055.何人でも――
「へぇ……アンタって料理できたのね」
朝。
怜衣さんと溜奈さんが起きてから完成した朝ごはんを食べている時のことだった。
テレビもない中それぞれの話し声を肴に食事をしていると、突然鳴るのはウチのインターホン。誰かと思えば、俺が知っている同学年の中で最も身長が低いであろう柏谷さんその人だった。
彼女は俺が扉を開けるやいなや、「邪魔するわよ」と入り込んでいって2人と相対する。
俺も追いかけるように鍵を閉め直してリビングに戻ると、「あたしにも作りなさい」ときたものだ。拒否するのもできなくはなかったが彼女には借りがありすぎる。ということで素直にキッチンに向かっていっていると、そんな声が聞こえてきた。
「まぁ、ね。 流石に一年も一人暮らししてたら料理もしてたみたい」
「ふぅん……ねぇねぇ、記憶を取り戻すってどんな感じなの?走馬灯みたいに全部思い出す感じ?」
三人の少女が小さなテーブルに向かい合いながら、彼女は俺の方に身体を向けて聞いてくる。
あの…………これ柏谷さんの為に作ってるんだから、俺の朝ごはんつまみ食いするの控えてくれませんかね?
「何ていうんだろ……一つ引っかかるもの思い出したら連鎖するように思い出してくるからなぁ……。走馬灯とはちょっと違うかも?」
「じゃあ、技能とかはエピソードとは違うから忘れないって聞くんだけど、料理はそうじゃなかったの?」
「いや、俺がキッチンに立たなすぎて思い出すに至らなかっただけ。もし立ってたら思い出してたかも」
今思い出しても、この4ヶ月ほどみんなに甘えすぎていたと思う。
俺もちょっとは料理に手を出すべきだったな。飲み物ばっかり飲んじゃってラクしすぎた。
「そういうものなのねぇ……。ま、これを期にちょっとは自分ですることね。スーパーのも悪くないけど栄養偏りがちになっちゃうし……好きなものしか食べてないでしょ?」
「…………」
グッ……何故知っている。もしや柏谷さんも俺のことを探っていたというのか!?
「そんな驚いたような顔したって当然でしょ? アンタとは付き合い短いけど見てればすぐ予想くらいはつくわよ」
「…………まぁ、これからはちょくちょく作ってくよ。 はい、おまちどう」
「おっ、やぁっとできたのね。 もうちょっと遅かったらアンタの全部食べ尽くすとこだったわ」
彼女のぶんの料理が完成して俺の食べかけの皿を見ると、席を立つ前から半分近く減っていた。
……やばいな。この量で昼まで持つだろうか。
「んっ……」
「うん?なにそれ?」
ふと小さく声を上げる柏谷さんの声に顔を上げれば、さっき作っただし煮のお皿をこちらに差し出していた。
なにそれ?さっき俺のぶんさえも食べていたやつと同じやつだけど…………。
「……戦利品?」
「ちがうわよっ!なんでそうなるのよ!」
「いやだって、俺のを食べて自分のさえ誇示してりゃねぇ……」
「誇示なんてしてないわっ! ん!私の、ちょっと分けてあげる」
「……はい?」
分ける?なんで?さっき俺の食べてたんだから分けるくらいなら食べないほうが……あぁ、もしかして食べた後で後悔した感じ?
「無事記憶が戻ったのと、2人と仲直りできた祝いよ。 別にできたてのほうがいいとか思ってないわっ!」
「はいはい……どうも。 ――――ん、んまい」
「ふふふ……そうでしょう!なんてったって私も予想外に美味しくて驚いたほどだからねっ!」
「それ褒めてんの?貶してんの?」
ツンデレのようなムーブをかましたと思ったら謎の褒め?と、なかなかに忙しそうだ。
でも美味しいと言ってくれたのは嬉しい。そこだけは素直に受け取っておく。
「ジー…………」
「ん?」
「ジー…………」
「えっと……なにかな? 2人とも」
なんだか突き刺さるような視線に顔を向ければ、頬杖をつきながらこちらを睨んでいる双子姉妹が。
こらこら、そんな睨んでたらせっかくの可愛い顔が台無…………いや、目を細めていても可愛いぞ。美人は何やっても美人だな。
「ねぇ泉さん……本当に亜由美ちゃんと付き合ってないんですよね?」
「えっ!? い……いやいやいや!!そんなわけないじゃんっ!!」
唐突に怜衣さんはなにを!?
確かに色々と助けてもらいはしたけど……それでも付き合ってるわけない!むしろその逆だっ!
「だってそんなに息のあった会話見せられたら……ねぇ。 まるで白鳥さんの時ほどの掛け合いだったわよ?」
「そんな事言われても……。俺、柏谷さん直々に嫌いって言われてるんだから……ねぇ?」
「え?あぁそうね。 お、お味噌汁もおいし。案外料理上手いのねアンタ」
……聞いてないし。
なんで嫌いな人と付き合ってるとか言われてそんな平静にいられるんだ?
「ま、たしかにあたしたちは父親のアレで幼なじみになりかけたけど、実際にはなってないから付き合うもなにもないわ。そういう役は琥珀ちゃんだもの」
「あ、二人にそのこと言ったんだ?」
俺はハクに言ったけど、二人に伝えるのは忘れていた。昨日言ったのかな? それだとかなりの爆弾だったように思うんだけど、大丈夫だったんだろうか……。
「えぇ。色々とあってね。 でも、あんまり仲良くすると私が溜奈ちゃんに刺されちゃうわね。気をつけなきゃ」
「私? そんなことしないよ~」
「溜奈さんが刺す? なんで?」
肩をすくめるように出したのは怜衣さんではなく溜奈さんの名前。
なんで大人しくて小動物のような溜奈さんが?いや、怜衣さんもそんなことしないんだけどさ。
そう疑問に思っていると柏谷さんが手を招いていることに気がついた。そっと顔を近づけると、彼女は耳打ちするように手を顔に近づけてくる。
「アンタ、溜奈ちゃんのこと気付いてないの?」
「気づくってなにが?」
「…………ちょっと見てなさい」
それだけ言って離れていく柏谷さん。
気付くってなんだ?甘え上手でかわいいとこ?そんなのとうに知ってるんだが?
「ねぇ溜奈ちゃん、もしもコイツが浮気したらどうする?」
「ふぇ……?浮気……? 今の状態?」
「うっ!!」
その言葉は俺にクリーンヒットだよ……溜奈さん。
柏谷さんってば間接的に俺のことイジメてない?
「そうじゃなくって三人以外でよ。……あ、溜奈ちゃんは私も許しそうだからそれ以外で。 私達の誰も知らない他人と付き合ってたらどうする?」
「ん~……知らない人かぁ……。もしその人が泉さんのこと幸せにしてくれるならいいけど――――」
「――――ごめんなさい、更に付け足すわ。 相手はいわゆる悪女ね。お金だけ吸い取ってポイする感じの。 許せる?許せない?」
悪女!?
いくら仮定の話とはいえ物騒な!!そういう子には引っかからないよう気をつけないと……。 でも、ハクは当然としてこの3人は完全に安牌だな。だってお金持ち過ぎて俺から吸い取る価値ないし。
「そんなの許すに決まってるよぉ!」
「許すんだ!?」
「何を当たり前のことを――」そう思わせるような溜奈さんの口ぶりに思わず言葉を挟んでしまった。
いや、許すんだ。こういうのって大抵浮気はギルティとかなると思ってた。……今の状態でなんの説得力もないけど。
「そうですよぉ。 私は誰と、何人と付き合ってくれても構いませんよ?…………最後に私とおねぇちゃんのもとに帰って来てくれれば」
「……ん?」
「お金吸い取られちゃっても私がいくらでも準備しますから大丈夫ですよぉ。 でも、もしそれが泉さんの幸せにつながらなければ…………相手の子はお日様が出ている間歩けないようになっちゃう……かな?」
「…………」
どうやって……とは聞けなかった。その目は光を無くし、瞳孔が開いていたから。
「そのあとは泉さんを部屋に匿って一生側に居続けるんだぁ。朝起きて、お昼食べて、夜一緒に寝るまで……ふふっ、一生、一緒に……ね」
背筋にえも言えぬ寒気が走り出す。
俺、匿われて……何されるの……?
呆気に取られて何も言えなくなっている俺に代わって口を出すのは柏谷さん。
「溜奈ちゃん、一回女の子に裏切られただけでで部屋に匿っちゃうんだ。 それ、さっき言ってた何人付き合ってもいいって言葉と若干矛盾しない?」
「あっ!そうだった! ごめんなさい泉さんっ!匿うのはやめにしますっ!」
「俺は浮気?するつもりはないんだけど…………」
訂正するのは匿うの部分だけなのね……太陽の下歩けなくなる部分は否定しないのね……。
「――――何度女の子に騙されても私が何度も助けて、私ナシじゃ生きられないって言うまで泉さんのこと見守り続けますっ!!」
「…………」
そっと柏谷さんへと視線を移すと「ほら見なさい」というようなドヤ顔が。
……なるほど、言いたいことはよくわかった。でも今更だ。どんな溜奈さんでも好きだし。
「ありがとう。溜奈さん。でも俺がそういう子に捕まることはないかなぁ?」
「ふぇ?」
「だって俺の側にはずっと溜奈さんたちがいるし、そもそも俺が浮気することがないから。 ほら……2人とも仮なんかじゃなく、ちゃんとした彼女なんだし……さ」
「泉……さんっ……!」
バッと中腰になって、あぐらをかく俺の腹部へ抱きついてくる溜奈さん。
そんな彼女の頭を撫でていると、ふと目の端に「はいはい、ごちそうさま」と味噌汁をすする柏谷さんの姿が見えるのであった。
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