084.裏方の仕事
「あっ! おかえりなさい泉さんっ!!」
両手いっぱいに様々な食物を携えて戻ってきた教室。
俺たちの出店会場となっている教室とはすぐ隣の部屋、隣のクラスとは反対側の空き教室は、俺達の準備室となっていた。
本格的に調理をする家庭科室とは違い、簡単な調理や仕上げ、梱包作業等、裏方の仕事を任せられたクラスメイトが今もせっせと働いている。
そんな中俺が扉を開けて教室に入ると、隅の方で梱包作業をしていた溜奈さんが真っ先に気づいて俺の元へと駆け寄ってきた。
「ただいま溜奈さん。よく気づいたね、俺何も言ってないのに」
「泉さんだったら足音ですぐわかりますよっ!匂いも漂ってきましたし!!」
足音……匂い…………。
足音はともかく匂いって、この食べ物のことだよね?焼きそばとか色々買ったからそれで判断したんだよね?
「それでそのぅ……こんなに買ってきてくれたんですか?」
「え? あぁ、何が好きかわからなかったから。俺たちも一緒に食べるからそれ用にね」
「ありがとうございます! おねぇちゃ~んっ!お昼食べよ~!」
お昼ごはんの入った袋を受け取った彼女が呼んだのは、さっきまで居た場所で未だに作業している怜衣さん。
彼女はずっと紙に向かって何かを描いていたようだが、一段落ついたのか手にしていたペンを片してこちらに駆け寄ってくる。
「おかえりなさい。どうだった?人混みは」
「まだ始まったばかりで楽だったよ。 でも最後の方はちょっと並んだかな」
10時を回ってすぐの頃は全く並ぶということはせずファストパス状態だったのに、30分をすぎる頃にはもう並ばないと買うことが難しくなってしまった。そのせいで11時には戻ってくる予定だったのに少しオーバーしている。
「そう……。 なら回るのも難しいのかしらね……」
「いや、2時過ぎる頃には人もまばらになってだいぶ余裕ができてくるよ」
「そうなの?」
「去年の話だけどきっと今年もおんなじさ。 きっとみんな飽きるんだろうね」
へぇ……さすがハク。俺も今年が初めてだから知らなかった。
でも終盤になったら完売とか増えてなかなか思い通りにいかなさそう。
「でも、どうしたんだい2人とも。てっきりホールだと思って覗いたのにこっちにいるなんて。接客担当だったんじゃ?」
そう、俺達はこっちにくる前に自らの教室を覗いたが、そこには本来いるはずの2人が居なくって驚いたものだ。
ならばと思って隣の裏方を見れば案の定。でも2人なら接客も問題なく、逆に看板娘として活躍できそうなのに。
「それがですね……始まって早々、瀬川さんにこっちって言われたんです」
「瀬川さんに?」
あら意外。
委員長もホール担当、戻ってきた時なかなか行列ができていて猫の手も借りたさそうだったのに。こっちのほうが忙しいのかな?
「なんでも災難な事にあの子、始まってすぐ列整理をしてたらナンパされたみたいよ…………女の子に」
「はぁ……女の子……」
呆れる怜衣さんに妙な表情を浮かべるハク。
女の子からナンパかぁ……。確かに、朝見た感じだとなかなか中性的で可愛かった。どっちと思ってナンパしたのかわからないが、されるだけの魅力はあるだろう。
「それで、私達が接客したらナンパだらけで仕事にならなくなる~!って言われてこっちになったんです」
「今は瀬川さんと亜由美が向こうで頑張ってるわ。2人とも躱し方上手いんだもの。勉強になるわ」
さっき見た行列、妙に女性率高いなって思ったら、それが理由だったのか……?
女の子ってどうやって情報仕入れてるんだろう。この世の謎だ。
でも確かに、ナンパだらけで仕事にならなくなるという意見には納得だ。
2人の格好は言わずもがな俺と同じウェイター姿。そしていつもまとめている髪は怜衣さんはストレートに垂らし、溜奈さんはツインテールに結んでいる。
怜衣さんは普段のサイドテールを下ろして大人っぽく見えているし、溜奈さんは可愛らしい雰囲気に合う髪型で更に魅力がアップしている。
服装も2人はジャケットを脱いでいるようで、そのスタイルの良さが線としてしっかり出ていて見る者全てを魅了するよう。確かにこれは人目を惹く。
「それより泉!午後……わかってるわよね!」
「うん……。もちろん忘れてないけど……いいのかな?」
「いいのよ!ちゃんと相談して決めたんだもの!」
俺は怜衣さんに詰め寄られて数歩後退りしてしまう。
午後の約束――――それは、彼女たち2人と文化祭デートをすること。
いつの間にかハクとも話はついていたようで、彼女たちは午後時間を取るために昼食を返上覚悟で仕事かつ、俺のぶんの仕事まで殆ど請け負ってくれた。
そのお陰で俺の仕事は雑用程度。最初は抵抗したけど3人という数の力には敵わなかったよ。
「お昼食べられるか不安だったけど、幸いにも裏方に回ったから時間は余り気味だわ。ちょっと早いけどお昼にしましょ」
「あ、ごめん2人とも。 その前にホールに行ってくれないかな?」
「えっ?」
えっ?
なんでハクったらホールに?
追い出されたって言ったのに、戻ったら柏谷さんらが頑張っている意味がないじゃないか。
「ほら、ボクとセンの母親が来てるからさ。2人の姿見たがってたよ」
「泉さんの……おかぁさん!?」
「それは……行くしか無いわね……!!」
さっきまでお昼モードで机を整理し始めた2人が一転、今度はその身を整えるように鏡を取り出す。
2人とも、いつもどおりで十分だよ?俺の親もそんな特別でもない……普通のおばさんだし。
「ちょっとまってね…………ねぇねぇ!山口さん!!」
「はい?」
そんな姉妹の様子を眺めていると、隣のハクが何故か今入ってきたクラスメイトの女の子を呼び出す。
「ねぇ、さっきまでホール居たんだよね? 誰が居た?」
「えっと……4組全部埋まってました。同じ学年の人が二組、あと大人の方が二組ですね」
「その大人のどちらかって、女性が2人組だった?」
「多分……えぇ。 たしか片方は女性同士の親子だったはずです」
「…………ん。わかった。 ありがと、もういいよ」
親子………そう見えるよね。
多分親子に見えた親同士、俺とハクの母親だ。
ってことは向こうに母さんがいるのか。随分と長居……いや、行列できてたし結構並んだのかな?
「2人とも、まだ居るみたいだから行ってみたら? ボクはここで待ってるからさ」
「いいの!?助かるわ! それじゃあ行きましょ!泉!」
「俺も行くの!?」
突然強く握られた手に思わずその肩を大きく震わせる。
またあの2人の前に行くの!?今度は2人を連れて!? それ絶対ニヤニヤされるやつだよね!!
「もちろんです! ほら、泉さん行きますよ。なんでしたら恋人繋ぎでいきます?」
「……遠慮しとく」
それで行ったらニヤニヤにドン引きも追加されてしまう。
「ぷぅ。わかりました~。 じゃあ、腕に触れるくらいいいですよね?」
「そ、それなら……」
俺が了承すると同時にジャケットを軽く掴んでそっと隣に寄り添ってくる溜奈さん。
そして気づけば、もう反対側には怜衣さんが……。
「もちろん、私もいいわよね?」
「…………もちろん」
俺はなんとか作り笑いをしながら彼女に笑顔を見せる。
これ、恋人繋ぎじゃなくってもニヤニヤされるやつだ。バカップルとか思われるやつだ。
もはや2人に離れてもらうことなどムリと悟った俺は、諦めてこの状態のまま母さんのもとまで歩んで、そして案の定の表情をされるのであった。
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