第53話 ぐーたら妊婦 2
ぐーたら妊婦は部屋が綺麗じゃないと落ち着かないので、汚れている場所を発見次第ぐーたらじゃなくなる。掃除が終わればぐーたらする。
とはいえ、
でっかいお腹が邪魔をしてしゃがむのもやっとこさだ。そんなお腹に【ぷぅ太】くんは乗っかるのが好きだった。
元々高い所が好きなので登れる所はとことん登っていってしまう。キャットタワーもお気に入りだ。ぷぅ太は引越しをした後もすぐに新しい環境に慣れてくれた。朝起きたらハウスの掃除がてら一緒に遊ぶ。遊んだらご飯を食べて寝る。夜もハウスの掃除をするのでご飯を足し抱っこしてブラッシングをする。
チンチラは耳の後ろや首元をカイカイされるのが大好きで、光悦な表情をする。
「ぷぅ太くん、弟ができたんだよ~」
甘えん坊なぷぅ太はヤキモチやくかな?
ぐーたら妊婦は定期検診で体重計に乗る度に
太り過ぎと怒られないか心配したが、何も言われないので安堵する。
当たり前だが待合室は妊婦さんで溢れている。
……私も妊婦なんだなぁ。
……まさか二十歳で出産することになるとは。
S先生もそりゃあびっくりだ。
でもS先生はお手紙でいつも前を向く言葉しか書かない。どんな事があろうと前を向いて進んでいきなさい、と。
私は過去は経験として前を向いて生きている。
ぐーたら妊婦の家にマイちゃんが遊びに来た。
大きいお腹での移動は中々にツラい。
反り腰になって腰痛は常々だし、脚は浮腫んですぐにつるし、靴下もろくに履けない。
電車などに乗っても席を譲ってくれることは
思っているより少ないのだ。
なのでマイちゃんが家に来てくれることが多かった。それにうちに泊まった方が職場が近いので便利でもある。
私は本と睨めっこして決めた名前を伝える。
「いいねえ!うちら夏生まれだし海めちゃくちゃ行くもんね!わかる!」
「あといつなんどきも呼びやすいでしょ?」
「確かに!」
マイちゃんも早々結婚して子供を授かりたいといつも言っているが、いつかの店長のように
嫉妬したりやっかみなど言ってこない。2歳上なのにたまにどっちが歳上かわからなくなる。
上下関係がない、その時その時でどちらも歳下であり歳上なのだ。
「私さー、食に興味ないから料理できない」
「マイちゃんご飯炊ける?」と茶化す。
「さすがに炊けるわっ!!」と笑う。
「私も結婚してから料理するようになったし」
「でも上手いじゃん。いいなぁー」
「レシピ本見ればなんとかなるもん。でも何を作るか決めるのとか考えるのが嫌い!」
「確かに。3食作ってるの?」
「まさか!夕飯だけ。あとはコンビニ!」
「コンビニ好きだねー」と呆れられる。
「好きな時に好きな物が好きなだけ買える!」
「偏食にはうってつけだよね」
「そうなのです!」
その頃カツオは仕事を掛け持ちしていた。
貯金なんてものは無い状態で結婚したのだから
働いてもらわないと困る。
佐川急便の後に飲食店のキッチンで働いており
私は先に寝てしまうので顔を合わせるのは佐川急便へ出勤する朝くらいだった。
でも私はそれなりに楽しくやっていた。
他人と暮らすのも慣れてきたし何よりカツオは
気を遣わないで済む。常にこっちのペースで動いていても何も文句を言わない。むしろ芋虫なのかな?って思うくらいカツオは動くのが遅いので、サクッと何かをしてもらおうと頼むのは
非合理的なので自分でやった方が良い。
産院で、立ち会い分娩が出来るがどうするかと
聞かれた時に私は嫌だった。カツオは立ち会うって何だろうという顔をしながら「じゃあ」と言った。
……じゃあ、くらいの感覚なら立ち会うな。
そういう所は本当に気が合わないし腹が立つ。
その日その日を楽観的に考えるのは義母からのマインドセットなので諦めている。
立ち会い分娩をきっかけに芋虫がもしも、かなり低い確率を引いて、蝶々になれば万々歳か。
そして、予定日を迎えた。
そして、予定日は過ぎた。
全く生まれてこようとする気配がない。
私は軽く歩いて運動をすれば少し赤ちゃんが
おりてくるかなと思い、手ぶらで散歩に出た。
そして久しぶりにやってしまったのだ。
例の【迷子】を。
こっちに行ったらどこ方面だろう?と、ふと曲がった道がえらい方に行ってしまった。地名を見ても分からない所に出た。15分くらいで帰るつもりだったのでなんとスマホも財布も持たずポッケにあるのは家の鍵。馬鹿野郎すぎる。
なんとか知っている道に出たものの、散歩は
およそ2時間にわたった。それでも生まれる気配がないのは私に似て頑固なのかもしれない。
予定日を10日過ぎた夜7時頃。
前駆陣痛らしきものがやっときた。
カツオに連絡を入れ、すぐに帰る!と。
陣痛の間隔が狭くなってきたので産院に連絡をする。カツオが帰ってきたので予め用意しておいた入院セットを持ち車で産院に向かった。
到着してすぐ着替えて陣痛室で待機する。
腹も痛いが腰も痛いしおしりの穴をギュッと閉じていないといきんでしまうので陣痛に合わせてカツオに尾骨あたりを押してもらう。
「違う!!尾骨はそこじゃない!!そこは仙骨だからもう少し下!!!!!もっと下!!!」
ついつい接骨院時代の癖というのだろうか、
そういう所は相変わらず細かい。でも見当違いなところを押されても意味が無いのだ。
陣痛を生理痛の何倍と例える人がいるが、私は
生理痛を知らないので比べようがない。
とりあえず10分おきに体の内側から手榴弾が
スローモーションで爆発する感覚をひたすら
耐える耐える耐える耐える耐える耐える。
何時間も経ったと思い時計を見るとまだ30分しか経過していないなんて世界時計が狂ってる。
出産には人それぞれエピソードがあると聞いたことがあるが、本当にそうだと思う。
私は病院に着いてから12時間程陣痛と戦った。
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