019.イザという時
女三人寄れば姦しい――――
そんな言葉が出てきたのはいつからだったか。
意味はたしか文字通り……女性が集まればその場が華やかになるというものだったはず。それぞれが語りに耽ってその場に明るさが加わるなど、そういうのをどこかで見た。
だいぶマイルドな表現をしたが、あながちその言葉は間違いではなさそうだ。
今日モールに来たのはハクに怜衣さん、そして溜奈さんの女の子3人。文字通りの人数で、現にその場が明るくなっている。
俺は彼女たちのウィンドウショッピングに徹するつもりでここへ来た。お昼を食べてからは実際に遂行されて、今も3人はあーでもないこーでもないと口々に呟きながら商品を持ってきては返しを繰り返していた。
俺はそんな様子を見守りながら苦笑いしつつ、呟く言葉に耳を傾ける。
それは「これは似合わないわね……次!」など、「これこれ!かわいいよぉ!」など、「いや、こっちのほうが……」など。聞く限りは真剣に悩んでいて可愛らしいものだ。
けれど俺はどうも素直に喜ぶことができない。
だってそうだろう…………彼女たちが色々と言いながら持ってきた服を当てるのは、何故か俺の身体になのだから。
「…………ねぇハク」
「なんだい?愛おしい親友よ」
ここは男女問わず様々な服が立ち並ぶ店内。
さっきまで当てていた服は却下になったのか、一度戻して新たに何かを持ってきたハクへと声をかける。
愛おしいって……いや、嬉しいんだけどね?でもなんかむずかゆい。
「なんで俺、みんなの着せ替え人形になってんの?」
「着せ替え人形だなんてとんでもない!服を当てるだけで一度も着替えてなんか無いだろう?」
「いやまぁ、そうなんだけどさ」
確かに試着室で着替えてはいないが、その分3人が寄ってたかって来るものだから服を当てる回数は尋常じゃなく多くなっている。
誰も彼も近づいて見てくるものだからドキってするし、何よりフワリと髪が揺れていい香りが漂ってくるのが非常に心臓に悪い。その香りにつられて俺が抱きついてしまわないんじゃないかとさえ思う。
「そりゃ不本意ながら……本当に不本意だけど、ボクたちみんなキミのこと好きなんだからこうなるのは自然だろう?」
「…………自然なの?」
「そりゃあもちろん!!」
持ってきた何枚かの服を棚に置いて一歩こちらに近づいてくるハク。
だから!そういうのが心臓に悪いのに!!……なんて心の叫びも聞こえず俺は黙って、近づいたお陰で角度的に凄く見やすくなったその谷間が視界に入らないよう必死で背中の汗を垂らしつつ琥珀の瞳を見続ける。
「誰だって、自分が選んだ物を好きな人に身につけてほしいんだよ」
「そういうものなの?」
「そういうものなのさ。ボクだってずっとキミに服を選んであげたかったし、何よりボクが選んだ服以外着てほしく無いんだから。 だからキミの服を全部……ね」
ツツッ…………。と彼女の細い指が胸元をなぞることで背筋にゾクッとした感覚が襲う。
さすがにそれは……ハクが選んだ以外の服は着ないなんて冗談だよね?
「ま、今回は他に2人居るし多少は許してあげるよ。ほらほら、もっとしっかり立って!!」
「う、うん……」
2人が居なかったらどうなってたの?俺ハクが選んだの以外着れないようになってたの?
なんてちょっとした恐怖を感じつつ姿勢を正すと、持ってきた服を何枚か俺に当てていく。
……まぁ、俺1人だと安物を適当に着回すくらいしかできないからね。こうやって選んでくれるのは素直に嬉しい。
彼女が持ってきたのはシャツにチノパンに―――――あれ?
「ねぇねぇ、親友」
「なんだい? 彼氏」
「彼氏て……。まぁいいや、それって……なに?」
「ん? これかい? どうだい、可愛いだろう?」
俺の呼び止めに持ち上げたそれは、どう見てもスカートだった。
しかもロングじゃなくて超ミニ。しかもピンクの蛍光色ってレベルに派手なもの。
彼女はなんらおかしいところなんて無いかのように俺に同意を求めてくる。
「可愛いとかじゃなくって! それを俺に!?」
「もちろん。サイズはぴったりだよ」
どれどれ……。あ、たしかに俺でも履けそうなサイズ感……じゃなくって!!
よくベーシックな服屋にあったね!!
確かにスカートを履く人は居るには居るらしいけど、俺は好みじゃない!!
「なんでよりにもよってそれを!?」
「いやね、こういうの一枚あったほうがイザというときオモシロ……じゃなかった。可愛いじゃん」
「…………イザというときって?」
「そりゃあ、一発衝撃をかましたい時?」
確かにかなりの衝撃が生まれるでしょうね。でもそんな状況なんて未来永劫訪れやしないだろう。
っていうか面白いって言ったよね!?それネタ目的だよね!?
「……それはなし。戻してきて」
「ぷぅ……せっかくどさくさに紛れて買えると思ったのに~」
どさくさ紛れで仕込んでいたのか。油断も隙もない。
ハクはブツブツと文句を言いながら服を返しに、また新しい服を探しに店の奥へ。そして入れ替わるようにやってきたのは溜奈さんだった。
「溜奈さんは、スカート持ってきてなさそうだね」
「スカート……ですか?泉……さんはそっちが好みです?」
「いや!なんでもない! 気にしないで……」
危ない危ない。溜奈さんにまでそっちの思考を与えちゃダメだ。俺のツッコミが間に合わなくなる。
「どうでしょう……今まで当てた中で1番……いいのを持ってきたんですが……好みに合うといいんですけど」
「ありがとう。 えーっと……おぉ。すっごい、俺の好みバッチリだ。値段も……割引物ばかり!?」
彼女が持ってきたものは、少し季節外れではあるもののそれ故値引きされたお財布にも優しいラインナップだった。
シンプルな黒いパンツに白のシャツ、そしてジャケットと絵に書いたようなシンプルさではあるものの、それが俺の好みと合致してもはや即決と言っていいほどだった。
「よかったぁ……。当てた中で1番目が輝いたものを選びましたので……好みにあってよかったです。えへへ」
「凄いよ溜奈さん。よくそんな機敏が分かったね」
「えへへ。 私っていず……いえ、人のことはいっつも見てたので……」
照れ隠しのように頭を掻きながら教えてくれるのは観察のコツ。
彼女によると目を見ればちょっとくらいの反応の変化は分かるのだとか。細かい感情まではわからずともその後の視線の追い方で好みくらいは判別できると。
もしかしたら、いつも彼女は怜衣さんの影に隠れていたから自然と観察眼が養われたのかもしれない。
「あ……あの!」
「っ! な、なに?」
俺が渡された服に気を取られていたからか、いきなり話しかけられることにびっくりしてしまった。
驚いてそちらを見ると、彼女は胸の前でキュッと手を握りながらこちらを見つめている。
「私も……本当に……泉さんの彼女さんで……いいんです、よね?」
「えっと……むしろ俺がいいの?って言うべきかどうか……、仮でもいいなら、かな」
「もちろんです! その……嬉しいです……えへへぇ……」
ふにゃりと破顔させて可愛らしく笑みを浮かべる溜奈さん。ホント小動物みたいで可愛い。
彼女はどうしてこうも自己肯定感が弱いのだろうか。むしろ俺がお伺いを立てる立場なのに。
「えっとぉ……私もがんばりますので、末永くお願いします……ね?」
「……ありがとう。溜奈さん」
俺から見ればだいぶ低い彼女の視線に合わせてお礼を言うと、彼女は顔を真っ赤にしてさっきハクが行った方向へと向かっていってしまう。
……まぁ、嫌われてないみたいだし、いいのかな。
「泉~!」
「……怜衣さん」
そんな溜奈さんと入れ替わりに、今度は怜衣さんが現れた。
彼女が持ってきた服については割愛する。だって2人に比べると……ドクロのタンクトップかつ上下真っ黒にチェーンというスタイルが……ね。
俺は完璧超人かと思われた怜衣さんにまさかの欠点があるのだと知って、今まで以上に距離感が近くなったと感じるのであった――――
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