063.セレブ気分
初めて訪れた2人の家。
まるで別荘――――実際別宅らしいのだが、まるで金持ちが避暑地として使うような家屋の最奥には、これまた見事なプールがあった。
燦々と降り注ぐ太陽の光が反射して光り輝く水面。
長さ的には10メートルに届かないくらいだろうか。家を囲むようにようにL字型となったプールは、競泳のように泳ぐものとしてではなく、ただ水遊びをするような広さと深さとなっていた。
俺はプールのすぐ直前、家と水辺の間にある、いわゆるベランダ……直射日光の届かないところで一人ノンビリ身体を預けていた。
「すっごい……セレブになった気分」
誰の耳にも届かないその言葉はセミの鳴き声によって霧散する。
男はこういう時すぐに着替えれるから楽だ。あれから怜衣さんに一人客間のような部屋に案内され、彼女の指示通り水着に着替えてプールへと戻ると、そこに居たはずの女性陣は誰一人居なくなっていた。
テーブルの上に残っていたのは飲み物と『приятного аппетита』と書かれた紙だけ。
――――読めん。何語だ。
……そう思ったが、持っててよかった便利なスマホ。
学校でのテキスト翻訳用に用意したアプリで読み取ると、『召し上がれ』という翻訳結果が表示された。つまりこれは飲んでいいということだろう。よく見れば端に俺の名前が書かれてあるし間違いないはず。
黄色い見た目からある程度予想がついていたが、中身はパイナップルフロートだった。
俺はまさしく画面の中で見る海外のセレブたちのようにサマーベッドへと横になり、フロートをちまちまと飲みながら女性陣を待つ。
これならサングラスも持ってくればよかったかも。そしたらいい感じに金持ち感が出てたのに。……実態は安アパートに住む学生だけど。
「随分と大物気分を味わってるね。セン」
「その声は…………」
直射日光も当たらない心地よい暖かさの中で少し目を瞑っていると、すぐ上からそんな声が降り注いでくる。
ゆっくり顔を上げて見ると、ハクが覗き込むように仰向けになっている俺を見つめていた。
「それがさっきアーニャさんが用意してた飲み物?美味しそうだね」
「ハクも飲む?」
「じゃあ一口だけ…………ん、美味しい。なかなか果肉が効いてるね」
俺がコップを彼女の方に持っていくと、ハクは髪をかき上げながら俺がさっきまで口にしていたストローを咥えて飲んでいく。
色気の増した幼なじみの、ふと髪をかき分けて顔を下げる動作。その色っぽさに少しドキッとしたものの顔には出さず自らの中で完結させる。
ハクはもう付き合いもしたし、キスした仲なんだ。これくらい……慣れてかないとな。
「それは良かった」
「……それだけかい? 他には?」
「ん?」
「ほら、ボクの格好だよ。 今日の為に頑張ってセレクトしたんだよ。お褒めの言葉くらいはほしいね」
そう言って見せびらかすように手を広げてアピールするのは、初めて見る水着だった。
水色の、ビキニタイプの水着。基本的にはシンプルな形だが、特筆するならば胸上から胴にかけてレースのようにクロッシェがあしらわれていることだろう。
おそらく今日のメンバーの中で最もサイズの大きいソレは水着でもかなりの自己主張をしていて、Fサイズという予想もあながち間違ってないか、はたまたそれより大きいかもしれない。
更には胸元から垂れるクロッシェのおかげでお腹周りが細く見え、いつも以上にスタイルの良さが感じられる。
「……セン、胸ばっかり見てる」
「――――ハッ!!」
スッと胸元を隠す仕草に気づけば俺はジッと彼女の胸ばかりを見ていたようだ。
数歩後ずさりする彼女は少し恥ずかしそうに睨んでいる。
「いやちょっと……つい見とれて……」
「別に、センなら全然いいよ。 何なら今ここで触ってみてもいいんだよ?」
下がった距離を取り戻すかのように、一歩、また一歩と近づいてくる彼女は、今度は恥ずかしそうにしながらも胸を張って近寄ってくる。
そのたびにクロッシェが揺れ、胸もたわんでいるような錯覚が。俺はそんな彼女から目を離せずにそっと胸元に手を伸ば――――
「お待たせっ!泉!!」
「――――!!」
突如あらぬ方向から掛けられる声に驚いて伸ばした手を勢いよく引っ込めると、そこに居たのは怜衣さんだった。
彼女は俺たちの距離を不審に思ったのか、少しキョトンとした様子で両者の顔を見比べると、ニッコリと笑みを浮かべて俺たちの間に割り込んでくる。
「ねぇ泉! どうかしらこれ!?あなたの……性癖?うなじの見える可愛い系で攻めてみたんだけど!」
「なっ――――!! なんでキミがセンの好みなんて知ってるんだい!?」
「そりゃあ情報収集の成果よ! ストーカー舐めないでよね!!」
ハクが驚きながら聞いてくる中、俺は笑みが固まったまま冷や汗ダラッダラ。
なんでそんな事知ってる……そう思ったけど盗聴なりなんなりどこかで知る機会あるよね……。
彼女の格好は確かに可愛らしさで攻めているのかオフショルダーのビキニタイプ。その特徴は銀髪に似合う真っ白の上下で、胸の上下を絞るようにゴムとシフォンフリルでバストフォローしているものだった。
更には彼女の髪型。普段はサイドテールにしている髪をツインテールにしており、たしかに年齢よりも幼く見えていて可愛らしい姿をしていた。
「どう……かしら? あなたが喜んでくれると思ってこれにしたんだけど……。 それに、知られたくない秘密を知っちゃった私に、お仕置きも――――」
まるでお仕置きを懇願するように俺の手を取って頬へを持っていく怜衣さん。
俺は生唾を飲んでから、その言葉を受け入れるようにお仕置きを……
「んっ……! っへ……いひゃい、いひゃい」
「もうストーカーの件は許してるから。性癖は……まぁいいよ」
俺はお仕置きをするように添えられた彼女の頬…………それを優しくつまんで上下左右に動かしていった。
ぷにぷにとした柔らかな頬。まるで赤ちゃんのような柔肌だ。これずっと触っていられる。
「セン、ここはホッペよりももっとキツイお仕置きでいいんじゃない?」
「へ!? いいの!?」
「…………やっぱなし。 彼女ってこんな性格だったかなぁ」
キツイお仕置きという言葉に目を輝かせる怜衣さんと、それを見て天を仰ぐハク。
俺も今日初めて知ったよ。もしかして怜衣さんってそういうのが好きな感じなのかな?
「泉さんっ! 遅れてすみませんっ! ほら、亜由美ちゃんも早くっ!!」
「引っ張らなくていいってば! 私も歩けるわっ!
「お、2人も終わったんだね」
声につられて視線を移すと、小走りで駆け寄ってくる溜奈さんとその影で引っ張られている柏谷さん。
柏谷さん……はよく見えないが、溜奈さんは小さな麦わら帽子をかぶった可愛らしいタイプの水着だった。
下は白い生地にヤシの葉がデザインされた短パンタイプのもので、上は胸元が∨ラインに開いた袖付きの真っ白な水着だった。胸の中央にあるリボンがいいアクセントになって彼女の可愛らしさを全面に押し出している。
更にこれまで気づかなかったが、双子であるにも関わらず比較してしまう怜衣さんとの差。
怜衣さんは決して小さい……というわけではない。一般サイズであるBまたはCくらいはあるだろう。けれど溜奈さんは明らかに上。少なくとも1サイズは大きいであろうその胸に一瞬目を奪われかけたものの、すぐにさっきのハクとのやり取りを思い出して視線を上に上げていく。
「溜奈さんも、可愛い水着だね」
「えへへ……ありがとうございますっ! 頑張って選んだ甲斐がありました!!」
俺の目の前でにこやかに浮かべる輝かしい笑み。
あぁ……無垢の笑顔は可愛いなぁ……。そのポニーテールから見えるうなじもなかなかに可愛らしい。
「ほらっ!亜由美ちゃんも出てきなよっ!」
「なんであたしまで……」
「もうここまで来ちゃったんだからいつまでもそうすることはできないよっ! ほらっ!!」
グルンと回転するように、後ろにくっついている柏谷さんと入れ替わる溜奈さん。
入れ替われば当然、さっきまでいた位置には柏谷さんが来て、俺と目が合う。
けれど恥ずかしそうにスッと目を逸らした彼女は、前が開いたパーカーを使ってそっと胸元を隠す。
「なによ……私だって水着姿を男の子に見せるの初めてなんだから……緊張くらいだってするわよ」
「そんなこと言ってたら遊べないよっ! それぇっ!!」
「きゃっ――――!!」
水着になって一段とテンションの高い溜奈さんに不意を突かれた彼女は、驚きの表情を見せながら最後の砦であるパーカーを奪われる。
そこで露わになったのは、シンプルかつ大胆な、真っ黒の紐のビキニだった。
顔を真っ赤にしながら必死で胸元を隠そうとするも、彼女の低身長ながらハクにさえ匹敵するかもしれないその胸を隠しきることはできない。
いずれ隠すことはムリだと悟った彼女は諦めたように手を下げながらも俺をキッと睨みつける。
「な……なにか言いなさいよ……ただあたしが恥ずかしいだけじゃない」
「え、えと……すごく似合ってる、よ」
「そ……そう。ならいいわ。 えぇ……ならいいわ……」
復唱して溜奈さんからパーカーを受け取った彼女は、袖を通しはしないものの肩で羽織ってその露出を軽減させる。
起伏やスタイルという意味ではハクの圧勝だが、そのインパクトとしては最も柏谷さんがもっていっただろう。それほどまでに驚いた。水着も、スタイルも。
「それじゃあ早速遊びましょうか。 溜奈、持ってきた?」
「は~いっ! 持ってきたよ~!」
怜衣さんに促されて溜奈さんが取り出したのは人一人乗れるくらいの空気でふくらませるボート。それが二つも。
「それじゃあ泉、いきましょうか。 もちろん私と一緒に乗りましょう?」
「あ~っ! おねぇちゃんズルいっ!次私と一緒~!」
怜衣さんはボートと俺の手を握ってプールへと足を蹴り出す。
勢いよく空中へ飛び上がった俺たちは、盛大に水しぶきを上げてプールへと突入していった。
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