031.抱き枕みたい
「……いらっしゃい。アイツはまだ本調子じゃないから静かにしてね?」
「あっ……ごめん。 それで、泉はどう……?」
玄関の方から柏谷さんの諌める声と、不安そうな怜衣さんの声が聞こえる。
さっき怜衣さんに加えてハクの声も聞こえたからきっとお見舞いに来てくれたのだろう。
溜奈さんもきっと来てくれたと思うけど、なんだかちょっと早くない?まだ3時だよ?
「お粥は食べさせたし薬も飲んだわ。あとは寝てたら良くなるでしょうね」
「そっか……。よかったぁ……」
怠くて身体が動かせず向こうの様子が伺えないが、声から察するに心底安心してくれたのだろう。
溜奈さんとハクの息を吐く音も聞こえてきて、心配してくれる人がいてくれることになんだか嬉しくなる。
「それじゃ、看てくれる人も来たことだし、あたしは帰るわね」
「今日はその……ありがとう。それで……せっかく会いに来てくれたのに、ごめんね?」
珍しく怜衣さんの弱々しい声が聞こえてくる。
その気持ちはわかるけど、謝ること無いのに。俺が健康管理を怠って風邪引いたのが悪いんだから。
「いいのよそんなこと。 またゆっくり話しましょ?」
「えぇ……。 本当にごめんね?」
「埋め合わせはまた今度、風邪引いた本人にしてもらうからいいわよ。じゃあね」
頑張って捻った時に見えた玄関には、心配してきてくれたであろう3人と柏谷さんが去り際にプラプラと手を振る姿が目に入った。
彼女が見えなくなる直前にパチっと目の合ったその瞳には、安堵の感情が含まれているような気がした。
ありがとう柏谷さん……埋め合わせって怖いけど、俺のできることならなんとしてでも返すよ。
「センっ!大丈夫かい!?」
「わっ!」
いずれ来るであろうお返しという未来に震えていると、一足先に駆け込んできたハクが瞬く間に距離を詰め、俺の手を握ってベッド横にしゃがみ込む。
彼女も走ってきたのだろう。呼吸は肩でしておりその手も軽く震えている。俺はもう片方の手をそんな彼女の肩に添え、なんとか笑ってみせる。
「大丈夫大丈夫。問題なく帰れたし、お粥まで作ってもらって過剰なくらいだったよ。 今もすっかり治ったから」
心配させるためのちょっとした嘘。
けれどやはり、俺のどこがいけないのかハクにはそんな嘘なんてお見通しで……。
「そうだとしたら嬉しいけど、随分辛そうじゃないか。 ほら、起きてるのも大変だろうし横になって」
全く治っていないことを見通しているハクによって再度ベッドへと横になる。
俺ってそんなに嘘下手なのかなぁ……それともハクが鋭すぎるだけ?
「大丈夫ですか……? 泉さん……」
ハクの背後に立つのは溜奈さん。一方怜衣さんは俺が食べたお粥の器を片付けてくれているようだ。ありがたい。
「大丈夫。大したこと無いよ」
「わっ!凄い辛そうな声してるじゃないですか……! 全然大丈夫じゃないですよぉ……!」
あれ?そんな変な声出てたの?
そりゃ嘘なんて見破られるはずだ。まったく自覚なかった。
「……でも、亜由美ちゃんが診てくれたんですよね……。 何を言われました?」
「えと、薬飲んで寝てろって……」
薬はもう飲んだし後はもう寝るだけだ。
正直酷いって自覚ないからなぁ……。目眩はちょっと寝て緩和されたし。
「そうですかぁ。 ならもう安心ですね」
「安心って、彼女はそういうのに詳しいのかい?」
「はいっ! 亜由美ちゃんのお父さんはお医者様なので、自分でも色々と勉強してるみたいですよ?」
あぁ、だからそんなに信頼しているのか。
俺的にはお粥と薬貰っただけだけど……それでいいと判断されたのだろう。
「ほう……。 柏谷……柏谷……もしかして、二駅先にある一際大きな病院かな?」
「そう、ですね。 白鳥さんの言う通り、おじいちゃんが医療法人の会長さんで、お父さんは副会長さんって聞いたことがあります」
何そのエリート一家。
あ、そっか。あのお嬢様学校から来たんだっけ。なら何らかのお金持ちであることは確定してたんだ。
でも、二駅先の病院ってこの辺では1番のとこじゃないか。どれだけ人脈の山なんだあの学校は。
「いくら勉強中とはいえ、ちゃんと学んでるのならそれに従ったほうがいいね。セン、今日は安静にしてるんだよ」
「わかってる……。俺も動けそうにないし……」
軽く寝て幾分マシになったとはいえ全然怠さは取れない。
外に出たくても出られないのだから大人しくしているほかあるまい。
「何か必要なものがあれば私たちが何とかしますからねっ!!」
「はは……。ありがと、溜奈さん。 今は大丈夫かな……ちょっと寒くて寝たいくらい……」
風邪を自覚してからどうやら寒気も追加されたようだ。
ベッドの上でしっかりと包まっているのに身体の芯が冷たく震えてしまう。
「そっ……それならボクが――――」
「じゃあっ! 私が一緒に入ってあげますっ!!」
「はは……。ありがと…………へっ?」
ハクの言葉を遮るように溜奈さんが声を上げ、回らない脳で返事をしようとしたがその途中で俺も止まってしまう。
さっきなんて言った?
入る?一緒に?
どこに?誰と?
「んしょっ……んしょっ……」
「えっ……あっ! ちょっと……!溜奈さんっ!!」
気づけば彼女は行動に移していて、ベッドの上に乗ってから包まっていた布団を捲り背中向けに入ってくる。
柏谷さんよりかは大きいが、俺よりも遥かに小さいその背中。彼女はピッタリと俺の胸元にひっついてきてその可愛らしい顔をこちらに向ける。
「えへへ……泉さん……あったかいです…………」
「ちょっ――――! 妹さんっ!なに勝手に入ってるんだいっ!!彼は病人だよっ!!」
「だからこそです! 風邪は人に移したら治るって言うじゃないですかっ!!」
「それは…………。 でもダメだ!羨ま……じゃなかった、ボクにも入らせるんだ!」
ハクさんや?言い直した意味ないんじゃないかい?
目を丸くして驚いているハクはそっと溜奈さんに手をのばすも、彼女はそれを拒絶するように布団で自らの顔を隠す。
「ヤー! 早いもの勝ちだも~んっ!」
「なっ……!? セン!センからも何か言ってくれ!!」
そんなこと言われても、この回らない頭で何を言えば……。
「えっと溜奈さん……そろそろ出てくれないと、本当に移しちゃうことに……」
「ダメ……ですか……? 私にならいくらでも移して貰っても構いませんのに……」
「っ――――!」
クルリと振り返ったその瞳には潤んだ青色の瞳が光っていた。
いい香りのする銀の髪とその潤んだ瞳。俺はそんな縋るような表情に耐えられず、ただ黙って頷いてしまう。
「やったぁっ! 泉さんも、抱き枕みたいにギュッてしていいですからね」
「セン……それをしたら……分かってるよね?」
「…………はい」
俺は伸ばしかけた手を引っ込めて直立するように両脇へ戻す。
その親友から浴びせられる冷たい視線は、怜衣さんが洗い物を終わるまでしばらく続くのであった。
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