058.節約志向


「追い出される!? なんで!?」


 お茶碗片手に告げられた事実に、思わず落としそうになる俺。


 なんで柏谷さんが家を!?

 ちょっと前に見た限りじゃ親子関係は良好だったし、理性的な彼女が喧嘩のはずみで家を出るとは思えない!

 そもそもこれから家どうするの!?ホームレス!?


「そうパパに言われたのよ。今日帰ったら突然ね」

「喧嘩とか!?」

「そうではないわね。普通に昨晩も今日も上機嫌でお酒飲んでたわ」


 喧嘩でないならなんで!?

 俺が会ったのはあの……食事会の時のみだが、少なからず柏谷さんのことを大事にしているように見えた。

 確かに若干お見合いとか言って、からかうフシもあったが、それはあくまで親子のコミュニケーションの一貫のよう。言葉こそ交わさなかったものの、母親も随分と優しそうだったのに。


「じゃあこれからどうすんの…………? すぐそこの屋敷に住まわせてもらうとか……?」


 お邪魔したしたことはないが、目の前の怜衣さん溜奈さんの敷地は随分と広い。あのサイズなら空き部屋もあるだろう。

 あとはあの二人と両親が許してくれるかどうかだが、親友だし許してくれると思いたい。


「あら、それもいいわね。 でも残念、あたしが住まうのは"ココ"よ」

「ここ……?」

「そ、ここ。 この狭いアパート」


 一足先に食べ終わった食器を前にし、頬杖をつきながら真下を指差している。

 それは……もしかして……


「ココって……まさか……」

「ふふんっ、 そういうことよ。 これからよろしくね?」

「え……えぇぇぇぇ!?」


 またもこの狭い部屋に俺の驚きの声が反響する。

 柏谷さんが……この部屋に!?でもここには一人住まうだけで精一杯なのに、まさか二人暮らしだなんて……

 しかも付き合ってる三人ならともかく、付き合ってもいない、更に嫌っていると明言している彼女とだなんて、いったいどうすれば…………!!


「い……いや……俺にはあの3人がいるし、それにここ狭いし、何より柏谷さんが満足できるような環境じゃ…………」

「…………ぷぷ……ふふふ……ふふふふふ…………」

「柏谷さん…………?」


 俺がまさか予測していなかった自体にどうしようか頭を悩ませていると、そんな思いとは裏腹にクスクスと笑みがこぼれだしているのが目に入る。

 彼女は口元を手で抑えながら堪えるように笑っていて、しばらく後にその仏頂面を緩和させた。


「いやね、あたしがこの部屋に住むわけ無いじゃない。 ただでさえアンタのことは嫌いなのよ。ここに住むくらいなら公園でホームレスになるわ」

「だ……だよね……よかった…………」


 あぁなんだ。さっきまでのは冗談だったのか。


 あーびっくりした。

 いや、公園でホームレスになることはよろしくはないが、家を出るなんて自体にならなくてほんと良かった。


「ビックリしたよ。突然家追い出されたなんて冗談を言ったりして――――」

「ん? さっきあたしが話したこと全部、冗談なんて一つもないわよ? 普通に明日追い出されるわ」

「――――――――えっ?」


 今、なんて?

 冗談じゃない?明日追い出される?誰が?柏谷さんが?


「でもさっき、俺の部屋で住むって言ってたのに住まないって…………」

「アンタ、一つだけ勘違いしてるわね。 私が住むのはココじゃなくてソッチよ」

「ソッチ……?」


 彼女はさっきと同じく真下を指差す。

 そしてすぐに、指した指を半回転させるよう真上に向けて――――


「あたしが住むのはソッチ。 アンタの家の真上よ。もう契約だって済んでるんだから」


 上……?

 このアパートの上はたしか……そうだ、空き部屋だ。

 聞いた話によるとこのアパートにはしばらく両部屋共に借り手がつかなかったらしい。

 こんな狭いアパートに……柏谷さんが!?


「な…………なんで!? なんで柏谷さんがこんなとこに!?」

「それがはた迷惑なことにパパの思いつきよ。大体アンタのせいだし」

「俺の!?」


 俺、何もしてないよ!?

 むしろ彼女に対して借りが多すぎて下手に刺激しないようにしてたくらいなのに。


「そ。アンタ、高校入ってから一人暮らししてるじゃない。 それをアンタの父親経由でパパの耳に入っちゃって、『どうせだし亜由美も一人暮らししてみなさい!友達の多い場所を契約したから安心するといいよ!』なんて言ってきたのよ。 まったく、一人娘にする仕打ちじゃないわ……」


 なにそれ……俺殆ど関係ないじゃん。

 しかも当の柏谷さんだってまんざらでもなさそうだし。口元がニヤニヤしてるの見えてるよ。


「もしかして、その挨拶のためだけに、こんな時間に来たの?」

「そんなわけ無いじゃない。明日荷物がこのアパートに届くわ。荷物、上まで運ぶの手伝いなさい」

「…………業者は?」

「節約を重視してね、格安の単身パックにしたからアパート前に下ろして終わりなのよ。 だから下から部屋まで運ぶのは私達の仕事ってわけ」


 それはまた……お嬢様なのに節約志向で関心ですこと。

 つまり、柏谷さんとは明日からお隣さんになるってこと?上下もお隣さんっていうのかな?


「ちなみにそれ、怜衣さんたちには……」

「言ってないわ。私もさっき聞いたのだし、明日手伝ってもらおうとしても無駄よ。あの子達、墓参りで今実家なんだから」


 実家……というとここから1時間ほどの位置にある家のことか。

 たしか目の前のは別邸だという。そっか……ハクも明日は祖父母の家に行くって言ってたしな……。


「……仕方ないか。 ご近所さんだし、そのくらい手伝おうかね」

「それでこそあの子達の彼氏ってものよ。 3股してるんだし、そのくらいの懐の深さはないとね」

「はいはい。でもそれが俺の嫌いなとこなんでしょ」


 親友の彼氏が嫌い。

 それはずっと親友だった彼女からしたら当然のことだ。相手を奪われたと思うのだから。

 けれどいつかは折り合いを付けたいと思っている。俺だってこの気持ちを曲げるつもりはないけど、嫌われ続けるのはイヤだしね。


 彼女は自ら食べた食器のお皿を手にし、シンクへと持っていく。


「ええ。 でも…………最近はどうかしらね?」

「ん?」


 ふと最初の肯定は聞こえたが、最後の方は水の音にかき消されて聞こえなかった。口は確かに動いてたんだけどな。


「今、なにか言った?」

「別に。アンタのことは本当にキライって言っただけよ。 ほら、食べ終わったんでしょ!洗ってあげるからお皿持ってきて!」

「……はいはい」


 俺は自らの食べ終わった前お皿を持って彼女のもとへ向かう。

 チラリと見えたその表情は、こころなしか楽しそうに頬を緩ませているのであった。

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