第27話 高校生 4 勢いに任せる

【8969】

これは監督が当時乗っていた車のナンバーだ。

野球無休、ということだろうか。


家で父と部活の話をしていたとき、私は

「レガース、割れたまま使ってるんだよ」と

父に教えた。

「えー!サンプルあるから持っていきなよ!」と

当時、父の会社で2番目に金額の高い防具一式を家に持って帰ってきた。

「これめちゃくちゃ良いやつだから!あとユニフォームに合う色選んできたよ!」と惜しげも無く贈呈してくれた。


練習が始まる前、監督に声をかける。

「実は父の会社がかくかくしかじか」

いつもなら監督はノックをするのだが

手に持ったレガースが良い品だとすぐ理解し

まず自分が装着したのである。

そしてエースに投げさせて自分は新しい防具を楽しんでいる。

「これすごいねー!動きが全然ちがう!」

わかったから早う正捕手に着けさせたれ。


こうして割れたレガースに入り込んだ土をホジホジする作業が減った。

1年生のキャッチャーは割れたレガースのままで

その日お試しでだけ着けさせてもらっていた。

「お父様によろしく伝えておいてね」と監督が言う。初めて監督と長話をした私はチラチラと

アーロン先輩を確認するのに忙しかった。



ある日、アーロン先輩が監督に何やら必死に話をしている。私も呼ばれ話を聞いてみると

昨日アーロン先輩が自転車に乗る帰り道、顔を包帯でグルグル巻きにした変な人に追いかけられてが必死に逃げたと。だから帰り道が

1人なのは不安だと。誰かと帰りたい、と。

ちなみにアーロン先輩の家と私の家は真逆だ。

校門を出た時点で真逆だ。その私を自分の家の近くまで一緒に帰ってほしいと言っている。

正気の沙汰じゃねえ。

そもそも包帯男の信ぴょう性が低い。

特徴を聞いてもグルグル巻きとしか言わない。

お前の頭ん中がグルグルパーだろ。

マネージャーは遅くなると危ないので男部員よりも少し早く帰ることになっている。

少し早く帰って危ない目にあったのなら方向が同じ男部員を少し待って遅く帰ればいい。

と、やんわり言ってみたものの返ってきたのは

「でも早く帰りたいし」

人生初の殺意かもしれない。ニコッ♡


そうして私は2ヶ月もの間、自分がどれだけ可愛くてお洒落でモテるのかという話を聞きながら

1時間かけて帰っていたのだが、ある日突然

「もう送ってくれなくて大丈夫だから」と言い放ってきたのである。

2度目の殺意である。ニコッ♡



そんなアーロン先輩は私の家の裏にあるKK高校の野球部キャッチャーと付き合っていた。

本人は隠しているつもりだが匂わせが好きなのでこちらは気付かぬフリで勝手に言わせる。

私はというもの、もちろんまだ誰とも付き合ったことがない。付き合う気も無かった。

でもその反面、誰かに告白されたら勢いのままに付き合ってみてしまえば案外すんなりと嫌悪感というのは消えるのではないか?とも思っていた。野球部に入ってからチャラチャラ系以外の男子とは割と話せるようになった方だ。


そんな考えがよぎる中、1人の同級生部員から

別の部員がだんごちゃんのメアド教えてって言ってるんだけど、と言ってきた。

だんごちゃんて誰やねん!と心の中は関西弁で

ツッコミを入れている。あ、私か。

自分で聞けばいいのに最初から人頼りだなんて

ハワイを夢見た彼とは大違いだなと思った。

私は【部活は部活】と割り切っていたので

アーロン先輩みたいに手当り次第メアドを交換などしない。本人は連絡網と言っていたが。


しかし、気が向いたのだ。

【勢い】というやつに乗るのか?自分。

別にいいけど。と返答し、聞いてきた人にメアドを伝えてもらった。

それからどんなやり取りをしたのか本当に覚えていないから本当に興味が無かったのだろう。

唯一、ぼんやり記憶にあるのは部活見学に来た私を見て一目惚れしたらしいという事ぐらい。

私は一目惚れについてどういう脳の仕組みでそうなるのか大真面目に考えていた。

それに関する文献まで読んだほどだ。

そしてもう1つ考えていた事がある。

もしこの人と付き合ったら致すことになるかもしれない。何故なら相手は高校生だ。

いや、私も高校生なのだけれども。

もしもの可能性を頭に入れつつ、私は初めて男の人と付き合うということを試してみた。

失礼な言い方だが、好きという感情は無かったので【試す】としか表現が出来ない。


Y君も付き合うのは初めてらしい。

お互いの家は逆方向だ。

だから部活が終わった後に私の家寄りの公園でお喋りをしたりして帰っていた。

試用期間が1ヶ月経った頃、接吻をした。

本当に申し訳ないが、レモンの味もしないし

ドキドキもしない自分がいた。

恋愛漫画は過剰描写である。


お遊戯会でおしりをフリフリしている時くらい

真顔だったかもしれない。

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