第72話 健診と地震
次男が退院した1ヶ月後に術後の検診があり、バスを乗り継いで3人で向かう。
乗り換え駅でやって来たバスに乗り込む。
運転士がボソボソ喋る。
……この人なんて言ってるんだろ。
よくよく聞いてみると長男と次男の名前を呼んでいたようで、「あ!パパ!!」と、私より先に長男が気付く。失敬、失敬。
カツオが嬉しそうに誇らしそうに運転をする。
……本当に乗ることになるとは。奇跡。
今日は早番なので午後には帰ってくるかな。
営業所で家族がたまたま乗ったと先輩たちに話をしたら長男を営業所に連れてきてバスの運転席に乗せてあげなよと言ってくれたらしい。
年功序列で運転するバス自体が決まっていてカツオは最初古い車体だったが今はノンステップバスに格上げされている。ラッピングバスはベテラン運転士さんの専用だ。
休みの日にカツオと長男2人で営業所に行き運転士の帽子を被り、あれこれボタンを弄りまわしている写真と動画がカツオから送られきた。
どうやら長男は営業所のアイドルになったらしい。
1ヶ月検診は特に悪化などの異常もなく、運動制限も今のところ必要ないとのこと。
お薬も少しの水に溶かして嫌がらずに飲む。
まだ成長過程なので血管が癒着したりまた狭窄する可能性もあるらしい。実際、全ての狭窄部分を手術出来たわけではないのでこれからも引き続きバルーン拡張手術は必要になる。
またどえらい量の粉薬を処方され家に向かう。
9時の予約で家に帰ってきたのが14時頃。
カツオもちょうど少し前に帰ってきていたようで、カツオと長男と次男3人で遊んでいたと思ったらラグマットの上で川の字になりスヤスヤと昼寝をしている。
……あー、疲れた、、、。
荷物やら薬やらを片付けてソファーにドカッと腰をかける。
……夕飯なに作ろう。めんどくさいな、、、。
そう思っていた時。
グラグラグラグラグラグラ!!!
経験したことの無い揺れを体感する。
……ヤバい!!!
カツオが起きる!
長男と次男は寝ている!
……おい!ゆりかごの揺れじゃないぞ!!
ちょうど子供たちが寝ている横にテレビがあったので倒れないように支える。
「玄関のドア開けっぱなしにしたら食器棚支えといて!!」
カツオはオドオドしながら棚を支える。
外に出るまでの導線に食器棚があるので倒れたらガラスや陶器の破片で歩けなくなる。
子供たちに起きるよう声をかける!
起きない!
とりあえず2人をかっさらうようにして避難しようとしたとき、揺れがおさまってきた。
……えらいことが起こったぞ、、、。
急いでテレビをつける。
そこにはこれから津波で飲み込まれていく町の映像が流されていた。
どう見ても今そこに映っていた人は津波から逃げきれていないと思う。
……ただ呆然とニュースを見る。
もし今日、病院で地震にあっていたら。
もし今日、帰り道で地震にあっていたら。
もし、もっと酷い揺れだったらまだ閉じきっていない胸の次男を連れてどうすれば良かったか
想像しても想像に終わりがない。
もう揺れなさそうな事を確認してスーパーマーケットがやっているか確認に向かう。
……よかった、やってる。
アレルギーのある次男は簡単に市販のものを食べられるわけではないので買い物をする。
その時は大丈夫だったが、食料品や生活用品の配送がされなくなり【買い溜め】による騒動が起こった。
カツオの運転するバスに乗り込むという奇跡が起きた日に、東日本大震災という未曾有の大震災が起こるなんて、なんて日だ。
私は震災の映像を見て軽いPTSDになってしまいテレビをつけられなくなってしまった。
亡くなった人の人数。亡くなった人1人に対して遥かに多い悲しみを背負った人々の数。
次男の手術があってから、私は【死】というものの怖さを知ってしまった。
計画停電でスマホの明かり1つで絵本を読み過ごす日々も、私にとっては贅沢だと思っている。
そしてこの震災をきっかけに私はレーシック手術をした。物が見えない状態で子供2人を連れて逃げるにはまず眼鏡は必須だ。しかし眼鏡自体が無事かもわからないし、揺れで何処かに飛んでいってしまったら右も左も見えない状態だ。
少なくとも後遺症は出るかもしれないが近視が無くなる方を選んだ。
長男の入園式前に色んな事が起きる。
……無事に入園式を迎えたい。
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