第45話 大学生 1

新芽は花にならなかった。

なれなかった。

どちらだろう?



母を見ていると真面目に生きている自分が馬鹿馬鹿しく感じるのだ。

それ自体は何も悪いことではないのに、どうしても比べてしまう。

己以外を蔑ろにして好き勝手やってる人の方が楽しそうに見える。

私は高校を卒業してすぐ髪を染めた。

「せっかく綺麗な髪に生んであげたのに!」

……どんな髪で生まれるかなんて確率の問題。

その後はパーマをかけた。

「もう好きにすれば?」

……あなたからは1番言われたくない言葉だ。



院長先生の抑圧スタイルも嫌になってきた。

なんで私はわざわざ3階から1階の診察室にくそ重いテンピュールのマットレスダブルサイズを

院長先生1人の為に下ろしているのだろう。

【階段から転倒。テンピュールにより圧死】

なんていうタイトルでニュースになんかなりたくないぞ。

ほんの30分仮眠するだけなのだから自分が3階に上がればいいだけじゃないのか?

前はパワハラ気味でも合理性があったのに。

腹が立ったので階段からつき落とせば早いと思い横着をしたら「おい!このマットレスいくらするか知ってるか!?」と言われた。即バレた。

私の命<テンピュール、で間違いない。


「この光触媒ってのは有害物質を分解したり消臭したり人体に有効な加工がされてるってこと」

と、言って当時はまだ流行っていなかった光触媒加工のされた造花のブーケを買うように親に勧めろと言われた。クラブチームでも色んな人に半ば押し売りをしていた。

コーチは付き合いということで買ったのだが

奥さんから「詐欺じゃないの!?」と、怒られてしまったらしい。私が家族に勧めても同じ言葉が返ってくるだろう。

それに最近やたらNPO法人宛に電話がくる。

院長先生は賢いので先を見越してNPO法人を

設立したのだろうが、賢いが故に怪しい。


……ここに就職して大丈夫かな。

小さな火種が出来ていた。



大学の本校は群馬県にあったので入学式のためだけにスーツを着て参加する。

キラキラと水滴が反射する緑の芝生の上で写真撮影をする。出来上がった写真を見て母は

「あんたの脚が1番綺麗!やっぱり正座とか足組みとかしないでよかったでしょう!」と謎の自慢をしてくるが、それを愛情とは思えない。



ラッキーなことに1限目が無い時間割だった。

2限目からなので通勤ラッシュを避けられる。

池袋キャンパスには他県から上京してきた生徒も多く、私と同じ班では本校の群馬県より東北寄りの人が多かった。北海道に秋田県、長野県に茨城県、群馬県。本校の方が近いのにわざわざ東京都のキャンパスに通うのは何故か理由があるのだろうか?群馬県からわざわざ池袋キャンパスに通っている人も居て謎だ。謎だけど

方言があるので話していると面白い!

ディスカッションや休憩中など知らない言葉を言われる度に「どういう意味なの?」と聞いて、

私も一緒に同じ言葉で話すのだ。雪国の大変さも聞いたので私は東北には住めなさそうだ。


クラスはもちろん様々な人がいるのだが、主に

喫煙グループと非喫煙グループに別れていることに気付いた。私は非喫煙者だがベランダで

煙草を吸う友達にくっついて行き煙草を吸っている姿を眺める時もあれば非喫煙者たちとアニメの話をしたりする。異文化交流だ。

1度、友達から「1口吸ってみれば?」とよく分からない銘柄の煙草を吸ってみたが不味い以外に言葉が見当たらない。

煙草を吸った?のはそれが最初で最後である。

甘ければ喜んで吸うだろうが苦くて臭い。

思い出しただけで、オエーっとする。


でも放課後に遊ぶとしたら喫煙グループとだ。

単純にノリがいいから。

「西口公園行こうぜ!」と息巻いている。

たかが西口公園で何をそんなに興奮しているのかわからなかったが、どうやら池袋ウエストゲートパークというドラマが2000年頃に流行っていたらしく、聖地となっていたようだ。

私はそのころ観るとしたら野球か、はたまた

すでにベッドに入っている時間だ。

なので流行りのドラマはまるっきり知らない。

確かに池袋はギャングとやらが多かったがそのドラマの影響ということか。くだらん。

……ヤクザの怖さを思い知るがいい!



私は柔道整復師の資格ではなく、社会福祉士の資格を取るために大学へ進んだ。本当は柔道整復師の資格から取りたかったが院長先生は介護事業を始める時期までに私が社会福祉士という国家資格を取得して卒業する算段のようだ。

介護職において社会福祉士やケアマネージャーという資格は目指して取った方がいいと思う。

でも私は介護よりもスポーツトレーナーなどの

仕事の方が興味があった。

院長先生のところに就職しても私は接骨院ではなく介護の方で働くことになるのだ。

そうなると、好きなことでレールを敷かれるとは少し異なってくる。


小さな火種は少し大きくなっていた。


相変わらず接骨院のバイトとクラブチームは

続けていたのだがクラブチームの練習をするために体育館の予約は必ずしなければならない。

これがなかなか取れないのだ。

取るために私はいつも前の週から必死に予約の作業をする。いつも同じ体育館が取れるとは限らない。クラブチームの送り迎えは母がしてくれることが多かったのだが、明らかに面倒くさそうにしている。あと母は院長先生が嫌いだ。

雰囲気がもう好きじゃないらしい。なのでそこに私が就職したら嫌いな人に気を遣わなくてはいけないからストレスなのだろう。

いつも上っ面でヘコヘコ挨拶して後でグチグチ言うから車で2人になるのは疲れる。


介護職は今後必ず人手不足になることは理解できたし、若い世代が増えた方が良いのもわかるし、何より体力も精神も気も遣う凄い仕事だ。

でも私は介護の勉強をすればするほど、自分はこの仕事に魅力を感じていないと実感する。

家で教科書など開いたことがない。

でもこの大学を退学するということは、接骨院の就職も辞退させてもらうということになる。


私は入学1ヶ月目にして退学するか悩んでいた。

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