057.初めての共同・・・?


「アンタ、明日ちょっと顔貸しなさい」

「…………はっ?」


 昨日の報告も兼ねて宿題をしようとハクの家に行った結果、結局宿題の欠片も手につかなかった日中からしばらく経ち、家に帰って一人ノンビリとした時間を過ごしていた時のこと。

 さて面倒だが夕飯でも適当に作るかね、と立ち上がったことで鳴るのは我が家のインターホン。


 さては怜衣さんたちが気を利かせて夕飯を持ってきてくれたんだろうかと内心ワクワクしながら扉を開けると、開口一番そんな言葉が投げかけられた。

 目の前……いや、少し下には朝と同じ格好をし、腕組みをしている柏谷さんの姿が。


 顔貸せって何……!?ついに俺カツアゲでもされるの!?


「だから、明日私と来いって言ってんのよ」

「ちゃんと聞こえてるけど……なんで? あと、中入る?」

「……そうね、暑いしそうさせて貰うわ」


 夏真っ盛りの今夜は熱帯夜らしい。今日も外への扉を開けた途端ムワッと嫌な空気がまとわりつくようにへばりついてきた。

 それならまだエアコンの効く中のほうがマシだろう、けれど嫌っている俺と二人きりなのはどうか……そんな微妙な感情で聞くも、素直に肯定して俺の脇を通り過ぎていった。…………ホントに俺のこと嫌いなんだよね?


「あら、お味噌出しっぱなし……じゃなくて、これから作ろうとしてたの?」

「まぁ、ね。でももうちょっと後になるだろうし今片すよ」

「それは悪いことしちゃったわね。 何ならあたしが作ってあげましょうか?」


 ニヤリと口元を隠しながら笑みを浮かべる柏谷さん。

 それは明らかにからかっているよう。俺は肩をすくめながら味噌を奪い取って冷蔵庫にしまい込む。


「いや、大丈夫。 それより柏谷さんこそいいの?嫌いって言ってる俺の部屋に上がって」

「むっ――――! なによその言い方。なんかムカつくわ……ちょっとそこどきなさいっ!!」

「えっ……おわっ!!」


 何かが癇に障ったのか、彼女は俺を肩で押しのけるように冷蔵庫の前を陣取って、さっき片した味噌とその他諸々の食材を取り出していく。

 えっ……何を…………。


「何!?私がここに来ちゃダメだっていうの!?」

「いや、そんなこと一言も――――」

「いいからアンタは座ってなさいっ! これから私がほっぺもとろけ落ちるようなご飯を作ってあげるわっ!!」


 俺を無理矢理座らせた彼女はそう言って大きな胸を張る。

 俺はそんな眉を吊り上げさせた彼女を見上げることしかできなかった――――。





 ――――そうして柏谷さんの背中を見守り始めたのが30分前。

 彼女の行動はかなり遅々としたものだった。


 味噌汁を作ろうとしたが、熱したお湯に味噌を入れようとしていたものだから慌てて止め、それ以降スマホ片手に出汁を取る作業に没頭した。

 料理というのは何かしら同時進行する技術が求められるもの。相当の時間をかけて味噌汁が出来上がったはいいが、次なる工程へと踏み出すためにお肉を取り出してからはずっとスマホとにらめっこしていた。


「はぁ……見てられないな……」

「えぇと……この材料だと……肉じゃがかしら……醤油……? 醤油って何よ……薄口と濃口があるじゃない……どっちとも書いてないし……うぅん……」

「柏谷さん、柏谷さん……」


 どうやら集中しきっているようだ。俺の言葉が届いていない。


「この少々とか何よ……ちゃんとグラム数書きなさいよね。 それに大さじってどれよ……このティースプーンでいいのかしら……」

「柏谷さん…………亜由美さんっ!!」

「――――ひゃっ!! な……なによ。びっくりするじゃない……」


 ずっとブツブツと呟く彼女はレシピサイトとにらめっこしているようだった。

 呼びかけに驚いた彼女は目を丸くして隠すようにスマホを胸に抱いている。もう隠す必要ないんだけどな。


「大丈夫だよ。任せて」

「何よ。別にあたし一人でもちゃんとできるわ」

「そういって10分以上スマホとにらめっこしてるじゃん。出来上がる頃には日付変わるよ?」

「…………」

「ほら、俺に任せて座ってて。 肉じゃがだよね?」

「…………」


 彼女が手にしていた肉のパックを受け取ってから引き継ぐように料理へと取り掛かる。

 けれど彼女は少し後ろに下がっただけで座ろうとしていない。むしろ俺の手元を見ているようだ。


「柏谷さん?」

「……あたしにも手伝わせなさい」

「えっ?」

「このまま引き下がったんじゃあたしが納得できないわ。何すればいいの?なにか仕事頂戴」


 …………あぁ、柏谷さんは負けず嫌いなんだな。

 その起こった様子の彼女に俺は冷蔵庫からじゃがいもを出してその手に乗せる。このくらいならできるだろう。


「この棚にある包丁で皮を向いてほしいけど、できる?」

「そのくらいならママとやったことあるから余裕よ。 …………ありがと」

「……どういたしまして」

「…………ん」


 俺と柏谷さんは狭いキッチンの中隣り合って調理を進めていく。

 少しだけ彼女のことを理解できた喜びを抱えて



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「そいや、なんで柏谷さんってウチ来たんだっけ?」

「ん?」


 それから問題なく調理が終了し、二人でテーブルを囲んでいた時のこと。

 俺はふと気になって口を開いていた。


「いや、なんで柏谷さんと俺って一緒になって夕飯食べてたんだっけなって思って」

「そんなの決まってるじゃない。あたしがご飯まだでお腹空いてたからよ」


 お腹空いてたんだ。

 丁度来たのが作る直前でよかったね。……いや、作ってからでも朝みたいに追加で要求されそう。


「そか。それで、肉じゃがはどう?」

「まぁまぁね。 …………嘘よ。美味しいわ」

「よかった」


 機嫌、戻ってくれたようだ。

 これで俺も気持ちよく夕飯を…………って待てよ。やっぱりこの状況おかしいぞ。


 なんだっけ……なんで柏谷さんが今日ここに来たんだっけ……。

 夕飯作りに?いや違う。なんか用があったはず。俺が理解し難い、なにか突然な――――


「――――そうだ。 来た時明日顔貸せって何の話?」


 そうそう、思い出した。

 たしか開口一番そんなこと言っていたはず。ついつい料理してる姿をヒヤヒヤしながら見てたから忘れていた。


「あ、そうだった。忘れてたわ」


 どうやら彼女も忘れていたようだ。第一の目的なのに……空腹にやられたか。


「あたし、明日から家を出るのよ」

「…………なんて?」

「だから、あたしは、明日実家を追い出されるのよ」

「……………………はぁぁぁぁ!?」


 日も落ちてしばらく経っていない夜に俺の声が響き渡る。

 彼女は、そんなときでも自信満々に、そしてなんてこと無いように、お肉を口に放り込んでいった。

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