってた」


……君はもうミルクにします。


搾乳器で母乳を哺乳瓶に移してあげてみたものの赤ちゃんのくせに母乳が好きじゃないのか?

まさか出産した瞬間から偏食なのか!?!?

母乳は思うような量を飲んでくれなかった。

粉ミルクを作る。あげる。

グビグビと音を鳴らし飲む。

……めちゃくちゃ飲むじゃん、、、

私の乳は役立たずであった。

母乳は飲んでくれないと岩になってしまうので、勿体ないが搾って捨てるしかない。

……お金が排水溝に流れていく、、、


ミルクに変えてからというもの、息子の体重は増えハム感も増し増しになっていった。

歯茎がツルツルしてて可愛いのでついツンツンと触ってしまう。ベロも丸くてムチムチ。

産まれて2日目くらいの顔は垂れ目にしたウミガメみたいだった。よくゴリラとかガッツ石松と聞くが、うちはウミガメに似ていた。



2ヶ月間実家にお世話になり自宅に戻った。

ぷぅ太くんのいない部屋は広くなっている。

息子はミルクの飲みも良くなりよく寝た。

夜泣きも時間になったらこちらがミルクをあげないとずっと寝る勢いだ。

それだけでなんて親孝行なんだろうと思った。

カツオがベビーベッドから寝顔をのぞく。

抱っこもオムツもミルクもあげられるようになった。ほとんど働いているので普段は夜の寝顔しか見られないことが多い。

それでも休みの日は私が想像していたよりも育児に参加していた。家事掃除に関しては芋虫なので私がやりその間に様子を見ててもらう。



マイちゃんが遊びに来てくれた。

実家にも遊びに来てくれているので息子に会いに来るのは2回目だ。

「育ってるー!」と驚く。

「ミルクに変えたんだよ」と経緯を説明する。

「偏食が遺伝したなこりゃ」

「ぐぅのねも出ねぇ」

「カツオに似なくてよかったね」とニヤける。

「似てたとしても可愛いのは間違いないんだろうけど、私も内心そう思っている」と笑う。

「マイちゃんは彼氏とどうなの?その後」

「うーん。結婚はしたいけど向こうがまだその気じゃないみたいだからさー」

「うちなんて何もないところから出来ちゃった結婚したけど何だかんだ普通だよ?」

「向こう結婚願望なさそうなんだよね」

「同い年でしょ?22歳ならまだそうかぁ」

「あと、仕事がねぇ」

「まだキャッチの仕事してんの?」

「してるー」

「改めて思うけどさ、なんで人見知りなのにそのキャッチ彼氏と連絡交換したのよ」

「顔がめちゃくちゃタイプだった!!!」

「あー、錦戸亮くんみたいな顔好きだもんね」

「つい、顔に釣られてしまった...」

「てか女関係は大丈夫なの?」

「今のところ大丈夫そう」

「じゃあ少し様子見だな!」

「だな!すぐ相談するから!」

「わかったよー!」と、笑い合い帰って行った。



母乳をやめたので生理が来るはずなのだが、

来る気配がない。出産で生理不順が治る場合もあるらしいが私は一生治らなさそうだ。

うっかり2人目を妊娠しないように気をつけなくては。さすがにお金も心もゆとりが無くなる。



翌月、私は妊娠をしていることがわかった。


他の産後の女性はどうかわからないが私は出産をして今まで以上に性に興味が無くなった。

触れられることすら鬱陶しい。

……もうお前のための体じゃない。

でも夫はそうはいかない。

致し方なくしてやったのだが、なんと言ったらいいのだろう。ほぼ入れた瞬間に出てしまったのだ。しかも!また、故意的非避妊だ。

……死んでくれ。

私は離婚どころか死んでくれと思った。

1人目を出産をした2ヶ月目で2人目を妊娠した。

出産予定日は12月半ば。

ちょうど1年違いの年子になる。



寝返りが出来るようになった頃には私のお腹は

相当に出始めていた。

出産したばかりなのでより伸びがいいのか、

罰ゲームの風船のように大きくなる。

つわりは同じく食べづわりだったので育児をしながら気持ち悪くなったら食べる。

1人目で太った体重はそのまま残っている。

母乳をあげてたら減っていくという都市伝説も

ミルクに切り替えてしまったので、私は体重を

戻す機会も失ったまま妊婦生活に戻った。



双子を出産したことが無いので比べられないが

年子もめちゃくちゃしんどい。

お腹に赤ちゃんがいるのに赤ちゃんを育てているのだ。ただでさえ気を遣うことが多いのに

赤ちゃんにも気を配らなくてはいけない。

「双子だったら同時で済んだのにねー!」

なんて気安く声をかけてくる他人もいる。

あんたは双子も年子も産んでないだろうが。

気安く言ってくるのは他人だけではない。

義母もだ。

なにせカツオと次男は年子である。

でも次男は遅生まれなのでほとんど2歳差だ。

私は2人目を妊娠してから義母に嫌気をさしていた。顔も会わせたくない。

「男は家に居なくても働いてお金入れてくれてりゃいいんだよ!」と平気で言ってくる。2人目が産まれても私のワンオペは確定ということだ。

「この前お弁当作った時、ごま油のにおいとお肉の油が冷たくなって固まってて食べにくかったらしいよ!」と笑ってくる。

職場に電子レンジがあるのだから温めてから食べればいいだけなのに、義母越しに文句を聞く羽目になる。その日から弁当は作っていない。



唯一、自分が穏やかな幸せな気持ちでいられるのは長男とお腹の赤ちゃんと一緒に過ごす時。

もうすぐ2人目の性別もわかる頃だ。

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