第29話 高校生 6 墨色の夜空

本格的に寒くなってきた。

自転車で帰る下り坂で鼻先が凍りそうだ。

ん?雨、じゃなくて雪か。そりゃ寒いわ。

ここからしばらく真っ直ぐの道を進む。

正面から人が1人歩いてくる。

ん? んー? んーーー!?

近づくその人の動きの怪しさに目を見張る。

ベージュのトレンチコートを着ている。

両腕を組みガタガタ震えている。

コートから出る足はすね毛が見えている。

そして革靴を履いている。

段々と近づくお互いの末、目が合う。

驚いた顔をした男性。

と、同時にトレンチコートをバッッと広げ

靴だけ履いた滑稽な裸を見せつけてきた。

……相手が悪かったな、おじさん。

そう心の中で呟きニヒルな笑みを捧げる。


小雪がチラつくこの日に何故敢えて裸になろうと思ったのかについて考える必要はない。

てか驚くの何なの?驚かせたいんじゃないの?

とりあえず8枚目に焼き付いた写真は面白かったのでキラキラ加工にしといてやろう。



小雪が降った後のグラウンドは最悪だ。

わざわざ氷水に手を浸けてスポンジで水取りをしなくてはならない。

マネージャーの中で1番過酷な作業だ。

花粉は嫌だけど早く春になればいいのに。

そう思いながらも野球部を楽しんでいた。

もうすぐ2年生か。1年生入ってくれるかな。



ある日、同じクラスのミエちゃんに呼ばれた。

ミエちゃんは高校で初めて出来た友達だ。

野球部員以外でY君とのことを知っているのはミエちゃんだけである。

「もし、気を悪くしたらゴメン」と言う。

「どうしたの?」

「昨日、Y君がTちゃんと一緒に居るの見た」

「Tちゃんってバレーボール部の?」

「そう。付き合ってるみたいに見えたから別れたのかなと思ったんだけど、別れてないよね?」

「別れてないね…」

「だよね…」


ミエちゃんはとても心配してくれた。

付き合うということは【両想い】のことが

多いのだろうが、実は私はY君に対して好きという感情は芽生えていなかったのだ。

そう、【試用期間】のまま。

なので悲しいとか酷いとか辛いとかいう感情は全く出なかった。むしろ、TちゃんはY君と私が付き合っている事を知らないだろうから内々で別れてTちゃんの方に気兼ねなく乗り換えてもらおうと思い、部活の後Y君と会った。


「別れたくない」

……はぁ?

「どっちも好きだから別れたくない」

……はぁ。

「どっちかにしなきゃって思ってた」

……はぁー

とりあえず提案してみる。

「じゃあTちゃんと付き合いなよ。もしくは私と付き合い続けるんだったら野球部辞めて」

「野球部は辞めたくない」

「じゃあTちゃんと正々堂々と付き合ってね」

「やだ!!」

……クソめんどくせー。

「お互い野球部は辞めたくない、だとしたら私と別れてTちゃんと付き合えばいい話じゃん」

私には恋愛感情が無いのでそれ以外に言う言葉が見つからない。

「Tちゃんとはもう会わないから」

「そもそもTちゃんとも付き合ってるの?」

「いや、付き合うとかにはなってない…」

「あ、そう。」

「ゴメン。だからやり直そう」

……何をやり直すのかわからないけど。



暫くして、Tちゃんのところから煙が上がる。

火のないところに煙は立たぬ、だ。

Y君がTちゃんとの関係を切るため、私との関係をつい口を滑らせてしまったのだ。

話はあっという間に広まっていった。

アーロン先輩の耳に入るのは時間の問題。



部活前。

「付き合ってるって噂で聞いて、私は直接聞かなかったよね。部内恋愛禁止とだけ言ったよね?

その後別れたっぽいと思ってたけど、嘘ついて付き合い続けてたってこと?」

「そうです。申し訳ありません。」

「最低だよ。で、どうすんの?」

「Yは部活を続けたいと言っています。正直に言うと私も野球部を辞めたくありません。でももう大丈夫です。私は野球部を辞めます。」


私は部活前、自分からアーロン先輩にお話がありますとお呼び立てした。

その前の日、Y君と再度話し合ったのだが

【バレたらY君が野球部を辞めてね】という

約束は渦潮にのまれる如く流され、別れたくないし部活も辞めたくないの一点張りだった。

私は雲がかかっているであろう暗い暗い夜空を見上げながら考えた。

……これで野球が嫌いになるわけじゃない。

……野球部にこだわる必要も無い。

……パパになんて言おう。残念な顔するかな。

……勢いに身を任せた自分が間違えたのかな。

「私が野球部辞めるから。だからってY君と付き合うのはもう終わり。それがあなたの選択ということ。そこまで私はお人好しじゃないから」



私は幼稚園児以来に、人前で泣いた。

アーロン先輩の前で泣いた。

アーロン先輩も泣いていた。


先輩がなぜ泣くのか。

なぜもっと咎めないのか。

いつもあんな態度してたくせに。

なんで泣くんですか、先輩。

野球部を独り占め出来るじゃないですか。

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