056.二度目の


「やぁ、昨日ぶりだね。 暑かっただろう、早く中に入るといいよ」


 夜は大人しく裏側に引っ込んで快適な空間となっていたが、一転ソレが姿を表すとたちまちこの世を灼熱地獄と化する日中。

 俺はそんな元凶でもある太陽に、心の内で憎しみの怨嗟を上げながら彼女――――ハクの家へとやってきていた。


 彼女の誘導に従って家に入ると、たちまち外の空間とは次元が違うかのような冷気が、俺の火照った身を包み込む。


「あぁ……涼しい……。 床冷房でも付けた?」

「ふふっ、なにそれ。あるわけないじゃないか。 暖房はあっても冷房なんてつければ結露で真っ先に床がダメになってしまうよ」


 え、たしかに床暖房があって冷房が無いのは不思議だったけどそんな理由だったの?


 キッチンにて苦笑しつつも彼女は手際よくコップにお茶を注ぎ込んでくれる。

 お茶が……身体に染み渡る…………!歩いただけの俺をここまで消耗させるとは……おのれ太陽め、いつの日か破壊してやる!


「……それで、朝唐突に『来ていいか?』なんて言われたけど、どうしたんだい? もしかして昨日の報告?」

「あぁうん。 色々あったから」

「あの2人が居ないのはボクに気を遣ってくれたのかな?」

「いや、普通に怒られに帰ったみたい」



 今朝、怜衣さんと溜奈さん、そして柏谷さんと朝ごはんを食べてから――――。

 彼女たちはふと鳴ったスマホに、大量の通知が届けられていたことに驚いていた。


 何事かと問いかけると全て母親からとのこと。どうやら無断外泊をしてしまった件で相当オカンムリらしい。

 と、いうことで本日のお2人は家に帰って事情説明とのこと。更に柏谷さんはそのフォローについて行ってくれたというわけだ。

 俺もついていこうともしたが全員に断られた。そうだよね、行ってもややこしくなるだけだしね。



 そんなこんなで取り残された俺は、昨日の出来事を説明しようと単身ハクの元へ。

 昨日怜衣さんらと入れ替わりで帰っちゃったからね。心配もしてくれただろうし説明はしておかないと。


「ま、今日のところはゆっくりできるんだろう? 上でゆっくり話そうじゃ――――」

「あらぁ~~!! センちゃんじゃない~!!」

「――――はぁ……タイミングの悪い……」


 上にてゆっくり話そうとハクがお菓子や飲み物を持ったお盆を持ってリビングを出ようとしたところで、立ちふさがるように入ってきたのは彼女の母親、恵理さんだった。

 恵理さんは俺を見かけると同時にハクを一瞥することなく俺の正面に立って両肩を掴んでくる。


「聞いたわよぉ~! センちゃんたら記憶が戻ったみたいねぇ~!おめでとぉ!!」

「あ、ありがとうござ……うっぷ!!」


 恵理さんは俺の両肩を掴んだまま思い切り自らの方に引っ張って俺の身体を自らの身体で受け止める。

 きっと狙っていたのだろう。いつの間にか俺の頭は恵理さんの手によって固定されており、顔はその大きな胸の内へ。

 効果音があればおそらく「ふよん」と音が鳴っていたはず。そんな柔らかくも温かいそれに包み込まれた俺を見かねてか、「あ~っ!」とハクの声が聞こえてくる。


「ちょっとお母さんっ!それはナシって言ったよね!?」

「えぇ~。ママにもちょっとくらいいいじゃない。せっかくセンちゃんの記憶が戻ったんだし。 ねぇ、センちゃん」

「~~~~!!!」


 俺が言葉を発しようにもムギュッと強く押し込まれているせいで何も言葉が発せない。

 冷たい冷房の中に暖かな体温の温もりとその柔らかさ……ここはこの世の春か……。


「だからダメだってっ!! ……もうっ!」


 もはや抵抗することも諦めて脱力しかけたその時、グイッと身体が引っ張られると思えばその視界が良好に。

 ハクだ。彼女は俺の腕を思い切り引っ張って埋もれていたそこから抜け出させたのだ。


「あらぁ。 残念」

「残念って……ボクのなんだからね、センは」

「分かってるわよぉ。 ちょっとくらいいいじゃない~」


 いや、俺は俺のものなんですが。

 たしかにちょくちょく人権が変に無くなってる気もするが、一応俺のものだと……思う。


「まったく、これじゃ前回の二の舞だよ。 ほらセン、いくよ!」

「あ、うん……」

「頑張ってねぇ~! 今回は邪魔しないからぁ~!」

「お母さんっ!!」


 俺は器用に片手でお盆を持ったハクに引っ張られて階段を登っていく。

 これ、この家に来るたびのパターンにならないよね…………?





「まったく、お母さんったら…………」


 ハクは自室にたどり着くや否やお盆を机に置いてその身をベッドへ放り出す。


「まぁ、俺としては役得だけどね……」

「ちょっとセン?」

「……すみません」


 おっと、心の声が口に出てしまってた。

 だって……ねぇ。なんてったってハクのお母さんだ。スタイルは両者共にかなりいいし、容姿だって姉妹と言ってもいいくらい若々しい。そんな女性に抱きつかれたら嬉しいのは男の本能だ。


「そんなにボクよりもお母さんがいいのかい? ボクだったらどんなことでもしてあげるのに……」

「ハク……?」

「だって、ボクはキミの彼女だ。 仮とはいえセンのことが好きなんだから何でもしてあげたいと思うのは当然だろう? ほら、こっち来て……」


 その、少し紅潮させた頬と潤んだ瞳をする彼女がベッドに横になって両手をこちらに向けているのを見て、フラフラとベッドの横へと歩いていく。

 まるで彼女に魅入られたかのように。そんな何人をの男を魅了するような表情をする彼女は目をジッと見つめてからベッドに膝立ちになる俺の頭をそっと撫でる。


「ボクだって……昨日はセンをあの2人に譲って心配だったんだ……怖かったんだ……。だから、ボクをギュッとしてほしいな…………」

「あぁ……わかった……」

「うん、嬉しい……!」


 俺はそんな彼女の寂しさを埋めるべく、ゆっくりとベッドに登っていって向かい合うように寝転がる。


 彼女の今の格好は普段身体の線を出し渋るはずが珍しく、白色のオフショルブラウスだ。肩出しかつそのスタイルの良さから少し視線を下に向ければその大きな胸の谷間が視界に飛び込んでくる。

 俺の視線に気づきつつもハクは隠そうともせず、むしろ見せつけるかのように手を伸ばすものだから、ゆっくりとその小さな肩を抱きしめた。


「うん……やっぱり……ふふっ……うん……!」

「ハク……?」


 寒いくらい冷房の効いた部屋に二人してベッドに横になって、その温もりを確かめていると、突然笑い出すように声を上げるハク。

 その顔は見えないものの、俺の後頭部の髪がくしゃくしゃと、いいようにされている感触がする。


「いや、やっぱりボクはセンのことが好きだなぁって……。たとえボクがキミにとって初めての女の子じゃなくなったって、やっぱり諦めることなんてできない。キミ以外の男の人なんてありえないんだなぁって……」

「ハク…………。ん?初めての?」

「そうだろう? 昨日……センはあの2人と一線を越えたのだろう?」

「!?!?」


 ガバっとその小さな肩を持って距離を取り、その顔を見ると苦しそうにしながらも笑みを浮かべるハクの顔が。


 いや待って。俺は別にそんなこと――――って待てよ。昨日俺なんてハクに言ったっけ……。

 たしか涙でグシャグシャにした怜衣さんと不安そうな表情をした溜奈さんが来て、入れ替わるように『任せた』と言ってハクは帰った。

 そのあと落ち着いてからハクに『2人と仲直りできた。今日のところは家に泊める』って言ったんだったか…………。


 あ、これ絶対勘違いされてるやつだ。


「あのね……確かに昨日2人を家に泊めたけど、俺床に寝てて何もしてないからね?」

「…………えっ?」

「俺はあの後仲直りしただけで一線もなにも越えて無いからね?」

「…………」


 そういう欲求が無いわけではない。でも、昨日はそういう空気にならなかっただけだ。

 仲直りしてから2人はひとしきり泣きじゃくった後、そのまま寝入ってしまったのだ。襲うなんて度胸はあるわけもなく、ただ同じベッドで寝たら確実にヤバいから仕方なく床で寝たというわけ。

 もし2人が受け入れでもしていたら……いや、考えるのはよそう。


「じゃ……じゃあ……ボクがキミを今襲えばお互い初めての交換を…………」

「怜衣さん……いや、柏谷さんをこれから呼ぼうか」

「むぅ……亜由美さんはずるいよ……仕方ない、今回のところは諦めるよ」


 ハクさんや、目が血走っておりますよ。

 さすがに俺も初めては空気を読みたい。こんな傷心しかけたハクを慰めるようにだなんてゴメンだ。


 最初は怜衣さんらを呼ぼうと思ったけど、なんだか悪化しそうで諦めた。柏谷さんならきっと辛辣な言葉と目を向けながらでも何だかんだこの場を収めてくれるだろう。

 たぶん柏谷さんの前世は騎士かなにかだ。そしたら俺が守られる側になってしまうけど……でもこれまでの行動を見たらそうとしか思えない。


「その上でひとつ、ハクに言いたいことがあるんだけどさ……」

「言いたいこと?」


 俺たちはベッドに横になりながら、お互い横向きになって顔を突き合わせる。

 片腕を彼女は頭で押さえるように。まるで腕枕をするように。


「その……2人には『仮』を除けて正式に付き合いたいって言ったんだけど……俺はハクも本当に好きだから……その……」


 それ以上の、身勝手な言葉が出てこない。

 当然かも知れない。これから言うのは最低の言葉なんだから。ただただ俺に都合のいい、彼女に無理を強いる言葉なんだから。


「その…………」

「ハァ……。セン、もういいよ」

「えっ?」

「ボクのことが好きって言葉でもう全部許せるんだ。どうせ仮が除けてもこれまで通りでいたいってことだろう?」

「!!」


 まるで心の中を覗いたかのような言葉に俺は目を見開く。

 彼女はため息をつきつつも手を頬に触れて優しく微笑んできた。


「いいよ。惚れた弱みだ。3股でもなんでも許してあげようじゃないか」

「……いいの?」

「いいって言ったじゃないか。 あ、でも一個お願いを聞いてもらおうかな」

「?」


 彼女は何かを思いついたかのようにニヤリと口元を曲げ、その後すぐに表情を引き締めて自らの口元を指差す。


「センから、キスして。 同時に、ボクのことをギュッと抱きしめて」

「…………わかった」


 その言葉に従うよう、ゆっくりと彼女に近づいていくと、その目が閉じられるのが見て取れた。俺もつられて瞳を閉じると、すぐに触れる唇同士の柔らかな感触。

 触れた瞬間彼女の肩がピクンと一瞬だけ震えたが、それもすぐに落ち着いて俺に身体を委ねてくれた。少し濡れていたのか、湿り気のある唇の感触と背中に回る彼女の腕の引き込むような力強さ。


 すぐにもう一つのお願いを聞くべく、頭の下敷きになっている腕でその小さな頭を抱き込み、もう片腕は彼女の脇の下を通って背中をギュッと抱きしめた。

 同じくハクも力強く抱きしめるものだから、彼女の柔らかくて大きな胸が俺の胸板に押しつぶされて形の変形する感触がする。そして同時に膝同士がぶつかったと思ったらその脚を一気に絡ませてきた。


「ぷぁ……、っ――――」」

「!? ~~~~!!」


 俺が脚に意識を割いたと同時刻。彼女はその口を一瞬だけ離したと思ったら再度力強く押し込んできた。

 今度はその隙間から、舌を入り込ませるように。突然のことで反応の遅れた俺はされるがままに彼女の舌を受け入れてしまう。


「……んちゅ……ん……ちゅるっ……ふぁ……」

「~~~~!!」

「ぷはぁ……! ふふっ、ごちそうさま」


 しばらく彼女の思い通りに蹂躙されてから、ゆっくりと離れる表情は、さっき引き込んだ時以上に妖艶に、そして魅惑的だった。

 ペロリと舌なめずりする彼女は満足そうに、呆気に取られている俺を見てから満面の笑みを浮かべて抱きついてくる。


「セン、これも初めてだった?」

「そ……そりゃあ……」

「ふふっ、よかった」 


 そりゃあ……そんなディープキスなんて……初めてに決まっている。ただでさえハクとのキスすら2度目なのに。


「セン、ボクは1番キミのことが好きだ。だから、たとえ3股を許してもキミの初めては全部、ボクのものだからね」


 そう言って抱きつく力を強める彼女は満足気に、そして心のそこから幸せそうな表情を浮かべていた――――。


「ふふっ、今日のところは宿題はナシだ。ずっとこのままギュッとしていてもらうよ」


 そして、恵理さんが入ってくるまでずっと抱きつかれたままだったのは言うまでもない。

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