第94話 陰と陽の狭間

子供、特に次男に何かあったとき直ぐにお迎えに行ける距離での職場を探す。


行きつけのスーパーマーケット。

行きつけのドラッグストア。

行きつけのドン・キホーテ。

たまに行くコンビニ。

未知の世界のパチンコ店。


……行きつけの所は他のママさんたちも買い物に来るので出来れば避けたい。

という話をうちに集まってお菓子をボリボリ食べているママ友たちに相談した。


「そこのパチンコ屋なら私の友達働いてるよ」

パリピママが言う。

「そうなの?」

「私とは中学からの友達でめちゃくちゃいいやつ!女ね!仕事内容とか人間関係とか聞いとこうか?確かそいつも未経験でスタートしてるし、楽しそうにやってるよ」


「私、福島にいた時パチ屋で働いてたよ」

病気仲間のママ友が言う。

「1歩も侵入したことないから未知だよ」

「侵入したら強盗になっちゃうよ」

「パチンコ屋さんってどんな事するの?ドラマとか映画とかのイメージしかないよ...」

「ランプがついた所に行って空の箱と交換して積んでって最後にジャーって玉を流すの!」

「うん、ごめん、わからない。笑」

「なんでよ!笑」

「君のママ、宇宙語を話ちてまちゅよー」

次男くんの育休でこのママは休職中。

「育休あけたら復帰するんだもんね?」

「そうだねー、うちはコールセンターで営業の電話みたいなのしてるよ」

「電車通いは何かあった時に帰れないとかが困るから自転車圏内がいいなぁ」

「そうだよねー」

「じゃあ、そろそろ行きますか」

お迎えの時間になったので皆で一緒に幼稚園へ向かう。



次の日、子供を寝かしつけた後スマホを見てみるとパリピママからLINEが届いていた。

「私の友達ならwelcomeだってよ!店長に募集のこと話したら1度面接したいから良かったら電話くださいってさ!」

「え!心の準備が出来てないよ!」

「こういうのは勢いだよ勢い!何とかなる!」

「なんとかなる...」

「なる!なる!」

「カツオに言ってみる...」



カツオは車や旧車やヤンキー漫画を好むくせにタバコとギャンブルはやらない。

なのでパチンコ屋さんで働くことに抵抗があるようなら断ろうと思っていたが以外にあっさり「友達いるならいいんじゃない?」

と、言ってきたのである。

私の方がパチンコ屋さんに対して偏見をもっていたのかもしれない。

こうして私はパリピママとその友達に乗っかりお店に電話をかけた。

落ち着いた声の店長さんと早速面接の日程を決め、今週の金曜日になった。

……面接、受かるかな、、、。

……落ちたら立ち直れないかも。

……パチンコ屋さんって怖そう。

……でもこの辺りで1番時給が高いしな。

……受かるといいな、、、。

美容院でしか社会復帰を果たしていないのに。

金曜日の面接まで気が気じゃない。

頭の中は不安で目まぐるしい忙しさだ。



そしてその日はやってきた。


お店の入口から普通に入ってカウンターにいる女性に面接に来た旨を伝えてくれれば大丈夫と言われていた。

お店の自動ドアは二重になっていて、2つ目のドアが開いた瞬間にもの凄い音が響き渡る。

見ない顔のお客さんだなぁといった表情をした後すぐ笑顔になった男性店員さんが綺麗な角度でいらっしゃいませと挨拶をしてきた。

……ドラマや映画とは違うぞ?

カウンターにいる可愛い女性に面接に来た事を伝える。

どうやら事前情報が入っていたようだ。

「あ!○○が言ってた方ですね!少々お待ちください」

そう言って胸元についたちっこいマイクで何かを伝えている。

……この子は腹黒い系だ。

白シャツとスラックスの男性が来て面接をする部屋まで案内してくれた。

……この人はクセのある性格だな。

少しして店長が部屋に入ってきた。

立ち上がって挨拶をする。

「どうぞ、座ってください」

……この人はどんどん出世するタイプだ。

めっっっちゃくちゃ緊張しすぎて何を話したのか面接が終わってから頭の中を整理した。

……えーっと、言われたことは

「いつから働けますか?直近だとお盆が忙しい時期になるのですが出勤できる日はありそうですか?扶養内と扶養外どちらを希望ですか?週に何日働けますか?土日は出られますか?」

……つまりはその場で合格という結果。

なんということだ!!!

確か最後に何か質問はありますかと聞かれた時に焦りすぎて、店内の音の大きさに耳は慣れるか等と言ってしまった。慣れるしかねーだろ!

でも店長さんは優しく答えてくれた。

「確かに昔より聞こえは悪くなったかもしれないですけど、私も歳をとりましたから。職業柄なのか加齢なのかどっちなんでしょうね」

自虐を交えて笑っている。



頭がフワフワした状態で家に帰る。

グループLINEで報告をする。

「面接落ちるわけないじゃん!」

パリピママが言う。

「パチ屋の面接に落ちた人知らないよ!」

育休ママが言う。

「受かってよかったね!」

他のママたちが言いスタンプが送られてくる。


カツオが帰ってきて受かったことを報告する。

「おー、よかったね。いつからにしたの?」

「5月のこの日から。預かり保育も幼稚園にお願いしてきたよ。制服合わせもしたんだけど、AKBみたいで慣れるまで恥ずかしいわ」

「パチンコ屋さんの制服ってそんななんだ?」

「なんか新しい制服らしいよ。AKBが流行ってるから制服系らしい。サイズがパツパツ...」

「俺も制服で帽子被るじゃん?あれ頭がすげー蒸れるから浮かせて被ってる」

「だから夏は被らないでいいんだ?」

「そう。あ、そうだ。マイクのストーンが何個か落ちちゃったから直して欲しいんだけど」

「いいよ、今度持って帰ってきて」

「さんきゅー」


カツオが仕事で使う自分のマイクをラインストーンでデコって欲しいという要望にお応えして

デコトラをイメージしたブラック系のストーンでギラッギラにカスタムしてあげている。

昔から手先が器用なのでもっと若い時は自分で携帯をデコっていた。

カツオの会社は、人によっては好きなキャラクターのぬいぐるみを運転席に置いている人もいて、そのあたりは結構自由度が高いのだ。


こういう会話をしていると至って普通の夫婦に見えるが、私にはもう一緒に居続ける気は全く無くなっている。嫌いじゃないけど一緒にいるのはもうちょっと、無理かな。



こうして私は無事に社会復帰を果たそうとしていたが、それはそれは、とてつもない陰の世界へ入る始まりにもなってしまったのである。

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