第92話 陰と陽

自分に自由な時間が出来たと同時に現状と将来について考える時間が増えた。


私には両極端な感情や思考が張り巡らされており脳内が忙しいことに気付く。

困っている人に出会ったら声をかけるのにぶつかってきた人には死ねと思う。

優しいと無慈悲の正反対な部分が時々自分でも

怖く気持ち悪く感じた。

また併せて、思い立ったら行動しなくてはならないという性格もあり自分でもわからないものに対して焦っていた。

これも、大丈夫と不安の極端からくるものだ。

……私は社会で通用するのだろうか。

……不適合者なのではないか。

……専業主婦も立派な仕事じゃないか。


恐らく1番わかりやすいのが【お金】だろう。

家族が生きていくには必ず必要なもので、かつ悩ましい部分だ。


叔母が保険会社に勤めていたこともあり、長男も次男も生まれてすぐに学資保険に加入した。

大学卒業まで充分に足りる設定だ。

カツオの給料は残業ありきの手取りで家族4人分なんとか生活できるくらい。

預かり保育を利用して自分も働けば貯蓄にまわせると思った。

お金は無いと困るが、ある分には困らない。

学費以外に子供にかかるお金も成長と共に増えてくる。

……貯金、したいな。


そう思い始めた頃、カツオがボソッと言った。

「すぐじゃなくても地元に戻って働きたい」


バスの運転手になると言って大型免許証を取得して育児がツラい中で引越しをしてきたのに。

私がどんな状態だったかも知らないで笑って。

もうこいつに振り回されて生きるなんて考えられなかった。私は働くことに決めた。

【離婚するために】


なぜ地元に戻りたいのか聞いた。

実はつい先日、私たちが通院などで1番使う最寄りの駅でバスの事故があった。

私と子供たちはその日たまたまその駅を利用しており、帰るためにロータリーに向かったとき

事故があったのだろうと思わせる状況だった。

事故を起こしたのはカツオとは別の営業所だが、注意喚起の目的で出勤時に目につくテレビに事故の映像が繰り返し流されているようだ。

駅の降車専用地点で老人男性が降り、横断禁止のロータリー内さらにはバスの目の前を横切り丁度死角になった瞬間にバスを発進させてしまった。老人男性は右脚をタイヤに轢かれ出血性ショックにより死亡した。

こんなドライブレコーダー映像を繰り返し流す会社なんてブラック以外の言いようがない。

恐らくカツオは会社のせいで軽いPTSDになっているのだと思う。


離婚をしたら私は私の地元に戻るつもりなのでカツオが地元で働きたいというなら逆に丁度いいくらいだ。

次男が小学校に上がる前にはカタをつけたい。

しかし地元に戻るにはお金が無さすぎる。

それより前にカツオが精神的にダウンしそうな可能性も垣間見えた。

まずは美容院で髪を整え、働ける見た目に変えなくてはないない。


某予約サイトで美容院を探す。

出来れば安いに越したことはないが、私には大事なことがあった。

【相性】だ。

値段やデザインよりもスタッフさんたちの写真や店内、施術しているところを確認する。

特にスタッフさんの顔が大事。

顔を見ると自分との相性がわかるのだ。

元々、変な直感を持っており普段でも顔を見るとザックリどんな人か頭に入ってくる。

小さい頃から変質者にあいまくっていたせいか人の顔つきや表情と雰囲気を読み取りどういった傾向のある人なのか無意識に分析でもしていたのだろうか。

そうして1つのお店が目に付いた。

スタッフさんたちのプロフィールを見ていく。

……あ、この人私と似てる性格かも。

念のため料金表を見たら平均価格だった。

5年の間は自分で毛先などを切っていた。


私はカツオが休みの日に初回から指名予約をして約5年振りに美容院で髪を整える。

私の【社会復帰】はここからだ。


陽の力が動き出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る