032.23時の闇の中
睡眠というのは三大欲求の一つだ。
食欲、性欲に次ぐ三つ目の欲……人間は睡眠を取らなければ肉体に多大な影響を及ぼすということはもはや言うまでもない。
俺もこのおよそ17年間の中で時には嫌になるほど早く起きたり、はたまた逆に長く寝てきたが、どちらも身体に影響を及ぼしてしまうのは身を持って体感していた。
つまり、何が言いたいかというと、いくら3大欲求のだとしても、それを満たすのはほどほどがベストだということだ。
食欲は言わずもがな無限に食べられるわけないし、睡眠だって超長時間眠ることもなかなか難しい。性欲は……よくわからない。
特に俺みたいに流されるままに生きてきた学生にとっては、学校のスケジュールからして夜寝て朝起きるということが決めつけられている。
それは睡眠時間が短かったからすぐに寝ようとか、逆に長すぎたから時間をズラして寝ようなんてことをするのは自殺行為。確かにたまに学校で寝たりもしてきたが、それはタイミング等綿密に計算してのこと。さすがに毎日毎日学校の時間中寝てしまっていたらもれなく問題児の仲間入りだ。
そんな問題児になることを回避したい俺は、今一つの問題に直面していた。それは…………
――――日中ガッツリ寝てしまったせいで夜全く眠れない、ということ。
風邪を引いて早退してから家に着いて短時間、そして追いかけるように恋人(仮)が早退してからはなかなか長時間眠りの世界に旅立ってしまっていた。
ぐっすり起きて爽快な目覚めを迎えた時には、外はドップリと太陽の沈んだ夜の世界。
周りには彼女たちみんなもう帰ったようで人っ子一人見当たらず、メモと切り分けられた薬だけがテーブルに置かれていた。
『今夜は安静に、明日元気になっていることを祈っているよ。 でも無理はしないように』
とのこと。
筆跡は昔からノートを移す時に見慣れたハクのものだった。
そんなメモを棚にしまってからスマホを確認すると、時刻は夜の11時前。
随分と寝てしまったようだ。それも普通に夜寝るくらいのレベルで。これは確かに爽快な目覚めになる。
さて、これからどうしよう。
お昼をお粥だけで済ませてしまったものだから、さっきからお腹がキューキュー鳴っている。
冷蔵庫を開けてなにか作ろうにも出来合いとかパッと食べられるものはなさそうだし、頼みの綱の菓子パンもストックが無かった。
さっさと寝付いて朝を待つのも手だが、さっき起きたせいで完全に目が冴えてしまっている。これは眠れそうにない。
「じゃあ……仕方ないか」
俺はいそいそとシワになった制服を脱いでいき適当な服に着替えていく。
この制服どうしよ……シャツはどうにでもなるけど下がなぁ……。明日は諦めて終わり次第クリーニング行きかなぁ。
帰ってすぐバタンキューしたことを後悔しながら身につけた物を確認する。
財布もスマホもちゃんと持った。充電も大丈夫。よし、目指すはコンビニへ!
鍵もしっかりと手にしてから我が部屋の扉を開け放つ。
その途端、モワッと飛び込んでくる湿気のこもった生ぬるい空気が。
あぁ……そっか、もう夏入りも近いんだよな……。
今はまだちょっと不快なくらいで全然マシなものだが、これからどんどん暑くなっていくんだろうね……。
7月に入ってテストを終えればもう夏休みだ。今年は何をしよう……宿題はハクに泣きつくとして、なにかして遊びたい。
「ん…………?」
まだまだ早い休みに思いを馳せながらコンビニまでの道のりを歩もうとしたところで、パッと目の前の大きな門が明るくなる。
はて、動体検知式だろうか。でもここから門までそこそこ離れてるから検知しないと思うんだけど……。
少し不思議に思いつつも気にせず歩みを再開しようとすると、今度はギィィ……と門がゆっくりと動いて行く。だれか……出てくる?
「あっ――――。 き、奇遇ね泉。どうしたの?」
ぴょこんと顔を覗かせた後、姿を現したのは綺麗な銀髪を揺らす少女……怜衣さんその人だった。
その身は上下ともに黒色のジャージ。お風呂でも入ったのか髪はだいぶ湿気っており向かい合った今も肩で息をしていた。
「ちょっとコンビニ行こうと思って……。怜衣さんは?」
「私?私はその…………そう、同じくコンビニに行こうと思っただけよ! ちょうど同じみたいね。一緒に行きましょ?」
少し早口気味になりながらも彼女は返事を待つことなく隣にそっと寄り添ってくる。
本当にお風呂上がりたてなのだろうか。彼女の髪からはいつもと違うグレープフルーツの香りが漂ってくる。
そしてもう一つ気になったのは……。
「溜奈さんは?」
「溜奈? あの子ってば23時には耐えきれなくって必ず寝ちゃうのよ。今頃ベッドの中で気持ちよく眠ってるわ」
あら健康的。少なくとも目が冴えきって寝るタイミングがおかしくなった俺よりかは遥かにいいだろう。
俺もそれくらい規則正しく生活できたらなぁ……無理か。いつもこの時間だと動画サイトとか見てるし。
「そっか。怜衣さんはいつもこの時間にコンビニ? ……ちょっと危なくない?」
「さすがに親無しでの外出は初めてよ。 きっと寝すぎて眠れなくなったあなたが出てくるかなぁって期待があって出てみただけ。 ちょうど会えてよかったわ。やっぱり運命の糸で繋がってるのよ」
そう言って笑いながら手を繋いでくる怜衣さん。
運命の糸……そういったものは信じてこなかったが、たしかに今回のタイミングはベストだった。まるで監視していたみたいな……。
「そういや外壁のカメラで見れるんだってね。それ見たとか?」
「まさかぁ。 あなたが家を出て何分経ったっていうのよ。さすがに見てここに来るのはどう考えても無理よ」
確かに家を出て彼女が現れるまで30秒程度しかかかっていなかった。俺の考えすぎか。
「ところで大丈夫なの? 日中あんなにしんどそうだったのに……」
「え? あぁ……うん。薬が効いてるのかな?今のとこ全く問題ないよ」
言われてようやく自覚したが、目覚めてから今まで風邪を引いていただなんて嘘かのように身体は快調を示していた。
薬が効いたか治ったのか……。どちらにせよ、食料を調達するなら今しかない。
街灯が道を照らす、誰も居ない道を2人手をつないで歩いていく。
辺りの家こそ明かりは見えるが、みな静かにしているのか生活音など全く聞こえてこない。
まるでこの世界に2人きりが取り残されたような。そんな錯覚を引き起こしてしまうほどの静寂。俺はそんな静けさの中上機嫌な彼女の様子を隣から伺う。
街灯に照らされても美しく光る銀髪に、スラリと伸びた手足、そしてお人形さんのような美しさを持つ容姿。
こんな可愛い子が一人で夜道を歩くなんて危険だろう。俺は自然と握る手に力を込めてしまう。
「あら……? なぁに?あなた、そんなに手を繋ぎたかった?」
「え?いや……そうじゃなくって……」
「まぁ何でもいいわ。 私は繋ぎたいもの。 ふふっ、い~ずみっ、い~ずみっ!」
俺の名を繰り返しながらブンブンと握った手を大ぶりに前後させる怜衣さん。
ここまで上機嫌な彼女を見るのは初めてかもしれない。いつも溜奈さんを心配するかハクとなにか言い合っているからだろうか。
「今日、帰ってなにかいいことあった?」
「えっ? いえ……それがどうしたの?」
「随分と機嫌よさそうだなぁって」
「そんなの、当然じゃない。いつもあの子が一緒に居たけど、今回はあなたと2人きりでお出かけだもの。 二人っきりのデート……上機嫌にならないわけないわ」
……そういえば記憶を取り戻してからこっち、俺の知る限り怜衣さんはずっと溜奈さんと一緒だった。
2人きりの期間なんて誰かがトイレに行っているなどわずかな時間だけ。放課後もいつもハクを加えた4人で居たからこの機会は確かに新鮮だ。
「別に溜奈が嫌ってわけじゃないわよ?あの子は大好きな妹。 でも、大好きなあなたと2人きりの時間も、私にとってはどうしようもなく嬉しい時間だもの」
どうしてそこまで俺を好いてくれるかなんて何度も考えたが、そのたびに「いつの間にか」と答えられるため口に出すことはない。
けれどこうも信頼を寄せてくれることに嫌な気になる男なんていない。しかも学校でも1,2を争う可愛さを誇る怜衣さんだ。嬉しいに決まっている。
当然可愛さを競う相手はハクだ。溜奈さんは双子の妹だから除外で。
「そっか……じゃあ、頑張って道中守らなきゃね」
「いえ、病み上がりなんだから無理しないで。 私も亜由美ほどじゃないけどそこそこやれるもの。むしろあなたを守るのは任せて頂戴」
やっぱり柏谷さんは結構やれるのか。あの力持ち具合を見れば当然か。
怜衣さんと比べてもだいぶ小さいのに……どこにあんなパワーを……
「ほら、そうこう言っている間に着いちゃったわ。 お買い物デート、楽しみましょ?」
「…………コンビニだけどね」
俺は繋いだ手を固く握って明るい店舗へと歩みを進める。
隣で歩く彼女も、ずっと笑顔のまま隣を着いてきてくれていた。
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