020.夕焼けの帰り道


「ん~~~~! 今日は遊んだわ~!」


 隣で歩く怜衣さんがうんと伸びをする。


 帰り道―――

 俺は怜衣さんや溜奈さんとともに、日も傾きかけた住宅街をノンビリと歩いていく。

 ハクは最寄り駅で家とは逆方向になるから別れた。別れる時俺を送っていくなどと言っていたが何とか説得し、駅から家まで20分間の道のりを3人で帰っていた。




 食事をし、俺の服を見繕ってもらってからも色々と遊んだ。

 4人でフルーツジュースを飲んだり、雑貨屋で商品を漁ったり、ジュエリーショップに指輪を求めて突撃しようとする怜衣さんを止めたり……。

 そのどれもが楽しかった。いつもはハクと2人でダラダラと過ごすだけだったから、いつもの倍の人数で遊ぶのはなかなか新鮮だ。


 きっと2人も同じ気持ちだろう。溜奈さんは雑貨屋でかった袋を大事そうに抱え、溜奈さんは今日の楽しさを噛み締めているのか伸びをしつつも頬が緩んでいた。

 彼女も楽しんだことで俺も嬉しい気持ちになりながらその姿を見守っていると、ふと伸びをする彼女の下の方へと目がいってしまう。


 身体を伸ばすレイさんの下の方……腹部には、肩が上がったせいで服も上がり、盛大に露出してしまっているその素肌。

 まさに陶器のような、汚れの一つ無いレイさんのお腹。そのウエストはかなり細く、彼女自身は溜奈さんが着痩せするとは言うが、レイさんも十分スタイルのいいことを表していた。

 更にお腹の真ん中にはちょこんとしたへそが。まっさらな陶器の肌に唯一見えるへこみ。そのついつい手で触れてみたくなる可愛らしさに俺は当然、目を奪われてしまう。


「わっ……! おね……お姉ちゃん……! おへそ……おへそ出てるよっ!」

「うん……? わわっ!! …………見た?」


 溜奈さんに指摘されてようやく気がついた彼女は慌てて服を戻しながら顔を紅く染めてこちらに問いかけてくる。

 俺はもちろん肯定……することなく、つられて襲ってくる恥ずかしさから目を逸して返事をした。


「…………いいや」

「あっ!その顔は嘘ね! 絶対見てたでしょ!!」

「見てない!! 見てないから!!」

「本当に……………?」


 慌てて詰め寄って来る怜衣さんから逃れようと俺は視線を合わすことなく必死に否定する。

 けれど彼女もそれが嘘だと気付いているのだろう。一歩、また一歩と近づいていって次第には塀へと背中が当たってしまった。万事休すか……!


「…………見ました」

「ほらやっぱり! なぁんで誤魔化したのかしら?」

「……なんか、恥ずかしくって」


 なんら嘘は付いていない。

 へそなんて男女ともに露出してもおかしくない。けれどあんなに目が奪われ恥ずかしくなったのは、きっと怜衣さんが普段鉄壁のガードをしているからだ。

 学校……セーラー服でも体操服でも、彼女らは決して下着を見せたくないのか徹底的に対策をしていた。それがこんな無防備な姿を見たら目が奪われるに決まってる。そして恥ずかしくなるに決まってる。


 言外に込められたそんな思いを察知したのだろうか。彼女はニヤリと口元を大きく曲げ、もとの位置へと戻っていく。


「ふぅ~ん……そうなんだぁ……。 泉ったら私のおへそに夢中になっちゃったんだぁ」

「…………」


 だいぶ増された事実に反論したかったが、概ね間違ってないから何も言えない。

 彼女は自らの荷物を一旦溜奈さんへと預け、俺と1メートル程の位置まで再度近づいてくる。


「そんなに気になるなら言ってくれればいいのにぃ。 他の人じゃ絶対に見せないけど……あなたには特別に、いくらでも見せて上げたのに。何なら触っちゃう?」

「い……いらない! 大丈夫だから!ここ外だし!!」


 スルスルと。今度は自ら服の裾部分を上げようとするのを俺は必死に目を逸らして耐える。

 一応ここはまだ住宅街だ。そんな外で見てしまったら……しばらく歩けなくなってしまう。いや、ただのへそなんだけどさ。

 彼女もそんな意図が分かってくれたのだろう。俺が必死に目を逸らしていると端の方で肩をすくめて服を元に戻していく姿が見える。


「まぁ、たしかに場が適切じゃないわね。 じゃあこれからあなたの部屋でいい?」

「いや……俺は一人で部屋入るからさ」

「ぷぅっ! つまんないのっ!」


 ようやく諦めてくれたのか、彼女は自らの荷物を回収して再び歩みを始めていく。

 よかった……。諦めてくれて。俺も歩けなくなる前に終わってくれてよかった。


「あ、でも外がいいっていう性癖なら言ってね?その……私も頑張るわ……!」

「普通だからね? 俺はそんなもの持ってないから」


 性癖なんてなんてこと言うんですかこのお嬢様は!

 そもそも俺は外なんて論外だ!そんな……他の人に見られるなんて……絶対に許せない。


「えっ……泉……さんって外が性癖なんですか……?」

「溜奈さんまで!? 大丈夫!無いから!!アブノーマルなものなんて持ってないから!!」


 なにが大丈夫なのかは知らない。

 でも俺にアブノーマルな性癖はない……と思う。至ってノーマルだ。普通の人だ。



「ま、冗談は置いときましょうか」

「だれが蒔いた種なんだか……」

「気にしない気にしない! ほら、ウェットに富んだ会話って大事じゃない」


 まぁそうだけどさ。

 あまりトークの才能のない俺にはハクが羨ましく思うよ。なんでも知ってるし会話は面白いし。


「でも…………ごめんね?」

「うん?」


 ふと、笑いながら隣をいていた怜衣さんが立ち止まったのか目の端から消える。

 俺も立ち止まって振り返ると、彼女は眉間にシワを寄せながらもすぐに笑顔に変わって俺の隣へと追いついてくる。


「ねぇねぇ、あなた。 もし私が……私が未来から来たって言ったらどうする?」

「ミライ……? 突然どうしたの?」


 ミライ?ミライって過去未来の未来だよね。突然そんなこと言うなんてどうしたんだろうか。


「ううん、もちろん冗談よ。当然私は先のことなんて一切わからない、現代の人。…………でも、一個だけ絶対に分かる未来があるの。聞いてくれる?」

「怜衣さん?」


 怜衣さんは笑みを崩さずにただ隣を歩く。更に隣にいる溜奈さんは、こちらからは顔が見えないが2人の手は固く握られていた。


「あのね、もし私たち姉妹が存在しないか、存在してもあなたに近づかなくってこの恋心をずっと抑えてたら……絶対にあなたと白鳥さんは付き合ってたわ」

「俺が……ハクと?」

「えぇ。朝のことを考えたら不思議じゃないでしょ?」


 たしかに。朝唐突に行われたハクからの告白は相当驚いた。

 まさか遠い昔に俺が捨ててしまった心を、彼女はずっと守っていたとは。


「しかも、それだけお似合いってことよ。きっとその未来だと然るべきタイミングで白鳥さんが勇気をだして告白して……きっと何者にも間に入れないほどの仲睦まじいカップルになっていたわ」


 そうだろうか…………いや、そうかも知れない。

 きっと学校でも家でも、普段と変わらずに2人でくだらない会話をして、そして自然と2人ずっと一緒になるのかもしれない。


 そうだ。そうだったじゃないか。

 今日起きてすぐ彼女は言っていた。『お互いに結婚できなかったらくっつく』と。

 今だからこそ感じるが、もしかしたらあれは彼女なりの精一杯の告白だったのかもしれない。勇気が出せずに言うことすらできずに諦めた俺と、回りくどくても伝えてくれたハク。

 結局は怜衣さんの手によって直接言うことになってしまったが、もしもアレがなければハクの思惑通りゆっくりと近づいていったのかもしれない。


「それでね、そんな仲睦まじい2人の間に入ったことは……悪いと思ってるの。ごめんなさい」

「怜衣さん……」

「もちろん2人の仲を引き裂こうだなんて思ってないわ!! でも、私たちももうこの心を抑えることができないの……。矛盾してるけど、それだけあなたのことが大好きなのよ……」


 俺とハクの仲を危惧したからこそ、彼女は俺の記憶のない春休みに告白したのだろう。

 何故俺が受け入れたのか見当もつかないが、そこは今考慮すべきことではない。仮とはいえ彼女が今こんなにも辛そうな顔をしているのだ。ならば俺のすべきことは……。


「そっか……。 ありがとう」


 立ち止まって顔を落とした怜衣さんに近づき、思い切ってその手を握る。

 俺より遥かに細く、力を入れたら簡単に折れてしまいそうな指。そして掌を中心に暖かな手。俺はそんな両手を握って彼女の胸の前まで持ち上げる。


「泉……?」

「たしかに。俺もハクが初恋だったから……そうなってたかもしれない。 でも今は違う。今は仮だけど、3人ともの……恋……人だから。 だから、俺が望んで……いや、俺の優柔不断のせいでこうなったんだから謝ること無いよ」


 結局は全て俺が悪いのだ。

 優柔不断で、一人に決めることができず、優しさに甘えている俺が。

 しかし、悪いとは思っても改めようとは思わない。だって悲しい顔をされるのが1番嫌だから。だから責められても受け止めるくらいの覚悟はもうできている。


「……ありがとう」


 俺の言葉に小さく言葉を呟いて握り返してくれる怜衣さん。

 そうやって落ち着いたのかと思ったら、今度は彼女の影から溜奈さんが現れた。


「その……私も、ごめんなさい」


 目をしきりに泳がせながらも頭を下げてくる溜奈さん。

 俺はそんな彼女に分かるよう、彼女の目の前へと手をかざす。


「俺こそ優柔不断でごめん。 溜奈さんがいいなら、いいかな?一緒に繋いで帰ろう?」

「いいん……ですか?」

「溜奈さんがいいのなら」


 頭を上げた溜奈さんはその手を握り、小走りで俺の周りを回ってすぐ隣へとくっつく。

 俺たちは仲良く手を繋いだまま、赤い夕焼けのなか帰り道を歩んでいった。

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