082.男装の麗人
早朝7時――――
それは朝早い時間。俺も普段の休日なら当然夢の中として、学校のある日でもようやく起きはじめる時間だろう。
寒暖差の大きいこの季節は冷たい風が吹き、何枚か羽織らないと身震いしてしまうほど。
段々と外に出るのが億劫になる、冬という季節を先取りしたかのようなその気候は本来まだ部屋でぬくぬくダラダラすやすやと過ごしているはずだが、俺は早々に家を出て人のざわめく学校にたどり着いていた。
まだまだ日も出たばかりで、本来なら殆ど脳は働かず起きていたとして8割方寝ているはずだが、今日に限っては完全に目が覚めて身体もしっかりと動いている。
そんな俺は教室でざわめく話し声を尻目に制服から別の制服へと、自らの服装を変えていった。
「…………こんなもんかな」
教室には鏡がなく細かいところなどわからないが、昨日着た通りの手順を沿って同じようにしたからきっと問題ない。
俺は今日、学生からウェイターへと変身するのだ。
しかし、やはりというか首元の苦しさだけは慣れない。少し首を下に下げれば蝶ネクタイが首に当たって気になるし、できれば元の服に戻りたい…………。
今日、とある10月の土曜日。俺達の学校は年に一度の大行事である文化祭の開催される日だ。
この日のために何日か授業をつぶして準備をしてきたし、放課後になっても積極的に手伝ってきた。
それもこれも文化祭をより良いものにするため…………といえば聞こえはいいが、ただ最低限の準備すら間に合わないという危機感からみんな必死になっただけ。
そしてようやく形になったところで迎えた本番。最後の準備をするためにクラス全員この時間に集合ということになった。
しかしそれは俺たちだけではない。来る途中、何人もの知らない人が登校してくるのを見てきた。きっとどのクラスも同じ状況なのだろうと同情する。
「男子たち~? もう着替え終わった~?」
着替えるにあたって男子たちの更衣室となった出し物会場兼、我が教室。
もう全員が着替え終わったかというところで扉が突然開かれる。
ノンビリとした口調で姿を表したのは我がクラスの委員長、瀬川さんだ。
突然の事に驚いた声がそこらから上がるが、全員を見渡して問題ないと判断したのか彼女は周りに構うことなく教室へとツカツカ入ってくる。
「里見君っ! どうどう?この格好!?かわいくない!?」
迷いのない歩みでたどり着いたのは、何故か俺の目の前。
彼女はそう言いつつジャケットの前を開いてこちらに見せつけるようにクルリと一回転。
「おぉ……女子も男子と変わらないんだね」
「そりゃあコスト削減……ゴホン!そういうコンセプトだからね! それでどう?見惚れちゃった!?」
スラッとした身体に後ろでまとめた髪、1、2回しか着てないはずなのにピシッとした立ちふるまいで自信満々な様子は、まさしく仕事のできるフロア長といった様子だ。
最後に決めポーズとばかりに蝶ネクタイの両側を持って整える仕草は案外様になっていてかっこいい。
「うん、カッコいいよ」
「え~、なにそれ~! そこはほら、『可愛すぎて一目惚れしちゃった』とか『俺と駆け落ちしよう』とかそういうのじゃないの~?」
……彼女の中で俺の像は一体どうなっているんだ。
見た目は仕事のできる女性なのにプンプンと頬を膨らます姿を眺めていると、ふと彼女の背後に少し小さな人影が見えてくる。
「瀬川さん、なに私達を呼ばずに油売ってるのよ」
「げぇっ! 亜由美……ちゃん…………」
その影から掛けられた声に慌てて振り返る瀬川さん。
瀬川さんから見ても小さな体躯の少女は柏谷さん。彼女も同様にウェイターの恰好に身を包んでいる。
「ほら、私の様子を見てみんな入ってきてくれるかな~って……」
「よく見なさい。まだ終わってない人がいるからみんなどうしようか悩んでるわ。 早く呼んで指示してあげなさい」
「はぁ~い……」
今度は首を掴まれることなく自らの意思で廊下の方へ向かっていく瀬川さん。
なんだろう、正直柏谷さんのほうが委員長のように見えるや。
「……ったく。 アンタも周り見てあげなさいよね。そんなフラフラしてると琥珀さんに愛想つかれちゃうわよ」
「まぁ……うん。 気をつけるよ」
たしかに。俺も少しはしっかりしないと、せっかく好きって彼女たちに余計な心配を与えてしまう。
着替えも済んで女子とも合流したことだし切り替えて準備に取り掛かろうとするも、出口が柏谷さんに塞がれて俺は椅子から動くことができない。
「柏谷さん……?」
「……なによ」
「ほら、ちょっと退いてくれない? そこに居てくれると出れないんだけど……」
少しご機嫌斜めのような彼女にお願いするも、動く気配はない。
しまったな、拗ねちゃったのかな?
「―――――――――ぃの?」
「えっ?」
「あたしには……この格好……何も感想ないの?」
出口を塞いだ彼女が視線を下げながら告げたのは、自らの格好についてだった。
自らの腕を掌でこすりながらチラチラとこちらを見上げるさまは、まるで好きな人への対応のよう。
…………いかんいかん。俺にはあの3人がいるのにそんなこと考えちゃ。
彼女自身が友達って言ってたんだしきっと友達として聞いているのだろう。
「えっと……うん。 いつもの制服もいいけど、ボーイッシュなのも偶にはいいね」
ペアルックといえば聞こえはいいが、その実クラスの殆どが着ているただの制服。
背が低く見方によっては子供にも見えるかもしれない彼女のウェイター姿は美少年のようで、まさしく人によっては悩殺されるものだった。
このクラス一低い身長だが、下手すればハクに匹敵するかもしれないその胸部の大きさ。
ジャケットのお陰で服の胸元から腰まで大きく盛り上がり太っているともとれるが、ジャケットの前が開いていることによって、インしたシャツのウエストの細さが際立ち、そのメリハリがいつも以上に感じられた。
その上普段はハーフアップにした赤みがかった髪を首元でお団子にし、髪の短いボーイッシュにも見える。
「ふんっ!ならいいわ! あんまりフラフラと女の子をとっかえひっかえしないことね!」
「俺、一度もしたつもり無いんだけどなぁ…………」
鼻を鳴らして塞いでいた出口を開けてくれる柏谷さん。
とっかえひっかえって……俺にはちゃんと好きな人のみを見てるつもりなんだけどな。一人じゃなく三人なだけで。
視線を前に向けてあたりを見渡せば、奥には瀬川さんと打ち合わせをしているハクの姿が。
彼女はもともとショートボブだから今の格好もよく似合う。
言うなれば男装の麗人というやつだろうか。女子を魅了する女子。だからなのか、こころなしか普段より周りに女子が多い気がする。
「……っと、俺も仕事しないと」
ついつい仕事に打ち込んでいるハクに見惚れてしまっていた。
俺は自らの荷物を持って教室を出ていく。
本番開始まであと数時間。時間は待ってやくれないのだ。少しでも形を整えないと。
事前に連絡のあった、食材を取りに行った怜衣さんと溜奈さんと合流するため、家庭科室まで小走りで向かう。
そんな後ろ姿を、柏谷さんがずっと見つめているとは知らずに――――
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