093.出会いの日
赤色の強くなった太陽の光。
これまで暖かな光を与えてくれていた光は、もう仕事終わりかというように力をなくし、最後の輝きを俺たちへ届けるように照らしてくれる。
もうしばらくすれば遠くの山へ消えていくそれは、俺達の影を長く、優しく形作っている。
日中の暖かさも段々と萎んでいって少し肌寒くなってきたものの、俺は隣の少女と何も言わずベランダの手すりに身体を預けていた。
ざわめく声につられて視線を下げれば、楽しげに、しかし慌ただしく動いている人々の姿が。
中庭には生徒たちが祭りの余韻を惜しむように、最後の仕事である片付けに追われていた。
時には遊んだり、時にはお喋りに興じたりして終わらせたくない気持ちがそこかしこに見られるが、それでも片付けは徐々にではあるものの進んでいる。俺にはそれがいずれ必ず来る終わりを示しているのだと、上から見ていて感じていた。
「…………終わっちゃったね、文化祭」
「……うん」
隣の少女が同じく片付けの様子を眺めながら話しかけてくる。
チラリと見たその横顔は哀愁の表情。まぶたと長いまつげが普段より下がり見下す顔は寂しさを表すと同時に、整った顔つきが美しさをも表現していた。
「……? なんだい?セン。 そんなにボクの方を見ちゃって」
「あ、いや。 …………今年の文化祭、楽しかった?」
「そうだね――――」
隣で共に下を見ていた少女、ハクは一拍置くように身体を持ち上げ、180度回転させて手すりを背もたれのようにもっていく。
彼女の視線の先には我が教室。片付けのことも考慮して準備に取り掛かった分、終わってからは楽だった。
もはや昼間のカフェはどこへやら、影も形も無くなったその室内はいつもと同じく机と椅子が並べられてクラスメイトたちの談笑が目に入る。
「センにボクの姿を見せることもできたし、センとデートもできた。センと一緒に働くこともできたし…………うん、楽しかったよ」
「それ、俺とのことばっかりじゃん。 もっとこう…………ないの?」
楽しんでくれたのは嬉しい。嬉しいのだが、いかんせん俺が出過ぎてて困る。
そう思って問いかけるも、彼女はフッと微笑んでから首を横に振るだけに留めた。
「……ボクはキミが幸せならそれだけで幸せになれる安い女なんだよ、セン。 キミが今日楽しそうだったからそれでいいんだ。それに……」
「それに?」
「それに……。10年以上、もしかしたら16年ほど夢だったことがようやく叶ったんだ。あれ以来ボクの毎日は天国そのものさ。 ……何のことか、分かるだろう?」
「…………あぁ」
人ひとり分を埋めるように俺たちの間を詰めた彼女は、見上げるように俺の表情を覗き込む。
それくらいのことが察せないほど鈍感ではない。俺が首を縦に振ると、彼女は満足したように再度中庭へと視線を戻した。
「でも、キミのお相手がボク一人だけじゃないのはいただけないかな? 魅力が広まるのは嬉しいけど、ボク一人でキミを独占したかった思いもあるし」
「……ごめん」
「その上、昨日もまた増やしたみたいだしね?」
「…………」
それは、ホント何も言い返せない。頭が上がらない。
なぜここまで俺が好かれるかは多分一生かかってもわからないだろう。
「まぁいいさ。 少なくとも負けることもない。それにセンがボクを好いていてくれてるなら、それだけで十分だしね」
「ハク…………」
うんと手すりを掴みながら伸びをする彼女に俺は何も言えなくなる。
いつだってそうだ。彼女はいつも俺を優先してくれる。
俺が喜んでくれるように、いつだって動いてくれるんだ。
だから俺はせめて、せめて小さなことだけでも…………。
「それで満足だけど……たまにはボクだけを見てくれる日があってくれたら嬉しいかな?もちろん、キミがよければなんだけどね……」
「ハク。 そのことなんだけどさ――――」
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「わぁ…………! いつ見に来ても綺麗だね……ここは……」
文化祭が無事終了して翌日の月曜日。
俺たちは代休を利用して、とある山のコスモス畑にやってきていた。
目の前に広がるは紫やピンクや白。色とりどりのコスモスが視界いっぱいに広がっている。
「ここに来るのも何年ぶりだろうねぇ。 前と変わって無くてよかった」
「……7年ぶりだよ。セン」
「7年か。 よく覚えてるね」
「忘れるわけないさ……」
そう、7年。
もうあの日から7年も経つのか。
俺がこの場所の存在を知って、彼女と一緒に来ようと奮起した日。あの日は迷うし門限破るしと大変な日だったが、この景色だけはいつまでも心の中に残っていた。
この景色と、それを見るあの日と変わらない彼女の笑顔は。
「あの日は色々あったね。 迷って、蛇に睨まれて、センがおばさまに怒られて……」
「そうそう。大変だったんだよ? 無事ここにたどり着けたから良かったけどさ。 全然うまく行かない散々な日だったよ」
「…………私にとっては、人生の中で指折り数えれるくらいの最高の日だったけどね」
「ハク…………?」
コスモスに気を取られて話していたから、ふと彼女の方向へと向くと、その姿が見つからない。
さっきまで普通に会話していたのに、どこへ行ったのかと辺りを見回していると、突然背中に何かぶつかってくる感触が。
――ハクだ。彼女は背中から俺に抱きつくようにギュッと腕を回してくる。
「あの日、私達が初めて会った記念日だったんだよね」
「……うん」
「そのことを知って、センが私との出会いを大事にしてくれてるのを知って、すっごく嬉しかった。 私はキミに思われてるんだなって、特別な存在だって改めて思ったんだ」
「そんなの、あの日どころかいつだって思ってるよ」
そんなの、思わなかった日なんてない。
いつだってハクは俺を助けてくれるし何よりも優先してくれる。一時は生まれた恋心に諦めかけたりもしたが、それでも今は大事な彼女だ。声に出さずともその心だけはいつだって胸の内にある。
「そういえば、今日はその記念日だね。 もしかして、だからここにきたのかい?」
「まぁ…………そんな感じ」
「なんだいその煮え切らない返事は」
「…………ハク」
「ん?」
今日はあの日、初めてここに来た日と同じ日付だ。つまり初めて彼女と出会った記念日。
俺は愛おしいその名を呼び、背中から抱きしめてくれる彼女と向かい合う。
「どうしたんだい? セン」
「なんというか、俺からも改めて言っておかないとケジメがつかないと思ってさ」
「言う……かい?」
頭に疑問符が浮かぶハク。
俺はその肩を持って、少し背の低い彼女と視線を合わせる。
「琥珀、俺はずっと前から、きっと生まれた日からずっと好きだった。琥珀のことを愛してる」
「泉…………」
「――――でも、その想いを持つのは琥珀だけじゃない。怜衣さんも溜奈さんも…………亜由美にだって同じ気持ちを抱いてる。 だから……その…………こんなだらしない俺でいいなら、そばに居てほしい」
言いながらも、なんて自分は最低なことを言っているのかと自覚する。
けれど偽りのない本心。そして受け入れてくれるだろうという確信があることに、自分が嫌にもなる。
しかし俺の心を読んだのだろうか。彼女は俺の頬にそっと手を触れ、優しい微笑みをこちらに向けてくれた。
「なんて不安そうな顔をしてるの。私が断るわけなんて絶対ないのに。 もしかして、その確信があるから?」
「…………うん」
「ふふっ。 気にしなくていいよ。私がしたくてしてることだから。それに、その優しさがあるからこそ私は泉が好きになったんだしね」
「…………ありがとう」
そんな優しい笑みを向けた彼女は、俺の背中に手を回しゆっくりと目を閉じる。俺も受け入れるように目を閉じ、その華奢な背中を引き寄せて――――
「あっ! いました!! いずみさ~んっ!!」
「「!?!?」」
互いの唇が触れる寸前、突然掛けられる俺への呼び声。
思わずハクを引き離して何事かと辺りを必死に見渡すと、俺達がやってきた道からは手をブンブン振りながらやってくる溜奈さんの姿が。
なんで!?彼女にはハクと出かけるとは言ったけど場所までは伝えてなかったのに!!
「る……溜奈さん!?」
「……それに奥には怜衣さんに亜由美さんがいるね」
確かに。そのさらに奥にはゆっくり歩いている2人の姿も。
溜奈さんは俺の目の前までたどり着くとその銀色の髪を輝かせつつ明るい笑顔を見せてくる。
「ほら亜由美!やっぱりここに居たじゃない! ママの発信機はやっぱり凄いわね!」
「はいはい。わかったわよ。 こんなところにコスモス畑があったなんてね。 全然人も居ないし穴場じゃない」
ポカンと二人してその様子を見ていると、溜奈さん同様目の前へと追いついてくる2人。
ねぇ、さっき発信機って言ったよね?俺のどこに付いてるの!?まさかスマホに埋め込んだとかそういうのじゃないよね!?
「ど……どうしてここに……?」
「亜由美がね、突然私達のところに来て『なんだか嫌な予感がする』って言い出したのよ。それで探し出してここまで来たってわけ」
「……ふんっ!」
怜衣さんの解説に鼻を鳴らす亜由美。嫌な予感ってどういうことなの……。
「泉さん泉さん!」
「……溜奈さん?」
「丁度きれいな場所ですし、ここでお昼食べましょっ! 私、お弁当持ってきたんです!!」
そう言って目の前に突き出すのはピクニックバスケット。
どうしようとハクに目を向けると、彼女は困ったような仕草をしつつも笑顔を見せる。
「やったぁ! それじゃあレジャーシート引きますね!」
「あ、私のも取り出してね!一番に食べてもらうんだからっ!」
「アンタ……何もされてないでしょうね?」
「えっ?」
双子姉妹が仲良くお昼の準備を始めだすと、亜由美が少し詰め寄るようにこちらへと近づいてくる。
しかし何もとはどういうこと……。その真意がわからずに戸惑っていると、彼女はもう一度鼻を鳴らして腕組みをする。
「…………ならいいわ! ほら、お昼食べるわよ!」
「俺、何も言ってないんだけど……」
小さく呟いた俺の言葉は彼女には届かない。
一体何だったというんだ。
「……セン」
「ハク?」
彼女らの出現と突然のお昼に混乱していると、後ろに立っていたハクに話しかけられる。
彼女は困ったように笑いつつも、どこか楽しそうだ。
「まぁ、時間もいっぱいあるしいいか。 ねぇセン、これからもずっと……よろしくね」
「え? う、うん」
全員が全員、主語のない会話に困っていると、それ以上ハクも何も言わずに俺の手を取ってみんなの元へと足を動かす。
ハクも楽しそうだし、みんなも楽しそうだ。
俺は混乱しつつも、それでいいかと飲み込んで彼女と一緒に歩いていく。
彼女の言う通り、まだ時間もいっぱいある。俺たちは大好きな4人と一緒にいつまでも楽しんでいられる。そんな胸の内にある確信を信じ続けるのであった――――――――。
目が覚めたら記憶を失っていて、銀髪双子美少女姉妹が彼女になっていたんだが 春野 安芸 @haruno_aki
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