第52話 ぐーたら妊婦 1

予定よりも早く退職したのでやることが家事以外に何もない。なのでひたすら食べる。

妊娠をすると好みが変わるとかなんとか聞いたことがあるが、偏食は変わらない。

好きなものを好きな時に好きなだけ食べた。

太った。

妊婦はなるべく10kgプラスぐらいにおさめたほうがいいとかなんとか聞いたことがあるが、

到底ムリだろう。

母乳をあげていると勝手に痩せるとかなんとか聞いたことがあるのでそれに頼ることにした。



カツオと暮らし始めて少しした頃に女の勘が働いた。スマホを充電しながら暗い部屋の隅で隠れるようにニヤニヤしていた。

……あ、女だな。分かりやす過ぎるだろ。

「何してるの?」

「いや、別に充電してるだけ」

「そっか。スマホ貸して」

「え?」

「スマホ、貸してって言ってるの」

女の子とのやりとりだ。

今度2人で飲みに行こうと誘っている。

あぁ、あそこのクレープ屋の女の子か。

連絡先を私のスマホに転送する。

「今、私のスマホから返信しといたから」

「え!?何で勝手に送ってんだよ!!」

「妻だからに決まってんじゃん」

「……」


少ししてクレープちゃんから返信がきた。

「ご結婚されてるのも妊娠されているのも知らずに連絡を交換してしまいました。本当にごめんなさい。もう連絡は取らないので不安にさせてすみませんでした」といった内容だった。

私はクレープちゃんを責め立てるような内容を送ったわけではなく、コイツは既婚者で出産を控える立場にある者なので知らずに変なことになったらクレープちゃんの立場としても困る事が起きてしまうので夫には注意しておきますといったことを送った。

如何せん無断で避妊しなかった奴は要注意だ。

仮にクレープちゃんが結婚指輪に気付いていて

連絡を取り合っていたとしても、先に手をつけようとしたのはウチのやつだ。至らない夫で申し訳ないと私も謝って返信し、終わった。


この話をマイちゃんにしたら怒り心頭だ。

「私その子にクレープ作ってもらって食べたことある!!その子悪くなさそうだけど、つい

クレープ屋の前通るとき睨んじゃう!!」

マイちゃんらしくて笑ってしまった。

私は別にクレープちゃんとのことは気にしていない。そんなことより目の前にあるマカダミアナッツチョコレートに夢中だ。目の前に食べ物が並んでいるとそれだけで幸せだ。でもただの

食いしん坊ではなくて不安を誤魔化すため欲求を満たすためのあまり良くない行動だ。

それに髪の毛を抜いてしまう。自傷行為と聞くとリストカットなとが真っ先に思い浮かぶと思うが、髪を抜くのも自傷行為らしい。これらは

高校生のときから始まっていた。無意識に。

だから私は常にアホ毛がある。抜いた髪が伸びてくると本当にアホみたいに生えている。


それでもお腹の中の枝豆が卵くらいになって

リンゴくらいになって…と大きくなりながら

人体が形成されていく過程は愛しかった。

エコーの写真も大事に保護して保存している。

アルバムを作るための用意もある。

名前の本と睨めっこする日々だ。

いかんせん、おちんちんが丸見えなので男の子というのは確定している。

でももう決めていることがあった。

画数は少なめ漢字一文字で2文字読み、語尾がのびる感じではなく締まる感じ、冬生まれだけど海を想像させるものがいいのだ。



朝の5時。母が叩き起しに来る。

……うーん、、、。あ!!海に行く日だ!!!

自分の持ち物を最終確認して、誰もいない車も通らない道のど真ん中で仁王立ちする私。

この街の覇者になった気分だ。

行きの音楽はサザンオールスターズ一択。

小学生にしてチャコの海岸物語と栞のテーマが

お気に入りであった。

朝日を浴びながら走る首都高速道路は最高だ。

海岸横の駐車場に車を停めて集合する。

ウェットスーツを着てシュノーケリング用品を持ち砂浜に向かう。朝の7時頃、船がエンジン音をさせながら浜に船をつける。その船に10分ほど乗り岩場で下船する。


そこは神奈川県の葉山町にある森戸海岸。

私は物心ついたときから父の会社仲間兼友人と集まりここでシュノーケリングをしている。

クラゲが出る前までに2、3回ほど行く。

岩場にテントを立てるのももう慣れっこだ。

森戸海岸の海は関東の中でも綺麗だ。

江ノ島?湘南?あんな泡立った緑色の水に入るやつの気が知れない。そこらの川より汚ぇ。

当時はサザエやアワビやウニ、タコなどを採ってその場でバーベキューをしていた。今は食べることは勿論だが持ち帰りも禁止しているので

もう船は出していないらしい。

私は1人でひたすらひたすらひたすら潜る。

海と遊ぶのだ。

潜った瞬間に途切れる周囲の音。

色とりどりの魚を追いかけたり岩の隙間に隠れる巨大ウツボの口を観察。アワビがいたら手に持ったアワビおこしで岩から剥がし腰に着けたネットに入れる。1度酸素を取り込むために海中から顔を出す。

周囲の音は波が岩に当たる音だ。

もう一度潜り、海藻に隠れていた先程のサザエを見つけ出しネットに入れる。

しかし、私のお目当てはそやつらではない。

ウミウシだ!!

その海の宝石と呼ばれるウミウシが大好きで、

森戸海岸の岩場の方にはウミウシがいるのだ。

主に1番メジャーなアオウミウシさん。

発見したらそうっと手ですくい上げ母に見せてあげる。母は海を眺めながらビールを飲んでいるので酒のつまみ(もちろん観賞用)として海水を入れた虫かごに集める。弱ってしまったら可哀想なので少ししたら海に返してねと伝えて水分補給をしてまたすぐに潜りにいく。

今でこそウミウシは写真集になったり(全シリーズ購入済)、モチーフになったりと認知度が上がったため私は非常に嬉しい。そして恥ずかしながらこれを書きつつ、【ウミウシもちもちクッション】通称、ウミウシ君を抱いている。ウミウシ君を抱いていないとソワソワしてなかなか眠れないほどだ。


このような思い出と母なる私の願いを込めて、愛する息子の名前は決まった。



「髪の毛だけは綺麗に!!!」というような

まじないは勿論しない。

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