第43話 高校生 21
【表の世界で生きていく】
これがどれだけ大事なことか分かるのはもっと何年も先のことだった。
私はヤクザの次に出会った者がいる。
【チンチラ】という小動物だ!
それは接骨院が休みで学校からの帰り道にある
ショピングモールのペットショップにいた。
私は虫(蜘蛛以外)は好きだし、何より無類の動物好きだ。
いつもは見かけないモフモフが2匹重なり合って団子になっている。
ヤクザからチンチラの振り幅がありすぎて私は一目惚れをした。私が一目惚れをする時は大抵相手は人間じゃない。石とか動物だ。
動物好きであるが故、衝動買いは良くないと肝に銘じていた。飼うことは簡単じゃない。
……2匹はさすがに無理か。
……飼う気満々である。
店員さんにチンチラの生体と必要な物を聞き、
オスの方を【ご商談中】にしてもらった。
バイト代で前金も払った。買ったも同然だ。
自転車を漕ぎ自宅に帰る。
既に母が帰宅していた。
「チンチラ買うから車出して。荷物乗せる」
「はい??チンチラ?何?動物?猫?」
「なんか、ちっちゃいトトロみたいなの」
「全くわからん。うち動物ムリだよ?ママは好きだけど飼うのは嫌。あんた面倒みれんの?」
「見れないならそもそも飼わない。もう前金払ってお迎え予定だから。早くして」
訳が分からないというまま車を出してもらう。
「ほえ~。これが?チンチラ?ネズミ?」
齧歯目チンチラ科チンチラ属だからチンチラである。ネズミみたいだが属性はモルモットに近い要素らしい。
当時は1万円台で売られていたが、最近は人気がでて品種や色によって10倍する子もいる。
広くて高さのあるハウスやらなんやらを購入して、いざ新しいお家に解き放つ。
……100点のフォルムっ!!
こやつの名前を決めなくてはいけない。
ちょっととぼけてそうだから兄の名前に近いものにしよーっと。そうだ!今日から君は
【ぷぅ太】だからね!
2、3日は大人しく見るだけの方がストレスにならないと言っていたが、ぷぅ太はハウスから出たがるのでその日から部屋んぽを始めた。
チンチラは夜行性なので私が寝る前に部屋んぽでめいっぱい一緒に遊ぶ。仰向けに寝転んだ私のおでこに乗り眼鏡をカジカジしてくる。
私が起きれば一緒に起きて撫でてと鼻を出す。
温度と湿度の管理にはかなり気を使うし、
贅沢病なので気に入った牧草やチモシーをひと齧りだけして目の前でポイっと捨てる。
お金のかかるやつだ。
私はぷぅ太を飼うことによって表の世界での生活と責任を背負い、気まづい雰囲気の時には1人だった部屋にぷぅ太がいる。
私以外の家族は誰もぷぅ太に興味がない。
だからぷぅ太には色んな相談をした。
相談相手にするには甘えん坊すぎるが。
めいいっぱい忙しい日々にペット世話まで入ったが、ぷぅ太のために何でも頑張れた。
そして、負ければ部活引退の日。
試合会場の学校に向かう。
あたった相手は県内で強い学校だ。
うちのバレー部で起きた事件は他校も知ってるので未だにヒソヒソ言われたりもする。
ぬるま湯と沸騰ではえらい違いなのは皆承知。
精一杯のプレイをする。
アタッカーのメイン、同級生がブロックに飛んだところワンタッチしたのはいいが相手のスパイクが強すぎてかすった薬指を負傷した。
タイムをとる。
「怖い怖い怖い!折れたよ、折れてるかも!」そう言って薬指をギュッっっと握ったまま状態を見せてくれない。
「離したら指が取れちゃうかも!!」
泣きながら大真面目にそんなこと言うので、
痛がっていて申し訳ないが私は可笑しいのと
可愛いのとで何とも言えない気持ちになった。
「コーチと病院に行って診察してきな」
ほんの一瞬、落ちないようそっと見せた指は
赤黒く腫れていたものの、レントゲンを撮らないと折れているかまでは分からなかった。
「無理!怖い!○○ちゃんもついてきて!」
「え、でもスコアあるし試合続いてるし...」
「お願い!お願い!一生のお願い!」
みんなに相談した結果、付き添うことに。
幸い脱臼で済んだ。脱臼といっても治すときの一瞬は結構痛いし、その後も1、2週間は痛みを引きずることがある。
会場に戻ると試合は負けていた。
負けたけど怪我が大事じゃなかったことの方が
チームメイトからしてみれば良かったみたい。
お医者さんにあんなことやこんなことをされたとまた泣きそうな顔で話している。笑
……ああ、終わった。うん。終わった!
ヤクザのおじさんはこういう経験や感情のことを言っていたのかもしれないと思った。
ぷぅ太に試合に負けたことを報告してこれまでの【自分の中の正義】を労ってもらった。
おっしゃ!次はお目当てのアイラブ池袋にある学校にAO入試で合格することが目標だ!
両親よ!必死に働いてくれ!
その頃、父は本業の後に回転寿司屋さんでキッチンの掛け持ちをしてくれていた。
しかし、1年分の学費120万円を払ったその
4ヶ月後に私は学校を自主退学したのである。
金をドブに捨てるとはこのことだ。
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