第36話 高校生 14
「あんた!!何よその顔!!」
洗面台で支度をしている母へ挨拶をしたら
おはようではなく絶叫が返ってきた。
自分の顔を鏡で見る。
1人だけバイオハザードの世界にいるのか。
たった1日で人はこんなに変化するんだ。
「昨日、結構遅かったけど何かあったの?」
父に話したことを同じように話したついでに
一睡も出来なかったと伝えた。
「そんなんで学校行くの?大丈夫なの?」
……きっと○○は学校に来れない。
……きっと監督は校長に呼び出される。
……きっと部内は混乱する。
……私が説明しなければならない。
「あんたが変なことされたらすぐママたちに言いなさいよ!とにかく無理しないで!」
学校に行く前、院長先生から電話がきた。
「あの校長はダメだ!この春に赴任してきたばっかりで保身のために不祥事を隠蔽しようとしてる!でも教頭が女性に代わっただろ!?」
「あ、はい。そういえば」
「その教頭がお前と話がしたいって言ってる。
事実確認をして必要ならば教育委員会へ報告するらしいから、教頭と話してくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
「お前、大丈夫か?」
「眠れませんでした。でも大丈夫です」
「すぐ連絡してきていいからな」
「はい。いってきます」
自転車を漕いでも漕いでもどこに向かっているのかわからない。
上り坂の苦しさも、下り坂の風も、
何も感じない。
自転車置き場から聞こえる明るい声たちは
すごく遠くから響いているみたい。
上履きを履くのも面倒で踵を潰す。
朝のホームルームが終わった。
どうやら職員会議で監督のことは周知されているようだ。
何故なら、理科は自習になったからだ。
「H先生どうしたんだろうねー?」
「でもいつも顔色悪くなかった?」
「てか先輩が授業で寝たら膝の裏にいつも持ってる木の棒を挟んで正座させたらしいよ」
「なんか変な噂あるよねー」
……うるさい
……うるさい
……うるさい!!!
私は教員室へ向かう。
「失礼します」
教師の目が一気にこちらを向く。
真っ暗闇の中で光る目。
その視線から守るように1人の先生が私の肩に
手を添え外に連れ出した。教頭先生だ。
「あちらのソファーでお話しましょう」
同じくらいの目線で物腰の柔らかい女性。
でも目には怒りの様なものを感じる。
「昨日、接骨院の先生から伺ってます」
「はい」
「辛い思いをさせてごめんなさい」
「辛いのは○○です。私じゃないです」
「いいえ。あなたもです」
……どういう意味だろう。
「○○さんは学校を休まれてます。○○さんは
まだお話出来る状態でありません。ですから私はあなたにお話を聞かなくてはなりません。それであなたが辛くないはずがないでしょう」
……そう言われればそうだ。
私は女子バレーボール部に入ってから見てきた監督の様子と合宿での出来事を全て話した。
もちろん合宿に野球部の監督が来て飲んだくれていたことも話した。
出来ればバレーボール部を辞めても○○がまた学校に来れるような環境に戻したいと伝えた。
「話してくれてありがとう。疲れたでしょう。
今日はもう大丈夫よ。また話を伺わせてもらうこともあると思うけど、もう少しだけ協力してちょうだいね」
教頭先生はそう言って、私は2時限目の授業から教室へ戻った。
理科の自習時間。別の先生が教壇に立つ。
「H先生はどうしたんですかー?」
「体調崩したんですかー?」
「何で教えてくれないんですかー?」
……うるさい
……うるさい
……うるさい!!!
顧問が問題を起こしたことはキャプテンと私以外はまだ知らない。
顧問がいないと部活は出来ないので急遽オフ。
部員たちは訳がわからないというような顔をしている。でもまだ私から話すことは出来ない。
○○が学校を休んでいるので、憶測はたっているだろう。でもまだ話せない。
申し訳ないけどわかって。お願い。
少し、1人にさせて。
「院長先生、教頭先生と話しました」
「教頭は女性ってこともあるけど話した感じ必ずお前の味方になってくれる。安心しろ」
「はい」
「あと、野球部に気をつけろ」
「野球部、ですか?」
「野球部の監督。あいつHと仲良いだろ?」
「はい」
「自分の噂のこともあるからHのこと庇いにくるかもしれないぞ」
……院長先生は本当に情報通だな。
「わかりました。気をつけておきます」
「とにかく今日はすぐ帰って飯食って寝ろ!」
「ありがとうございます。失礼します」
自転車を漕いでも漕いでもどこに向かっているのかわからない。
下り坂の風も、上り坂の苦しさも、
何も感じない。
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