083.祭りのはじまり


 廊下を歩くたび、道を行き交う様々な者とすれ違う。


 ダンボールで作ったロボットの様な衣装を身にまとった者、真っ赤や真っ黄色な、人目を引くような奇抜なカツラをかぶった者、普段の制服とは一味違う、この地域のどこでもない明らかにコスプレとわかるようなフリフリの制服を着た者など、見渡すたびそれぞれの味を出したような人が歩いている。


 格好こそ様々だが、みな同じく何かに追われるよう。

 それはもうこんな時間になっても、変わらず目の前の事に集中していた。



 時刻は午前10時。

 文化祭当日の、開始の時間。

 ついさっき放送委員が全校放送でその開会を宣言したばかり。しかし殆ど全ての生徒たちはまるでロスタイムを使うかのように、一段とスピードをかけた状態で最後の仕上げと手を動かしていた。


 そんな慌てる様子を眺めながら、俺は隣の少女とゆっくりとしたペースで歩みを進めていた。


「これはもはや年に一度の恒例行事だね。時間になっても準備が終わらないっていう……」

「そうなの?」

「うん、去年もだったね。大抵他クラスの生徒か保護者になるんだけど、お客さん第一号が来るまでみんな黙々と作業してるんだ」

「へぇ…………」


 俺と肩を並べて歩くハクは、昔を思い出すように肩をすくめる。


 去年、そんな事があったのか。

 俺は準備こそ手伝ったけど当日はズル休みしたからなぁ……。ほら、色々と精神的に不安定だったし。


「でも、慌ただしいほうが暇より思い出に残るんじゃない?」

「それは、誰かさんがズル休みしてその分ボクが頑張った事に対するあてつけかい?」

「うっ…………!」


 そうだった……。忘れてた。

 去年突然俺が休んだから、その分の負担ハクに行ったんだった。後日色々言われた覚えがある。


「ごめんって。俺も色々あってさ」

「今となっては怒るつもりも何もないさ。 でも、忙しくても楽しくはなかったかな」

「そうなの?」

「だって、キミが居ない学校なんて何の面白みもないからね。 仕事がなかったら間違いなくボクも帰ってたよ」


 あっけらかんと告げる彼女の本音。

 それと同時にスッと手を突っ込んでいるポケットに入り込んで包まれる俺の手。


 彼女の手だ。俺のジャケットのポケットの中で手をつなぐように、手の甲から優しく包み込んでくる。

 チラリと隣を見ると、「何?」ととぼけるように彼女の笑顔が飛び込んでくる。


 確信犯だ……。

 その笑顔を見た俺は生徒の多く行き交う廊下なのに……と、顔が赤くなるのを感じながら歩くスピードを上げていく。


「ほらっ!変なこと言ってないで行くよっ!!」

「センったら顔真っ赤にしてかわいいじゃないか。 せっかくのデート、何なら腕に抱きつこうか?」

「なに怜衣さんみたいなことを……。 2人に美味しいもの見つけるんでしょ!?早くしないと行列できるよ!」

「ふふっ。 は~いっ」


 早足ながらもピッタリ隣で歩く彼女の気配を感じながら、俺は外の様子を眺めつつ目的地へと足をすすめる。


 そう、文化祭も始まったのに二人して歩いているのは別に遊んでいるわけではない。俺達の使命は昼過ぎまで教室から動けない怜衣さんと溜奈さんの為にお昼ごはんの調達だ。

 確かにデートという側面も無くはないが、第一の目標は調達だ。列ができてしまう前に買わなければ。


「それでセン、今どこに行ってるんだい?」

「まず最初はここに――――ってあれ?アレは……」

「うん? おや――――」


 ふとパンフレットを出そうと足を止めて前を向いた一瞬。

 その一瞬の間にふと見覚えのあるような人影が見えたような気がした。気になって目を凝らすとハクも同様に納得したような声を漏らす。やはりアレは…………。

 俺たちは互いに頷きあってその人影の元まで歩いていく。



「なにやってんの? …………母さん」

「お母さんも、随分と早いね」

「あら、あんた……」


 パンフレットを見つめながら立ち止まっている二つの人物……その2人に話しかけると向こうも気づいたようだ。


 そこに居たのは俺の母さんと、ハクの母親の恵理さん。

 2人は俺達に気付くと同時にパンフを仕舞って笑顔を見せてくる。


「随分都合の良い登場ね。 なに?泉ったら迎えに来てくれたの?」

「まさか。偶然だっての。 んで、もう来たの?」

「家で暇してるだけだったからね。 アンタは?早速サボり?」

「ただの買い出しだよ。 お昼とか買わなきゃだから」

「買い出しねぇ…………」


 母さんが含みのあるような復唱をして視線を移すのは隣に立つハク。

 ……なにその変な笑み。


「…………なに?」

「いやいや、買い出しにハクちゃんまで連れ出して……まるでデートみたいだなぁって思っただけよ」

「まぁ……そういうのも無くなはいって程度だけど……」


 確かにそのとおりだが、本人然り母さん然り、直接言われると恥ずかしいものがある。

 察してよ2人とも。口に出すと恥ずかしいんだから。


「何が『無くはない』よ。 二人して一つのポッケに手突っ込んでそうとしか見えないわよ」

「…………? ――――!!」


 その言葉に何を言っているのかと自らのポケットに目を向ければ、たしかに俺の手を包むように繋がれた彼女の手が。

 そうだった!すっかり慣れて気にしてなかったけどずっとこうだったんだ!!


 俺は大慌てで手を取り出すも、ハクの小さな言葉が漏れるだけで2人の母親の笑みは収まらない。


「ぁっ……! おばさま~。センったら言ったら離しちゃうんですから黙ってないと~」

「ゴメンナサイねハクちゃん。 ほら何やってるの泉!ちゃんと繋いであげなさい!」

「親の前でとかどんな罰ゲーム……」


 実の息子よりも仲良く見える母さんとハク。

 さすがに2人きりなら全然だけど、親の前、しかも生徒たちも多い中自らやるのは恥ずかしすぎる。


 俺が手を取りあぐねていると、しびれを切らしたのかハクが今度は堂々と俺の手を握ってきた。

 さっきまでポケットに入っていたからか知らないが、暖かなハクの手。まるで10月の寒い風を吹き飛ばしてくれるような暖かさ。


「大丈夫ですよおばさま。 ボクが手を離しませんので」

「あらっ! いい子ねハクちゃんはぁ。 ところであの子達はどうしたの?溜奈ちゃんに……怜衣ちゃんだっけ?」

「2人は今お仕事中ですよ。ボクたちは2人のためにお昼の調達です」


 そうそう、俺達はデートじゃなくってお昼の調達を…………ってそうだった。


「ハク、そろそろ」

「あっ、ごめんなさいおばさま、お母さん。ボクたちもう行かないと……」

「あら、そうだったのね。ゴメンナサイね呼び止めて、私達は一足先に2人のクラスに行かせてもらうわ」

「はい。ゆっくりしていってください」


 先を急ぐ俺たちに気を使ったのか、その言葉で早々に教室までの道を歩いていく母さんと恵理さん。

 ……こうやって見てもやっぱり、あの2人でさえ親子に見えるな。恵理さんの若々しさすごい。


「ねぇセン」

「ハク、そろそろ行こっか。列で時間食う前に並ばないと」

「その前に一個いい?」

「ん?」


 手を引っ張って先に向かおうとしても、彼女が動こうとせず、俺の腕は引っ張られる。

 ……ん?なにか忘れ物?


「お母さんは褒めてくれたんだけどさ……。セン、今のボクの格好はどう……かな?」

「どうって……」

「可愛いかい?格好いいかい? ……ううん、キミ好みの格好かい?」


 バッと手を広げて見せるのは自らの格好。

 俺と変わらない、クラスの制服となったウェイターの格好。

 彼女も柏谷さんと同じくスタイルがいい。ジャケットは胸によって浮き上がるが、その隙間から見えるシャツがインされていることによってその良さが際立っている。

 更に元々ボーイッシュな彼女だ。俺から見てもかっこよく、そして可愛く見える。


「どう……かな?」

「えと……その……好み……だよ」

「それは、瀬川さんとどっちがいい?」

「なんで瀬川さん!?」

「どっち?」


 その目は至って真剣なもの。

 そんなの決まっている。こんな生徒が行き交う中で言うのは恥ずかしいが、言わないと動いてくれないもんね。


「そりゃあ……ハク……だよ」

「…………ん。そっか。そうなんだ」


 彼女は何度も頷きながら俺の隣へと回り込む。

 そして俺の手を取ってジャケットのポケットへ。更にハク自らの手もその中へ。


「なら、ボクは満足だよ。 ほら、お昼買いに急ごっか。みんな待ってる」

「う、うんっ! って早い早い!手が折れる!」


 俺はポケットの中で繋がれた手に引っ張られて廊下を駆けていく。

 その姿にすれ違う生徒たちは振り向くもかまっていられない。まだ祭りは、文化祭は始まったばかりだ。

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