第51話 妊婦ワーク
「え?それ認知するの?」
新しく来た店長に妊娠の報告をしたら返ってきた第一声がそれだった。
……にんちするの?
……この人、認知の意味をわかっているのか?
私の話を聞いていなかったのか理解できていないのか。どちらにせよ失礼な言葉である。
「はい。来月籍を入れるので」
気に食わないといった顔だ。
私は2歳上の後輩親友マイちゃんにその時の状況を話した。店長ウザかったと。
「店長、31歳じゃん?んで彼氏いるらしいんだけど中々結婚してもらえないらしいよ。だから先越されて不貞腐れてんだよ」
……なるほど。19歳の小娘がっ!という事か。
「てか、認知するの?って聞くのヤバいね」
「私もびっくりした。え?ってなった」
「体調とか大丈夫なの?」
「つわり、全くない!腹が減るくらい!」
「なら良かった~。てか!辞めないでぇ!!」
マイちゃんは見た目はギャルだが正真正銘の
人見知りである。でも売るのは上手い。
私は出産前に退職すると店長に伝えたので、
気を許し合える存在が離れてしまう寂しさは痛いほど理解できた。
11月末に出産予定なので10月末に退職する予定でいたのだが、その年は麻疹が流行していた。
「やっぱり赤ちゃんの時の予防接種をちゃんと打たなかったから免疫力の弱い体にしちゃったのかなぁ…」
これは私がマイコプラズマ肺炎になったときに
母が言った言葉だ。
そう。私は麻疹・風疹混合ワクチンを打たれていなかった。
妊娠初期の妊婦が麻疹にかかると赤ちゃんが
発達異常をもつことがあるらしいのだ。
流産や早産の原因にもなり得る。
これをニュースで見た心配性の祖母がめちゃくちゃ母に怒っている。
「なんでちゃんと打ってあげてないの!!」
「2人目だからうっかりしちゃった!」と笑う。
「うっかりで済む問題じゃないでしょう!」
火に油を注いだ。
「はーい」と生返事をする。
生返事の意味は想像に容易い。過ぎたもんは
しょーがねーと思っているのだろう。
「もういい!働く予定だった期間までのお金はバァバが出すからすぐに仕事辞めな!!」
かなり、怒っている。
恐らく私が定期的になんちゃらウイルスにかかるので相当懸念しているのだ。
私は理解のない店長に事情を話し、申し訳ないが1ヶ月後に退職することを伝えた。
妊娠がわかってからは、いつもは自転車で通っていたのをバス通勤に変更した。バス停まで15分ほど歩くので雨の日は祖母がタクシー代を出してくれていたのだが、兄が「大袈裟なんだよ!」と言ってきたのでお前は一生結婚するなと思ったら本当に今でも結婚できていない。
勤務中、お腹が空くと気持ち悪くなる。
いわゆる【食べづわり】というやつだ。
店長が休みの日は休憩以外にも、パンなど少し口にする時間をもらっていた。
お腹の皮の伸びがいいのか、ただ単に食べすぎなのか、お腹がどんどん出てくる。
お店で着られる種類もワンピースなどに限られるので、ボトムスだけマタニティパンツにして
トップスはお店の服を買うようにしていた。
マイちゃんに服を選んでもらう。
マイちゃんは今まで出会ってきた友人の中でも
断トツで気が合った。価値観も似ている。
出会ってからお互いの何から何まで知り尽くすほどであり、疎遠になりようがないと思った。
「私も生理不順だから妊娠できるか不安でさ」
「マイちゃんは細すぎ!標準体重にして!」
「だって食に興味ないんだもーん」
「誘われたもの素直に食べるもんね」
「うん。決めてくれるから助かってるよ!」
「私は偏食だけどグルメだからね!」
「妊婦が偏食してんじゃないよっ」
たわいも無い話で馬鹿みたいに笑い合う。
「そうだ!性別っていつ頃わかるの?」
「5ヶ月くらい?らしいよ」
「もうすぐじゃん!どっちがいいとかある?」
「ないかなぁ。カツオは男がいいってさ。自分が男3兄弟だからっていう意味不明な理由!」
「だんご三兄弟じゃねーってのな!」
「そもそも金銭的余裕ないのに何で3人産むこと前提なんだろね?あと産むのは女なんだよ」
「それな」
「無事に出産してもずっと実家にいたい!」
「そういえば住む家は決めたの?」
「あー、この前さ両家の顔合わせやったって言ったじゃん?そしたら向こうの父親がマンションの敷金は払ってくれるらしくて、良さそうなマンション見つけたからもうすぐ実家出るの」
「遊びに行くね!!」
「泊まりでいいよ!!」
無事に引越しが終わった。
そして私はマイちゃんに言った。
「家具家電、うちの実家が全部買ってくれたからうちだけめちゃくちゃお金使ったんだけど」
「うん。え??全部??」
「そう。全部。家具家電から赤ちゃん用品も」
「え?向こうは何してんの?」
「母親が型落ちみたいな炊飯器1つ持ってきた」
「…炊飯器。だけ?なんで?」
「あ、あと電気ケトルも持ってきたわ」
「割合、おかしくない?唯一敷金だけじゃん」
「私が思ってるより…貧しいのかな?」
「あんまり頼れない感じするんだけど」
「まぁうちがお金使うことになるんだろうね」
「結婚したいけど義理の親とか無理だわー」
「同じく」
そして妊娠5ヶ月を迎えた頃。
「マイちゃん!性別わかったよ!」
「え!どっちだった!?」
「ちんちん丸見えだった!!」
2人で爆笑する。
そして、しばしのお別れだ…。
私は退職をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます