第91話 自分の時間

満開だった桜もピークを過ぎて散り始めた。


水曜日は給食なしでお昼にお迎えをする日。

月曜日と金曜日は15時に幼稚園にお迎え。

火曜日と木曜日は療育センターへ同伴通園。


ついに私は週に15時間の自由を手に入れた。

洗濯機をまわしてから子供たちを送った後にゆっくりと洗濯物が干せる。

ちょうど月曜日と金曜日がお弁当の日なので余りを朝ごはんにして食べる。

朝の情報番組も午後の再放送ドラマも観てしまっている。

……私が知らない間にこんなに面白いドラマが放送されていたんだ、、、。

寝不足でウトウトし始めた頃がお迎えの時間。

電動ママチャリに跨ってお迎えに行く。


送りがてら買い物を済ます時もあるが基本的に

3人で買い物をする。

理由は季節によって陳列が変わるので食育ついでだ。長男は気になったものは何でも食べてみたい性分なので調理したことのない食材はネットでレシピを調べて作ってみる。

フキノトウは天ぷらで食べたいが、次男のアレルギーで卵が使えないのでこれまたネットで卵不使用の天ぷら粉の作り方を調べる。

ということで本日の夕飯は天ぷらもどきだ。

フキノトウの苦味で食べられないだろうとたかをくくっていたが、長男は気に入ったらしい。

私の分はほんの少しになった。


療育センターで幼稚園の同伴がなくなったことをママさんたちに報告したら、おめでとう!と拍手で労ってくれた。

やっと私もみんなが言っていたように、ゆっくり家事や掃除をしたり、ゴロゴロしちゃってみたり、こっそりおやつを食べたり、出来なかったことが出来るようになって喜ばしい。


しかし、私は太っていることを思い出した。

日々の忙しさに紛れていたが産後太りがまるっとそのまま残っているのだ。


こりゃいかんと思い慌ててランニングウェアとシューズを購入する。

月曜日と金曜日は近くの川沿いにあるランニングコースを走ることにした。

往復7kmくらいだ。

目を瞑り呼吸に合わせ脚を前に出す。

久しぶりの感覚。

少し思い出される忌々しい記憶。

それをかき消す吐き出す息と川の音。

家に戻りシャワーを浴びて飲み物を注ぐ。

……ジンジャーエール飲んだら意味ないな。

そう思いつつも一気に飲み干す。

「うめぇー!」


痩せたいのか太りたいのかよくわからない状態だが私的には充実している。


ママ友を家に招いてお喋りをする日もある。

子供がいると話せないようなこと(主に各々の夫の愚痴)あるあるで盛り上がる。

大抵いつも私を入れて4、5人くらいで集まることが多い。

家が普段とは違う賑やかさだ。

慣れるまでに時間はかかるが同じ人と繰り返し話すことにより汗もかかないし仮面を被らないで良くなることに気付いた。

伸ばしっぱなしの髪の毛を切るためにそろそろ勇気を出して美容院を探してみようと思う。


そして私にはもうひとつのミッションがある。

【普通運転免許証(AT)】を取得することだ。

これに関しては正直な話、自分の意向ではなく

実家に帰った際、飲兵衛一家のうちは帰りの運転を誰がするかによって少々、揉めるためだ。

ファミレスだろうと何処だろうと関係なくお酒を飲むので運転手になってしまった人はノンアルコールビールで我慢をして家で飲み直す。

そこで父母兄がお酒を飲まない私が運転免許証を取れば解決するじゃないかと言い始めたのがきっかけである。

「轢かれることはあっても轢くことがないから運転したくないのもあるんだけどなぁー」

……誰も聞いちゃいねぇ。


こうして私は保育所が併設されている教習所を探して時には子供を連れて通った。

当時は運転免許証が身分証明書として1番有効的だったこともあり、無いよりは持っていたほうがいいかと思い妥協した。


実技試験。

クランクで後輪を引っかけた。

合格した。

逆に怖い。

後輪を引っ掛ける奴を合格にしてしまうなんていつか私は交通刑務所に入るかもしれない。

こうしてピンクの髪の二重顎女が写った運転免許証を手に入れたのである。


孫が産まれてから父は大好きなアルファロメオからセレナに乗り換えた。

無理くり母に乗り換えさせられたのだが、8人乗りなので孫を乗せても荷物が多くなってもゆとりがあるの非常に助かっている。

アルファロメオの時はツードアだったので乗り降りが面倒臭いし何より祖母の足腰が弱ってきていたこともあり、祖母がスポンサーについてくれたので渋々と買い換えたようだ。

「オートマはゴーカートみたいでつまらない」

父は暫くの間セレナに乗る度に言っていた。

「マニュアルはギア切り替えで酔うから嫌い」

私は父がアルファロメオへの恋しさを零す度にそう言っていた。


ついに免許取得後、初めて運転する日が来た。

後部座席のチャイルドシートから長男がめいいっぱい首を伸ばして運転席を見てくる。

「ママの運転、心配?」

「うん。じこしそうでこわい」

……私はまだエンジンをかけただけである。

「じゃあ出発しまーす!」

「うわあー!こわいー!しんじゃうー!」

……そんなに信用ないの?

クランクで後輪を引っ掛けた話をカツオにした時に盛大に笑われた。そのときの会話を長男は聞いていたのだ。つまりその時点でママの運転はヤベー、パパはバスを運転してるから大丈夫だけどママはヤベー。という認識なのだろう。

「うわあー!あぶないー!じこるー!」

……そろそろ自信喪失しちゃうよ。

無事目的地のサンシャインシティに到着した。

「思ってたより運転上手かったよ!」

「ね!ブレーキの踏み方とか上手かった!」

父と母が感想を述べてくれた。

「でもね、すれ違う時とか路駐を追い越す時とか、こんなもんかな?って感覚でやってる」

と、正直に申し上げた。

「さっきの感想は取り消しで」母が言う。

「だっははははー!こっわ!」父が笑う。

「ママ、うんてんやめな?」長男が引く。



自分の時間が出来たことにより、新しい自分が生まれた。それと同時に、また私の人生の歯車がギシギシと音をたて始めたことに私も誰も、まだ気付いていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る