第35話 高校生 13 戦いの狼煙

「え!?どうしたの!?一旦舞台袖に行こう」


数人がこちらの様子に気付いている。

震え泣く彼女の背中をさする。

酷く怯えている。


「何があったか、話せる?」

「みんなが行ったあと監督と2人になって…」

「うん。無理に話さなくて大丈夫だよ」

「変なことというか、そこまではされてなくて」

「うん」

「お酒臭かったので酔ってるのかなって」

「うん」

「彼氏いるのか?とか色んなこと聞かれて」

「うん」

「車で向かってるとき信号待ちでいきなり…」

「うん」

「いきなりキスされたんです」

「こわかったね。置いていってごめんね」

「こわくて…私もう部活いられません」

「そうだよね、表に出ないでここに隠れてて」

「はい…わかりました」


ちょうど2セット目が終わった所だった。

「キャプテン、試合中すいません」

監督が来ても動揺せずに普通にしててほしいと念を押し、事のあらましを話した。

「マジかーーー」

「私の方で監督の対応しとくんでお願いします」


体育館に入ってきた監督の顔は、到底同じ人間とは思えない表情だった。

一緒に来た彼女を探しているようだ。

私はすぐに監督に声をかけた。

「監督、少しお話よろしいでしょうか。外で」

体育館の中が見えない死角の階段へ座った。

私の膝は漫画のように震えていた。


「何だ?どうかしたか?」

酒臭い。これで運転してきたのか?

事故を起こしていたら、、、そう思うと一気に込み上げるものがあった。

「○○にキスをしましたか?」

私はド直球で聞いた。もう膝は震えてない。

「お前なら気付いてんだろ?俺のこと」

「どういう意味ですか?質問に答えて下さい」

「俺ぁ、死にてーんだ。わかってるだろ?」

「それと○○と何が関係あるんですか」

「俺の部屋に薬あんだろ?」

「ありますね」

「死のうと思って全部飲んでも死なねーの」

「全部は飲んでません。減る量は多いですけど」

「お前は本当によく見てんなぁ」

「○○は今回のことであなたを怖がってます」

「お前なんか勘違いしてねーか?」

「勘違いであんなに震えることがありますか?」


支離滅裂だ。

そろそろ死ぬだの、吐血しただの、Aは俺の体の状態を知ってて来てるだの、Aは色盲だから俺が面倒みてやらないとだの。

とりあえずキャプテンが現場を維持してる。

○○とコイツを会わせるわけにはいかない。


「一旦コート見てくるんでここに居て下さい」

そう言って離れ際に見た顔は呆けている。

私はタイムをかけてキャプテンに○○をこっそり先に帰したいと伝えた。舞台袖に行き、

「監督と会わせるわけにはいかないから、ここから離れた方がいい。もし動けそうならこのまま家に帰れる?」

合宿最終日なので試合後そのまま帰れるように

帰宅の準備はされている。

「はい。大丈夫です…。すみません」

「○○が謝ることじゃない。今のうちに行きな」

「はい…」

「送ってあげられなくてごめんね!もし連絡できそうならご両親呼ぶんだよ!」


キャプテンにアイコンタクトを送り外に戻る。

監督の馬鹿みたいな話をうんざり聞かされているうちに練習試合は終わった。

相手校に挨拶をして最寄り駅に集まり、

一丁前に監督が締めの挨拶をして解散になる。

○○は車酔いで帰ったことにしてある。


「キャプテン、これは私たち子供だけで解決できる内容ではありません」

「監督やったって?」

「いえ。はぐらかすばかりですが○○の状態を見る限り事実だと思います」

「誰に相談すればいいかわかんないよ」

「接骨院の院長が話通せるかもしれません」

「連絡できる?」

「今すぐします」


端的に、的確に、事態を伝える。

「わかった。折り返すからちょっと待ってろ」

しばらく待って院長から連絡がきた。

「一旦こっち来れるか?学校には俺から連絡してある。話聞いたらそのあと校長と今日のことについて説明してくるから。お前らはうちで話したあと、家帰って寝ろ」


部活のことで少し帰りが遅くなると母に連絡をしておいた。

電車と徒歩で家まで帰ったので着いた時には

22時をまわっていた。

「おかえり。すごい遅かったね」と、帰りを待ってくれていた父を見た瞬間に涙が溢れた。

「え!どうしたの?辛いことがあったの?」

私は嗚咽しながら父に今日の事を話した。

父は激怒した。それと同時に、よく守ってあげたね、頑張ったね、と頭を撫でてくれた。


過去の自分と○○が重なった。

一方的な被害者。

脳裏に焼き付き繰り返される映像。

とにかく、○○が心配だ。

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