021.幕間1
世の中というものはどうしても平等になりえない。
生まれたときからの差…………国や土地、家柄など。千差万別、様々な違いが各々に与えられている。
私はどちらかと言うと少し……いや、かなり恵まれた方だと自覚をしている。
生まれてこの方お金に困ったことはないし、体面こそとやかく言われたものの、束縛の多い家庭ではなかった。
それを誇りに思えど、ひけらかすつもりも自慢するつもりも全くない。
むしろそういった面倒くさいものは取っ払って、あくまで一個人として見てもらいたい思いが強かった。
しかし、私が良くても周りはそうはいかない。
親の勧めで入学した学校は、同じように恵まれた家庭で育ってきた者が集まる、お嬢様学校だった。
入学してくるお嬢様方はみな何処かの社長令嬢や要人の娘、一発当てて成り上がった者の子供ばかり。
あくまで体感だが、そんな家庭の親たちはどうにも見栄っ張りが多く、子にも影響されることが多い。
入学し、気がついた時には既に友達がいっぱい居た私には、それが家柄を見て近づいてきたなんて知りやしなかった。
けれどそれも当時のこと。小学校生活が折返しにもなればその『友人』が何を見ているのかを察することができるようにもなり、そんな周りと流されることしかできない自分に辟易していた。
もちろん家柄を見る人は多いだけで全員ではない。一部ではあるものの私個人を見てくれる子だって居た。
あの子はどうしてるだろう……結局別の高校にしたことを伝えそびれてしまったが、今も息の詰まるようなあの空間で元気にやっているだろうか。
そんな私があの人を初めて知ったのは、中学3年生に上がった春のことだった。
きっかけは最愛の妹である溜奈の言葉。
「おねぇちゃん……私……好きな人ができちゃったみたい…………!!」
私は耳を疑った。目を疑った。
――――世界を疑った。
私と溜奈は双子だ。生まれたときも同じで学校ももちろん同じ。
たまにクラスは分かれたりもしたが……それでも生きる時間の殆どを一緒に過ごしてきた。
そんな妹に……好きな人ができた?
引っ込み思案で、いつも私の後ろに隠れて、泣き虫で、人と話すこともおぼつかない溜奈が?
いったいどこで!?どうして!?どうやって!?
理解が追いつかずに数分間フリーズした私は、起動してからすぐ溜奈へと詰め寄った。
けれど聞く話はどれもはぐらかされ、結局その理由を聞くことは叶わなかった。
ならばと。妹を射止めた男性が何者かを問いかけたところ、それはすぐに答えてくれた。
見せられたのは溜奈のスマホ。そこにはどこを見ているのか知らないが、公園にて笑顔で会話している男の子が一人。
ほんの少し色の薄い黒髪で、標準体型又は痩せ型の、イケメン……とは言わずとも悪くもない顔。
「この人が、好きな人なの?」
私が問いかけると紅い顔を俯かせながらコクンとしっかり首を縦に振る。
そして私が座るベッドのすぐ隣に腰掛けた溜奈は何度かスマホをスライドさせていく。
連射でもしたのだろうか。スライドしても一向に新しい写真に巡り合う事ができない。画面の男の子の口が動くだけだ。
溜奈もまさかここまで同じ写真があるとは思わなかったのだろう。肩を持ち上げながら力を込めて何度も指を動かしていくと、ようやく目当てのものにたどり着いたのか別の写真が目に映る。
「これってその人の名前……? えっと……さ、と、み……い、ず、み」
画面の中に収められたのは1つのバッグだった。
どこかの学校の校章のようなマークと、筆記体で刺繍された個人名。
さとみいずみ……漢字はわからないがそれがこの人の名前だろう。隣にはまたも首を縦に振る姿が。
よくこんなの撮れたわね。
「ふぅん……この人がねぇ……。 それで、この人に告白するの?」
「こく……はく!?」
え、何その反応。
私に伝えたってことはそういうことじゃないの?
「違うの?」
「えっとね、その人のこと……もっとよく知りたいなって……」
「そう? じゃあ連絡してデートとか?」
「デート!? やっ……!は、恥ずかしい……!!」
おりょ? ウチの妹はこんなに奥手だったっけ。
確かに人と話すときは私が中心だったけど、それでも溜奈個人が喋れないわけではない。今まで何度も人と話すところを見たことがある。
となると……好きな人だから?確かに同年代の男の人と話すのを見た記憶はないけれど、まさかここまで可愛い表情をするなんて。
「なら、溜奈のしたいことって?」
「あのね……遠くからだけど……見ていたいから……おねぇちゃんにも付き合って欲しいなって……」
「見る? 私を含めて会うとかじゃなくって?」
「だって……! 連絡先しらないもん…………」
そんな遠くから見るってまるでスト……いや、まだ断定するには早いわ。
なら特定からか……まぁ名前と顔と学校の3つが割れてるなら簡単ね。
「だめ……?」
潤んだ瞳が私を見つめてくる。
もう十数年も見てきたとはいえ、その顔には弱いのよね……。
「はぁ……。 ま、いいわ。わからない位置からちょっとだけ見守るのよね?」
「いいの!?」
「そんな顔されちゃあね……。大事な妹の初恋だもの、応援しなきゃ」
「わぁ……! ありがとう!おねぇちゃん!!」
溜奈は手にしていたスマホをも投げ捨てて私に思い切り抱きついてくる。
その勢いのまま2人とも座っている大きなベッドへと身体が沈んでいく。
2人一緒に寝るようにと用意されたキングサイズのベッド。ふかふかのベッドへと沈んでいくことを気にすることなく溜奈は力いっぱい私に抱きついてくる。
この感覚は…………もしかして溜奈、胸おっきくなってない?私なんて全然成長しないのに……。って、今そんなこと考えてる場合じゃなかった。
「でも! あんまり無理に近づきすぎないわよ!あんまりよろしくないんだから、危なかったらすぐ戻ること!」
「うんっ! よかったぁ……」
ゆっくりと私から離れていく愛妹は目の端に浮かんだ涙を拭う。
まったく、手のかかる可愛い妹だこと。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
調査の結果、想像以上にアッサリと彼について調べることができた。
名は里見 泉。同じ学年……中学3年生の公立に通う男の子。
成績は普通、若干理数強め。家族構成は両親に本人の3人、これまで部活に入ったことはなく、小学校のクラブ活動はバスケだがお遊び程度で本格的にはやってない。
…………驚くほどスンナリ情報を得ることができてしまった。
これも普段セキュリティー意識の高いお嬢様たちの相手をしていたからだろうか。
何にせよ情報を得られたのは僥倖だ。私たちは彼の行きつけというハンバーガーショップにて溜奈と集めた情報を共有する。
「そっか……里見 泉さんかぁ……。えへへ……」
まとめられた書類を手にしている溜奈はどこかトリップ中。
……大丈夫かしら?
「それで、ここには週3日は来るって話だけど…………あら、噂をすれば、ね」
トリップしている溜奈を見ながらボーッと扉の方へと視線を向ければちょうど来店してカウンターに向かっていく件の男の子。
彼が件の人物……写真と見比べても間違いなさそうね。
「ほら溜奈、紙片付けて。来たわよ」
「大丈夫かなぁ……ばれない?」
「大丈夫よ。ちゃんと変装してるし問題ないわ」
私達の髪は学校はもちろん、街中でも相当目立つ。3人目などそうそう居ない髪色。
そんな物をほっぽりだしたら当然店内では相当目立つから、ちゃんと髪をまとめ上げてキャスケットを深くかぶっている。
人は印象の強いものほどそれを中心に覚えがちで、私たちはこの銀髪がある。髪を隠すとチラ見されても誰かわからなくなることは、友達との実験で実証済みだ。
服は地味めの物を選んだし、溜奈とは面識があるとはいえど、よっぽどのことがなければバレないだろう。
「ところでセン、先週進路調査が配られたけど、そろそろ高校は決めたかい?」
「もちろん。初日に出してきたよ」
「ほう、どこへ行くつもりかな?」
件の男の子と、女子用ブレザーを身にまとった中性的な女の子が商品を持って店の奥へと進んでいく。
その際スッと私たちの脇を通ったが全く気にする素振りも見せなかった。これは問題なさそうね。
「ほっ。 大丈夫そうね、溜奈……」
「はぅぅ……かっこいいよぉ…………」
「……大丈夫じゃなかったわ」
変装は完璧でも溜奈が大丈夫じゃなかった。
もはやバレるんじゃという勢いで男の子を凝視してしまってる。
……恋は盲目ってやつなのかしらね?
「でもあの子……彼女さんかしら?可愛いわね」
「えっ……彼女………? うぅぅ…………」
「わっ! 冗談!冗談よ!ここで泣かないで!!」
彼を調べる上では当然、同行している子についても情報は入ってきていた。
白鳥 琥珀。
彼の幼なじみで、常に一緒に居る女の子。
成績も学年トップというレベルで、クールで理知的、真面目なことから先生からの評価も高い。
周りからの評判は『もはや熟年夫婦』とのことだがまだ付き合ってはない……らしい。
「ま、ちゃんと姿も見れたんだし、今日はこのくらいで帰りましょうか」
「え!? もう帰るの!?」
「もちろん。 今日はとりあえずの確認だし、あんまり長居しすぎたら溜奈が見すぎて気づかれちゃうもの」
「うぅぅ……わかったぁ……」
渋々といった様子で帰り支度を始める溜奈。
私は一足先に片付けを終え、溜奈の分のトレイも手に持つ。
「それじゃ先に片付けてくるから、あんまり見すぎててバレないようにね」
「はぁい……」
荷物をまとめていく溜奈を尻目に、私も今どんなものかと、チラリと後ろの方にいる彼の方へ目を向ける。
「っ――――!!」
しかし、それは叶わなかった。
私が見た瞬間、こちらに向かうように座った女の子が同時に見てきた気がしたから。
まるで威嚇するような、凍てつくような目。即座に視線をゴミ箱へと戻し、再度恐る恐る向こうへと目を向けると、今度は二人して談笑しあっている姿が目に入った。
「おねぇちゃん?」
「…………。 なんでもないわ。それじゃ、すぐ来なさいよ?」
私は平静を装ってトレイのゴミを入れていく。
その間ずっと、背中に突き刺さるような視線を感じて嫌な汗を流し続けていた。
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