092.もう一回
サァ…………っと吹く風の冷たさで目が覚める。
眠る時はそんな筈無かったはずなのに、気づけばその身の鳥肌が立って肩を震わせるほどの寒さ。
普段、昨日おとといよりも遥かに寒いそれは、眠る時窓を閉め忘れたのだと確信させた。
現に開いているであろう窓からは、チュンチュンと小鳥の鳴き声や車の通る音が聞こえてくる。
「んぅ…………」
冬に勝るとも劣らない寒さに震えた俺は、小さくその身を丸めながら肌に触れる掛け布団を深くかぶる。
さっさと窓を開けるのもアリだが、眠気に囚われた今は動くことができない。だからせめて布団を。
実家から持ってきたその暖かな羽毛の掛け布団は開いた窓から入ってくる冷気もシャットアウトしてくれる。
「…………?」
あれ?
その暖かさに誘われるように更に奥に潜り込んでいたら、ぷにゅっとした触り慣れない感覚が。
その正体はなんだかわからないが、この寒さにピッタリな暖かさと、安眠に丁度いい柔らかさが顔いっぱいに広がって違和感すら吹き飛ばしてくれる。
「んっ…………」
…………いやちょっと待て。なんだこれ。
俺、抱き枕なんて持ってなかったよね。それになんだか小さな声が聞こえたような。
身体中に広がるダルさと眠気に抗いながらほんの少し薄めを開けると、視界いっぱいに広がったのはピンク色と、少しの肌色だった。
未だに正体のわからぬそれをボーッと眺めていると、それは俺の意思と反して一瞬震えるように動き出す。
「ぁんっ……! もうっ、ホントにアンタはエッチなんだからぁ」
「…………えっ?」
上から降ってくる謎の声に顔を上げると、柔らかく微笑む柏谷さんの姿が。
俺と目が合うと彼女の表情にほんのりと赤みが差す。
「なぁに?そんなに好きなの? まだ時間もあるし、もっと触ってもいいわよ」
その少しずれた視線に誘導されて俺も目の前のそれに視線を戻すと、そこには彼女の顔から首、肩から更に続く身体の一部。
彼女の低身長からは不釣り合いに大きなそれを、強調させるように俺の目の前へと持ってくる。
横向きになっているにも関わらず、重力に逆らうようにハリのいいそれは、俺の目と鼻の先で柔らかさを示すようにぷるんと揺れ――――
「な…………ナナナなんで!? なんで柏谷さんがここに――――うわぁっ!?」
思いもよらない光景に、寝転がったまま飛び退くように後ろに下がると、その視界が突然大きく揺れて彼女が視界から外れる。
同時に襲うは身体全体への衝撃。俺はベッドから落ちたのだと即座に理解し、上にいる彼女へと目を向けた。
「何をそんなに驚いてるのよぉ。 昨日あれだけ私の身体を堪能したっていうのに」
「な……な……な……!?」
俺、まさか彼女とそんなことを!?付き合ってもないのに!?
思い出せ思い出せ思い出せ……!
昨日あったことを思い出すんだ!!
昨日は確か文化祭の初日だったはず。ハクと回って、怜衣さんや溜奈さんの両親が来て……そう、無事終わってから柏谷さんが家に来たんだ。
いつもと違う彼女の様子が不思議に思ってて、どう思ってるか聞かれたと思ったら押し倒されてて――――
――――そうだ、思い出した。
彼女に告白されたんだ。
何度もキスをされて、息の荒い彼女が俺の服を剥ぎ取ろうとしたところで…………そう、電池が切れたように眠ったんだっけ。
最初は驚いたけど一番働き詰めだった彼女。それに納得してからはベッドまで運んで、俺は床に寝たはいいんだけど、トイレに行った時に無意識でベッドに潜り込んだ……気がする。
「……はぁ、なるほど。 思い出した。堪能って何もしてないじゃん」
「なぁんだ。ホントに思い出すなんてつまらない。 何ならこれから続き、する?」
「…………しないよ。ほら、寒いだろうし布団かぶって」
「随分とタメ長かったわね」
その言葉に流されそうになったのをなんとかこらえてから、彼女の身体が起き上がった時にズレた掛け布団をかけ直す。
素直に受け取った彼女は、ベッドの横に座った俺を後ろから抱きしめるように掛け布団ごと、この身を温めてくれる。
「おはよ、泉」
「おはよう、亜由美さん」
「亜由美って呼んで?」
「…………おはよう、亜由美」
「ふふっ。 ――んっ」
肩から顎を乗せるように顔を出した彼女は優しい微笑みで名を呼んでくる。
俺も一度は一度は言い直したが、その名を呼ぶとクスッと笑って不意を突くように俺へキスを落としてきた。
たった一瞬の、触れるだけのキス。
普段毎晩やっていた頬へのキスより短い時間の接触を終えると、彼女は膝の上に向かい合うよう乗ってきてニッコリと笑顔を見せてくる。
「おーはよっ! ふふっ!練習してきたかいがあったわ」
「練習って、毎晩の?」
「もちろんよ。あれが無かったら緊張してできなかったわきっと。 でもこうやってできる、凄い幸せな気分だわ」
彼女はこれまで見たことのない上機嫌で俺の身体をギュッと抱きしめてくる。
普段から不機嫌そうだった彼女からは考えられない笑顔。何も言わずに背中を撫でていると、今度は不安げな顔で俺と目を合わせてきた。
「亜由美?」
「その…………これまでごめんなさい」
「えっ?」
「いつも責めるような口ばっかりで……。なんていうか、好きって認めたく、知られたくなかったの。もし素直になったら泉も混乱させるし、怜衣ちゃんたちも困っちゃうから……」
胸元に額を当てて呟くように告げる姿は、普段とは考えられないほどしおらしかった。
俺が答えようとすると、それより早く彼女は言葉を重ねてくる。
「ホントはこの思いを胸の内に秘めておくつもりだったの。大嫌いって言っちゃったし。でも、アーニャさんに言われて、怜衣ちゃんにも受け入れられて、我慢できなくなったわ」
「…………」
「だからもう一度言わせて。 私は泉が好き。よければあなたの恋人に加わらせて……ほしいわ」
肩に手を当て、まっすぐ俺の目を見て言う姿は真剣そのものだった。
昨日みたいに勢いではない、心からの言葉。
俺は震える彼女の手を取り、その小さな身体ごとこちらに引き寄せる。
「泉…………」
「昨日俺が受け入れたのは、心からの思いだよ。 こんな気の多い俺でよければ、喜んで」
「っ――――! えぇ……。えぇっ…………!」
耳の直ぐ側で息を呑む声が聞こえてくる。
何度も何度も頷く彼女とゆっくりと視線を交差し、その瞳が閉じられたタイミングで俺もその唇へと顔を近づけていく。
「んっ――――。 すごいわ……。こんなに幸せな気持ちになるのね、両想いって」
奪われたそれとは違う、お互いが望んだ優しいキス。
数秒で離れた彼女は頬を赤く染めながら自らの口へと手を近づける。
「もう一回いい? 泉を感じていたいの」
「うん…………」
「んっ――――。 もう一回――――。もう一回――――」
俺たちは何度も優しいキスを交わす。
そして気づいたときには集合時間までもうすぐ、ダッシュで学校へと向かうのであった。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「――――へぇ、早速告白したのね」
なんどか集合時間ギリギリで着いた俺たちは、怜衣さんと溜奈さんへと報告をしていた。
ハクは残念ながら教室や家庭科室を往復していて捕まえることができていない。後で報告をしておかないと。
「うん。怜衣さんに溜奈さんは……いいかな?」
「私は構いませんよっ! それだけ泉さんが魅力的ってことですからっ!」
「私もまぁ……ね。 昨日けしかけたのは私なんだし……」
あ、やっぱり。
昨日コソコソと話してたのはそのことだったんだ。
「――――でも、亜由美。 ちょぉっと近づきすぎなんじゃないかしら?」
少し戸惑いの色を見せながら話しかけるのは、俺の隣にいる亜由美。
隣……というか、殆ど同一になるんじゃないかと思うほど彼女は俺へ張り付いていた。
腕をしっかりと抱きしめながら頬ずりし、足も立ち止まると膝同士が引っ付くくらい近い。それでも転けないのは彼女のポテンシャルのお陰だろう。
怜衣さんに問われた今も一瞬だけそちらを見たものの、すぐに視線を逸らして俺へ頬ずりを再会する。
「だってあたしは新参者だもの。 これまでの遅れを取り戻さなきゃいけないわ。 ね~!」
「あ……ははは…………」
猫なで声になりながら同意を求めてくる彼女に俺は苦笑いを浮かべることしかできない。
まさかここまで甘えてくるなんて思いもしなかった。
「はぁ……まぁ今はいいわ。 でも文化祭始まったら交代するのよ!昨日一緒に回れなかったんだから!」
「は~い。 ね~泉、向こうでゆっくりしましょ? ほら、まだ眠いでしょ?私のこと抱き枕にしていいからっ!」
「亜由美、その前に文化祭の準備をね? まだやることが……」
今日は文化祭効果なのかしっかり起きられたんだよな。
そのお陰か眠くない。というか教室のど真ん中だし色々と……視線が…………。
「む~! そんなことよりイチャイチャよ~!イチャイチャ~!」
「わ……わかったからっ!そういうのは帰って家でっ!!」
「ん~!!」
俺の腕を引っ張ってキスをせがんでくる姿に戸惑いつつも、必死に抵抗する。
それから彼女が離れてくれるまで、怜衣さんらと協力して10分もの時間を要するのであった――――。
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