030.お粥
トントンと――――
耳心地の良いリズムが聞こえてくる。
今日はいつだっけ……今何時だっけ……。
この音は…………なにか料理を作ってる音?最近よく聞くようになった包丁のリズミカルな音に酷似している。
寝起きで身体が怠すぎるせいか、スマホで時間を確認する気すら起きない。
まぁ、誰かが側に居てくれているということは音からわかる。きっとハクや怜衣さん、溜奈さんの誰かだろう。3人の誰かが居てくれるなら学校に遅刻するということもなさそうだ。
「あと最後は……ネギ?ネギなんてあったかしら……」
ガラリと冷蔵庫を開ける音の後カサゴソと漁る音がする。
ネギかぁ……刻みならたしか冷凍に出来合いがあったはず。 お、ちゃんと見つけたみたいだ。彼女もそれを見つけたようで「あったあった」と言葉を漏らしながら冷蔵庫が閉じられる。
「――――よしっ、完成っと。 あとは……まだ寝てるのね」
寝てる――――ということは俺のことだろう。
きっと朝ごはんができたんだ。今日は誰が作りに来てくれたのか、そのローテーションは覚えていないがせっかくの出来たてを逃すのはもったいない。じゃあ、怠くても頑張って起き上がらなきゃな。
「ん……おはよ。 朝ごはん……?」
「おはようって……今何時だと思ってるの?」
「はれ……?」
ピキピキと音をたてるように動くのが辛い身体に鞭うって起き上がると、そこには見覚えのない美少女がそこにいた。
赤みがかった髪を持つ、あの3人と比べても小さな少女。俺はどういうことかと目をパチクリさせる。
「誰…………?」
「誰って、頑張ってアンタを家まで運んだのに、もう忘れたの?」
そう言って手に持ったお盆をテーブルに置き、胸下で腕を組んで不満を露わにする。
えっと……運ぶ……? あぁ、そうだ。この人は柏谷さん、今日学校に転入してきた女の子だ。
「ぁーー、ごめん、ちょっとボケてた」
「ったく、しっかりなさいよね」
「今、何時……?」
残念ながらこの家に時計なんて便利なものは存在しない。全てスマホで完結するから。
けれど寝る時いつも置いてあるはずの枕元をいくら弄っても見当たらない。となるとバッグか何処かに入れっぱなしか。
「まだ2時半よ。1時間くらい寝てたわ」
段々と思い出してきたぞ。俺は早退して家に帰った途端、眠ってしまったんだ。この身体の痛みも風邪によるもの。
そこまでは理解できた。けれどなぜ彼女は今もここに居るのだろう。
「そっか……柏谷さんはなんでまだここに?」
「随分と喋れるようになったじゃない。 あのまま帰っても薄情だからね、もう乗りかかった船ってことで最後まで面倒見てあげることにしたのよ。感謝なさい」
言われてみれば寝る前は喋ることすら苦痛だったのに今では緩和されて会話程度なら問題なくできそうだ。しかし身体を動かすのはまだ先みたいだが。
「で、アンタ帰ってすぐ寝ちゃったじゃない。お粥、作ってあげたわよ。動ける?」
彼女が指差したのはさっきテーブルに置いたお盆。そこには白い器に入ったお粥があった。白いご飯に溶き卵を入れたシンプルなもの。その上には刻んだ鶏肉と刻みネギが乗っている。
「美味しそう……。 多分大丈夫。っ――――!」
腕を支えにしてベッドから立ち上がろうとするも、突然腕の力がフッと抜けてベッドへと倒れ込む。
これは重症だ。身体が起き上がらない。
「ダメそうね。そっちまで持っていくから戻りなさい」
「ごめん……」
なんとか身体を動かしてベッドに座り込む形に戻ると、彼女はお盆を俺の脚の上に置いて自らも持ってきた椅子に座る。
あ、もしかしたら食べさせてくれるかもなんて思ったけど、そこは1人なのね。まぁここまでやってくれただけでもありがたい。
「……なによ、そんな不思議そうな顔をしたって食べさせてあげないわよ。 見たところ右手は動かせそうだし一人で食べられるわよね」
「ん、もちろん」
どうやら俺の思考は読まれていたみたいだ。
まぁいいけどね。右腕は自由に動くし。
「それで、食べ終わったらこれを飲むこと」
「これは……」
彼女がバッグから取り出したのは市販の風邪薬と経口補水液だった。
まさかこんなセット常に持ち歩いてるわけないだろうし、もしかして買ってきてくれた?
「風邪薬や胃腸薬はちゃんと常備しておきなさい。今日みたいなことになって周りに人いなかったら知らないわよ」
「ありがと……後でお金払うよ……」
「このくらい大したことないわ。でも、そう思うなら一刻も早く風邪を治しなさい」
怒っているのか呆れているのかわからない表情を見届けながらお粥を一口入れると、その暖かさが身にしみる。
少し塩味の効いたご飯に卵の食感、薬味として入れられた鶏肉やネギもいいアクセントになっていた。
「美味しい……」
「当然よ。レシピ通り作ったんだからね」
その一言に何処か遠くを見る柏谷さんだがこころなしか嬉しそうだ。
レシピ通り作るのも俺からしたら大変なんだよ。
「案外……男の子も自炊できるものなのね」
「えっ?」
「冷蔵庫、ちゃんとタッパとか使って色々と食材入れてるじゃない。お陰で作りやすかったわ」
冷蔵庫?タッパ?
そんなの記憶に――――あっ。
そういえば俺、料理もロクにできないから飲み物以外ロクに冷蔵庫の管理してなかった。
タッパとかそういうのは、きっと日頃作りに来てくれているハクや怜衣さんの手によるものだろう。
「あー……まぁ、一人暮らしだしね」
「それでも十分凄いわよ。 その凄さを自己管理や常備薬に生かして欲しいところだけど」
俺は返事をすることなくお粥を口に入れた。
彼女たちの手によるものだということは伏せておくことにする。
今余計なエネルギーを使う余裕なんてないし、何より安定した今の空気に余計な波風を立てたくない。
「ま、それだけ食欲あるなら大丈夫ね。 ちょっと失礼するわよ」
「えっ――――」
彼女は突然座っていた椅子から腰を持ち上げ、中腰のままこちらへと身体を傾けてくる。次第にその細くて小さな手が伸びていき、器を手にして何もできない俺の額にピタリとくっつけた。
ひんやりと気持ちがいい掌の体温。もっとその感触を味わっていたいと思いつつあると、サッと手が引っ込められて彼女自身の額にも手を当てる。
「……うん、このくらいなら大丈夫そうね。 あたしはそれ食べて薬飲むのを見届けたら帰るわ」
「えっ……」
「…………何よその目は。 そんな顔したってほだされやしないわよ。あたしはアンタのことキライなんだから」
俺はどんな目をしていたのだろう。
初対面の女の子に、適切な看病をされ、風邪と相まって寂しくなっていたのか。
さっき一瞬抱えた寂しさを振り払い、お粥の最後のひとくちを口に入れて何とか笑顔を見せる。
「いや、大丈夫。 ありがとう、こんなに良くしてくれて」
「ふんっ。 別にアンタのためじゃないわよ。怜衣ちゃんの不安そうな顔が見てられなかっただけ」
彼女は手早い動きでお粥をシンクまで持っていき、薬と水を膝の上に乗せてくれる。
丁寧にもちゃんと薬を分けてくれた状態で。ありがたい……けど、なんでジッと見てくるんだろう。
「えっと……」
「なに?」
「なんで、そんな見てくるのかなって」
「ちゃんと飲んでくれるか確認するためよ」
……まぁ、そりゃここまでしてくれて飲まないなんてあり得ないけど。
でもそこまでジッと見られるとちょっと恥ずかしい。けど飲まないと進まないしな。もう思い切りやるしか無い……!
「……よし、飲んだわね。 じゃああたしは帰るわ。くれぐれも無理はしないこと、いいわね?」
「りょ、了解……」
「よし、それじゃ。 お大事に――――」
「「大丈夫!? 泉(セン)!!!」」
満足そうに彼女はゆっくりと頷いて扉に向かおうとすると、勢いよく扉が開かけられる。
それは肩で息をする、俺の彼女たちの声が響くのであった。
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