085.逆のターゲット


「溜奈さんっ!スイートポテト4つとコーヒー、あとレモンティー3つ!!」

「はぁ~いっ!!」


 昼もとうにすぎて外部からやってくるお客さんが最高潮に達してくる頃。


 俺は柏谷さんや瀬川さんの要請もあり、ホールにて配膳や注文の聞き取り等を担当していた。

 教室に設けたテーブルは常に埋まっていて、そこから伸びる行列も昼前とは比較にならないほどまでに人が集まっていた。


 男性客も少なくはないが、その多くは女性客。

 よくよく聞くと、どうも内装や凝った料理が写真を撮るのに適しているらしい。

 そこらは殆ど瀬川さんを主導にハクや怜衣さん、溜奈さんが頑張ってくれたお陰だ。それでここまで人が集まってくれるなら俺も嬉しい。俺と柏谷さんは脇で応援ばかりしてただけだし。



 当初は蚊帳の外から応援しているだけだったが、こうして本番になるとやばい。忙しすぎて死にそうだ。

 正直母さんに顔見せに来ただけなのに、あの2人が帰るやいなや手伝うことになるとは。



「泉さんっ! スイートポテトがもうありません!!」

「嘘!? もうっ!?」


 ダンボールを覗き込んだ彼女の慌てたような声が聞こえてくる。

 それ30分前に持ってきたばかりだよね!?もう捌けたの!?


「今日の分ってまだストックあったっけ!?」

「それが……この箱が最後でして…………」

「そっかぁ…………」


 空箱を落とした溜奈さんが申し訳なさそうに顔を伏せる。

 まさか昼過ぎに早速完売が出るとは。


 でも、注文を受けてるのはどうしよう。


「…………それじゃあ溜奈さんは瀬川さんと柏谷さんに報告を。俺は……今受けてるの謝ってくる」

「すみませんっ!お願いします!!」


 さて……と。

 溜奈さんも行ったことだし、俺も謝ってこようかね。


 あー気が重い。他の品でどうにかしてくれるかなぁ……。



「あの~……すみません」

「え~、明日もぉ?――――――――ん?どうしたの?」


 恐る恐る注文を聞いたお客さんに声をかけると、談笑していたのを中断してこちらに顔を向けてくる。


 女性が3人……その見た目から、大学生だろうか。

 根本が黒くなっている茶髪の女性が2人、そして黒髪が1人。

 襟の付いたフリフリの服を着た黒髪の女性とロングスカートのゆったりとした服を着た女性、そしてゆるふわの印象を感じさせるワンピースを着た女性。

 彼女たちは注文したのが届いたのかと思ったようだが、俺の様子を見てそうでは無いと察したようだ。


「確認したところ、スイートポテトが完売になっておりまして……」

「え~! 完売!?」

「すみません……」


 頭を下げると驚いた声が聞こえてくる。

 こればっかりは謝るほかない。忙しすぎて残量まで意識がいっていなかった。


「しょうがないよ~。 評判だったもん、みんなそればっかり選んだんじゃない?」

「無いものはどうしようも無いよねぇ。 ねね、それって明日は再販するの?」

「はい。明日の分はまた別にあります」


 評判になってたんだ。だからこんな列になってたのかな?


「じゃあ明日に期待かな。 …………ねぇねぇ、キミのお名前は?」

「自分ですか? 里見 泉です」


 チラリとワンピースの女性がこちらを見て名前を聞いてくる。

 それに素直に答えるも、彼女たちはなにか合図をするように3人で顔を見合わせて頷いていた。


「それじゃあさ……泉君、これから私達と一緒に遊ばない?」

「…………はい?」


 ……なんて?

 どんなクレームを言うかと思えば遊びの誘い?……てか注文は?


「えぇと……代わりの注文などは……?」

「泉君を注文しますっ!」

「だねっ! 私達この学校来るの初めてなんだ!色々教えてくれると嬉しいなぁ……」


 手帳を持っていた手が取られ、テーブルの上に引っ張られる。そしてもう2人の手がその上に乗り、3人によってその手が拘束されてしまった。

 戸惑う俺に彼女たちは何も言わず、ただただ笑みを見せてくる。


 ……え、なにこれ?俺何に誘われてんの?


「えと、今仕事中ですので……」

「もうだんだんと少なくなって来てるじゃんっ! 列も私達が最後の方だったよ!」

「いやでも……」

「それにさ、文化祭終わっても遊びたいから連絡先教えてほしいんだけど、どうかなぁ?」

「それは……」


 今まで何度か手を引こうと試みているが、3人によってビクともしない。

 これって……もしかしてナンパとかいうやつ?


「あ、お金のことなら大丈夫だよ! お姉さんたちが全部払ってあげ―――――」


 そう言って伸びた女性の手が俺の肩に伸びたところで、ふわりと甘い香りとともに、銀色が俺の横を通っていく。

 その銀色はまさしく間に立つように、俺に背を向けて彼女らと向かい合った。


「お客様、申し訳ございませんが当店その様なサービスは承っておりませんので」


 俺の横を通り、肩に伸びる手を防ぐように割って入ったのは、今まで裏に居た怜衣さんだった。

 彼女は掴まれている手にそっと触れながら、その3人を順に目を通す。


 更に腕へ何かが触れる感覚がしたと思えば溜奈さんが。彼女も胸の前で手を握りながら女性たちを相対する。


「え~? 別に本人のことだから個人の意思に任せればいいんじゃない?」

「いいえ、彼にはこの後も仕事がありますから」

「別に落ち着いてきてるみたいだしちょっとくらいいいんじゃない? ほら、30分だけとか」

「……彼には、彼にしかできない仕事がありますので」


 こころなしか、言葉を重ねるたびに怜衣さんの声のトーンが低くなってきている気がする。

 それはまるで怒りが籠もるように。まるで何かに耐えるように。


「そうなの?じゃあ連絡先だけでも聞こっかな? 別にそれくらいはいいよね。仕事の邪魔は一瞬だけだし」


 俺の腕を掴んでいた手がゆっくりと離れ、再度肩に近づいてくる女性の手。

 しかし今度は明確に。明らかに拒絶するよう、怜衣さんが伸びる手を横から掴んだ。


 一瞬だけにらみ合う怜衣さんと女性。

 その視線に怯んだのか女性が伸ばしていた手が引かれると同時に、怜衣さんが身体を捻って俺の肩を掴んできた。


「えっ……あっ!ちょっ!!」


 掴まれた手によって引っ張られる俺の身体。

 突然のことで手にしていた手帳を落とし、自らの身体も床に激突すると思ったが、その直前で怜衣さんが傾く身体を自らの身体を受け止める。


「彼は、私とこの子の大事な彼氏ですので! 今も今後も予約でいっぱいなのです!!」


 まさに教室中に響く宣言。

 その声はウチの学校の人はもちろん、外部の人も数多く居る中の言葉だった。


 俺の頭を胸に抱いて告げた言葉に女性たちは目を丸くして呆気にとられたものの、すぐに吹き出したようにその顔が笑顔に変わっていく。


「ぷっ――――あはは! そうだったのね!なるほど、初々しくてかわいいカップルね~!」

「わっ! な、なんですかっ!やめてください!」


 今まで怜衣さんと争うようなやり取りをしていた女性が、今度は笑いながら怜衣さんの銀の髪をやさしく撫ではじめた。

 しかし彼女はお気に召さないのか、口では嫌がりながらもその顔は赤く染まっていく。


「ごめんね、大事な彼氏をナンパしちゃって。 そりゃ怒るよね」

「むぅ…………」


 少し乱れた髪を整えながら頬を膨らませて可愛く睨む怜衣さん。

 そんなことを気にもしない女性は、それぞれの荷物を手にする。


「じゃあ、かわいいカップルの姿でお腹いっぱいだし、私達はこれで。 ジュースって持ち帰りできるよね?」

「へっ……あっ!はい!ただいまっ!!」


 その言葉に一瞬理解が及ぼなかった溜奈さんが慌てて裏へと引き返す。

 諦めてくれたのかな? 怜衣さんのお陰で?色々と注目浴びちゃったけど。


「ごめんね泉君、びっくりさせちゃって」

「い、いえ……」

「あ、スイートポテトはまた明日にでも挑戦するから。 それじゃ、彼女さんと仲良くね?」


 女性たちはそれぞれ怜衣さんの頭を一撫でしてから持ち帰り用の受け渡し口がある、廊下へと去っていった。

 なんだか知らないけど……ナンパはおわったの?


 突然の目まぐるしい変化に戸惑いながら、女性たちを見送っていく。

 怜衣さん……そろそろ離してくれないかな?




「…………ごめんね?」

「えっ?」


 彼女たちが消えたと思えば、聞こえてくる怜衣さんのつぶやき。

 突然……なにがゴメンなの?怜衣さんってば謝るようなことしたっけ?


「ごめんね……ちょっとのナンパも許せない小さな性格で……。溜奈みたいに受け入れるのは……難しいわ」

「……あぁ」


 なるほど、何かと思えばそんなこと。

 俺は力の弱まった腕から抜け出して自らの足で立ち、女性と同じくその髪を撫でる。


「それくらい。俺もちっちゃい性格だからおんなじだよ。 ナンパも断るつもりだったから気にしないで」

「そう……? 私のこと嫌にならない?面倒だって思わない?」

「全然。むしろ助けてくれて嬉しかったよ」


 しゃがんで彼女に笑いかけると、顔を伏せていた彼女も弱々しくはあるが微笑んでくれる。

 むしろアレで連れ去られてたら……どうなっていたかわからない。


「ありがとね……泉」

「うん。 それじゃ、仕事しよっか。あんまりサボってると今度は柏谷さんに怒られる」

「そうね。 今も睨まれちゃってるしね」


 チラリと、恐る恐る柏谷さんの方を見れば、「イチャイチャすんな」といいたげな睨みが俺を襲う。

 こわいよぉ……!仕事ほっぽりだして逃げたいよぉ……!


「ほら、泉。次のお客さん来たわよ! いらっしゃいませっ!」

「う、うんっ! いらっしゃいま――――あっ…………!」


 彼女たちが去ったことで空いた席に、新たな客が来ることは必然。

 その現れる影に裏方ではあるものの挨拶をする彼女に続いて俺も声を出す。

 しかし、その姿を見ると俺たちは同時に目を丸くしてしまった。


 1人は男性。

 見るからに高いとわかるスーツを見事着こなして、その高い身長とガタイのいい姿が目を引く人。

 もう1人は女性。

 水色のパーティドレスを着こなして後ろで結わえた銀色の髪が目を引く人。


 2人は周りの視線もものともせず、奥へと向かっていく。

 

「パパ……ママ…………」


 両者ともかなり目を引く、美男美女の二人組。

 怜衣さんが呟きながら、俺共々両親の前で固まってしまっていた。

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