第54話 ぐーたら妊婦 最終

12月2日。

ついにぐーたら妊婦を卒業した。



陣痛を耐え始めて12時間が経過した頃、

私の他に2人陣痛室に妊婦さんがいた。その2人は私より後に来たが先に産まれそうである。

しかし私の方はというと12時間経過しても破水しないので分娩台に移動し、先生の手により

破水させてもらい、いざ分娩に入る。

ものの、出てこない。

数回いきんでも全く出る気配がない。

……あ、これ無理だ。

私ですらそう思ったのだから先生ももちろん

あ、無理だ。と思ったに違いない。

しかも後ろに2人も分娩待ちがいるのだ。

急遽、普通分娩から吸引分娩に変わったため

残念ながら立ち会い分娩はお見送りとなった。

……ラッキー!と、思ったのはその一瞬。

吸引分娩は機械を使うのでお股をおしりの穴の方までわざとメスで切って広げる。

男性がこれを聞いたらタマタマがヒュンッとしてしまうことだろう。


そして、ついに産まれた。(無理やり)

頭の形が【落花生】のように伸びていた。

吸引分娩あるあるのようだ。


産まれたての赤ちゃんは本当に赤いしちっこい指は羊水でふやけてるし、なにより歯がない。

つるつるした歯茎と丸っこいベロがすごく可愛かった。へやーんへやーんと泣いていた。

想像していたオギャーオギャーではなかった。

名前の通り穏やかな子なのかもしれないとそのときに感じた。

17キロ太った割に赤ちゃんは3270グラムで思っていたよりビッグベビーではなかったが手首に輪ゴムを巻いているみたいだしハムみたいだし

とにかく愛おしくて仕方ない。


なんて思っていたのもつかの間。

「じゃあ縫っていくね~」ぷすっ、とお股に麻酔をされ会陰切開を縫われていく。

タマタマがヒュンっとしてしまうだろう?

するだろう?だろう?しかもだ。

……麻酔が、、、効いていない。

……縫われている感覚が丸わかりだ。

……針が刺さって糸が通っていく。

「あの...麻酔が...縫われてるなぁって感覚が...」

「ありゃ!麻酔効きにくいのかな!もう一本足して縫うから待ってね!」と言ったものの、2本目が効く前にほぼ縫い終わってしまった。


私が選んだ産院は全て個室で、出産当日は体を休めるために赤ちゃんを預かってくれる。

両親や義両親が初孫を見にやって来て、労いの言葉をかけてくれていたようだ。

というのも私は今度は股の激痛に耐えていた。

出産後は「股が痛い」以外の言葉しか言えない。

座るなんて地獄の極みだ。「股が痛い」。

激痛を耐えつつも出産2日目からは母乳のあげかたや沐浴の練習がある。「股が痛い」。

そんな時、分娩に立ち会った割とご年配の助産師さんが私に簡単なお手紙をくれた。

「分娩が立て続いてしまってろくなお声がけもできずにごめんなさい。今日までよく頑張りましたね。これから大変なこともあるだろうけれど今抱いている愛しさを忘れずにお子さんを愛してあげてくださいね」と。

心の底からここの産院にして良かった。

でも、「股が痛い」。


産まれたての赤ちゃんを抱いたアルバムを頂いた。誕生日と体重と手形がついている。

すぐ横にいる赤ちゃんとアルバムを交互に眺めていたら、なんだか熱っぽいことに気付いた。ナースコールで体調を伝え体温を測ると39.5度もあった。

【産褥熱】というやつらしい。

如何せん股が痛くて座れないのでずっと横になっていたら、体から出ないといけない血が溜まったままになってしまい熱が出たのだ。

「溜まった血を掻き出さないとダメだ」

!!…………「全身麻酔でお願いします!!!」

縫い合わされて激痛のお股をこねくり回されるなど死に値する。私は全身麻酔での処置をお願いして処置室のベッドに横になった。

麻酔がされた時、なんて至らない母親なんだ...と思い涙を流しながら意識が遠くなったのを

鮮明に覚えている。


体調が安定するまで赤ちゃんはまた預かりになった。私は自分の不甲斐なさに何故か涙が止まらなった。そんな時に義母がやってきた。

「○○ちゃんは母性本能が強いんだね。大丈夫だから、そんなに自分を責めないの!」とネアカで

笑い飛ばす。少し元気が出た。次の日うちの母がやってきた。ちょうど帰り際の義母に会った時泣いていたことを聞いたようで「なに泣いてんの!あんたが泣いたって仕方ないんだから!

早くお股治しなさい!あ、縫ったところ見せてくれない?ねーねー、どんな感じになってるの?見たい見たい見たい見たい!」

……母に股を見せる娘。

「うわー!すごー!めっちゃ縫われてる!」

「知っとるわ!!!」

「これおトイレ...怖くない?」

「いや、今も怖いよ。裂けそうだよ。でも用が足せるか見ないといけないらしいから壁にもたれかかりながら死ぬ気でトイレ行ったんだよ!」

「お部屋にトイレあったらよかったね」

「ほんとそれな」



私は差し入れに貰ったチョコレートとフルーツを病室で食べた。チョコは2粒と苺を数粒。

次の日それが原因で乳腺炎になった。

股だけでなく乳まで激痛だ。

乳は柔らかいという概念は捨てた方がいい。

岩が2つ付いているようなものだ。

糖分を摂ると乳腺炎になりやすいらしく、それはお菓子に限らず果物もなのだそう。

……早く言ってくれ。

岩となった私の乳を看護師さんがほぼ馬乗りになってゴリンッゴリンッと押してくる。

激痛により股にも力が入る。

「痛いですよね~、ごめんなさい、頑張って!」

女に産まれたことを後悔した瞬間だ。

……来世はミジンコに転生しますように。

そう願いながら股の抜糸をうける。

明日には退院だ。



おくるみに包まれたハムみたいな赤ちゃんを

ベビーシートに乗せて実家に帰る。

2ヶ月ほど実家にいる予定だ。


若干二十歳にして出産をした私は、母親になったと同時に【大人になった】と思った。

それに来月は【成人式】があるのだ。

妊娠がわかるうんと前に着物屋さんで着物を仕立ててもらっていた。

既婚者でも振袖ってアリなのかな?と思ったがもう仕立ててしまったのでまぁいいだろう。

着物を選んでいるときに淡い色を合わせたら

「あんた顔がボヤけてるからパキッとした色の方が似合うよ!」と母に言われたのだが、私の顔はモザイク仕様ということだろうか。

成人式の前撮りは敢えて出産後にした。

振袖を着た私とスーツを着たカツオと赤ちゃんの3人でも撮った。

成人式では久しぶりに同級生に会える。



長男を抱きながら私は最高に幸せだと思った。

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