022.幕間1.5


 やってしまった、やってしまった、やってしまった――――



 まさか、私がそうなってしまうとは――――



 こんなことは簡単に予測できたはずなのに。

 むしろ溜奈が言い出した時点で起こりうるの未来だったのに――――。





 私たちはあれから、何度も2人でハンバーガーショップに足を運び彼を見守っていた。

 確かに情報通り、平均して週3程のペースで彼は姿を表した。

 席を変え姿を変え、様々な方法で何度もその姿を見てきたから溜奈も簡単にトリップすることはなくなり、見るだけならば至って冷静に判断すら可能になった。


 そんな妹に付き合い続けてきた、梅雨も終わりだという時期。

 私はとあることに気がついてしまう。



 学校でも、家でも、外でも。私の脳内には彼が住んでしまっていたのだ。

 いついかなる時でも『今彼は何をしているか』などと考えるようになり、そしてその姿を見、声を聞くと私の胸の内は瞬く間にぬくもりで満たされるようになってしまった。


 まるでミイラ取りがミイラ、朱に交われば朱、人捕る亀が人に…………これは違うわね。

 ともかく、私までも彼のことが気になるようになって……いや、認めよう。正確には彼のことが好きになってしまっていたのだ。



 私は新しく調べ上げた書類を手にしたままベッドへと倒れ込む。こんなこと、溜奈になんて言えば…………。



「おねぇちゃん?」

「ん……」


 その呼びかけに顔を覆っていた書類をどかすと、心配そうに覗き込んでくる蒼い目が。

 やさしいわね……。私はこんなに酷いというのに。


「大丈夫よ。夕食後でちょっと眠くなってただけ」

「そぅ……? ん、ねぇねぇ、その紙は?」

「あぁこれ? 新しい情報よ。彼の進学先だって」

「進学先!?」


 私が彼のことを口に出すと同時に、溜奈の瞳は光り輝いて渡した書類を食い入るように見始める。

 最初に調べたうちから彼の志望校は知っていたが、この時期希望進路が変わるのはよくあること。夏前に決まった進路ならばもう変更も無いでしょう。結局最初の志望校から変わっていなかったが。


「…………ねぇお姉ちゃん」

「……自分もその学校に行きたいって?」

「どうしてわかったの!?」


 そりゃ分かるわよ。お姉ちゃんだもの。


 ……なんてものは建前、分かったのは当然、私も行きたいからだ。

 ここまで来て、認めてしまってようやく実感した。恋は盲目という言葉を。

 結局、私も行きたいのだ、その学校に。一緒に学びたいのだ、彼と。


「……ダメ、かな?」

「はぁ……いいわよ。一緒に行きましょ。 パパは……まぁいいとして、ママが難しいけど必死に頼めばどうにかなるでしょ」

「本当!?」

「もちろんよ。 ……ならまずはママへの説明ね。建前は見聞を広めるためとか適当にそれっぽいことを考えて――――わっ!!」


 早速どう行動するか計画を立て始めると、不意に視界が大きく揺れて軽い衝撃とともに天井が視界いっぱいに広がる。

 またも抱きつかれて倒されたみたいだ。私はギュッと抱きしめている溜奈の背中にそっと手を当てて優しく声をかける。


「こら、危ないじゃない」

「おねぇちゃん……ありがとぅ……」

「お礼を言われることなんて無いわ……むしろ……」

「?」


 胸の上で小首をかしげる溜奈をみて心が揺らぐ。本当に言っていいのだろうか。もし言ってしまえば、この仲良しも終わってしまうのではないか。

 そんな思いがぐるぐると回って口が動かなくなる。


「わ、わた……す……」

「わた、す? …………もしかして、おねぇちゃんもあの人のこと好きになっちゃったこと?」


 核心を突くその言葉に思わず私はその両肩を掴んでしまう。


「!! 知ってたの!?いつから!?」

「わっ! びっくりしたよぉ……」


 なぜ。いつから。嫌われる。 

 自らの頭が嫌なことでいっぱいになっていき、次第に胸の奥が、瞳の奥が熱くなっていくのを感じる。

 けれど彼女は驚きは見せたものの怒りの欠片も見せることなく、そっと微笑みを見せてくれた。


「いつからって……最初のほうから? だってお姉ちゃん、あの人のこと見てるとすっごく優しい声と顔してるんだもん」

「…………怒らないの?」


 自分でもわからないうちに目の端から熱いものが流れていく。

 何故怒らないのか、何故泣かないのか。もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。


「怒らないよぉ。だって双子だもん。おんなじ人を好きになるだろうなぁって思ったし、一緒の人を好きになれて嬉しいもん」

「嬉しいって……モノじゃないのよ!人なのよ! 分け合う事もできないし私と溜奈は恋敵になっちゃう! 私が彼のことを奪っちゃって……溜奈泣いちゃうわよ!!」


 思わず感情的になった私は想いをぶつけるように涙を流しながら溜奈に叫んでしまう。

 『あっ』と思ったのも後の祭り。言い終えてから後悔し始めたが、溜奈は私の叫びに一切動じることなく優しい微笑みのまま強く握った両手を解いて包んでくれる。


「溜奈…………?」

「それでも、嬉しいもん。 これからどうなるかわからないけど、きっと私たちは大丈夫。だって大好きなお姉ちゃんだもん。きっと元通り仲良くできるよ」

「でも――――」

「それに! お姉ちゃんったら私から奪える気マンマンなんだもん。 あの人の好みはわからないから……私のことが好きなのかもしれないよ?」


 そっと手を握りながら溜奈は銀の髪を揺らし、今1番の笑顔を見せてくれる。


 あぁ……これが溜奈の優しさ。そして強かさ。

 いつの間にか成長していたのだ。私に隠れるだけで何もできない溜奈ではなく、ちゃんと自分自身を持って。


 そんな笑みにやられた私は涙を拭って逆にその小さな手を握り返す。


「……そうね。私たちは協力するとともにライバルね。 まずは第一歩としてママの説得から始めましょ?」

「うんっ!!」


 私たちは手を繋ぎながら部屋を出る。

 何があってもこの固い絆は断ち切れない。そんな確信をもちながら。



「ねぇねぇおねぇちゃん。 ついでに家も近くに引っ越してもらうよう言ってみない?」

「えぇ!? それはさすがに無茶が過ぎるでしょう……」

「そうかなぁ? パパはアレだからアレだけど、ママだったら別荘って感じで近くに用意して貰えると思うんだけどなぁ……」



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「溜奈、準備はいい?」

「ちょっとまってよぉ、おねぇちゃん……」


 溜奈に私の気持ちをカミングアウトしてからおよそ1年と半分。私たちは彼へ一枚の手紙を渡し、指定した場所へと向かっていた。

 隣には大好きな妹、溜奈。もう指定時間が近いというのに溜奈はまだ気持ちが整っていない。


「時間は待ってくれないわよ。早く行かなきゃ帰られちゃうわ」

「そう言ってもぉ……!おねぇちゃんだって心臓ドキドキしてるもん~!」

「仕方ないでしょう! だってその……これから……告白しにいくんだからっ!」


 結局…………。

 私たちには彼にどちらを選ばせるなんてことを強要することなんてできやしなかった。

 2人して悩み、話し、導き出した結論…………それは2人一緒に付き合うという最悪の結論だった。


 最悪と言ってもそれは傍から見た世間体のみの話。本人は……少なくとも私たちは最も良い、最善の結論だ。


 後は彼がどう言ってくれるかだろう。大丈夫、できる限りのことはやった。

 彼とも、彼の親友である女の子とも何度も話したし、一緒に食堂で食事だってしてアピールをし続けた。誕生日にはちゃんとプレゼントをあげたし文化祭には一緒に回ったりだってした。

 これ以上はもうこの身体……ファーストキスを捧げるしかない。


「すぅぅ…………ふぅ…………。 よし!大丈夫だよ!おねぇちゃん!!」

「じゃ、じゃぁ!いきましょうかっ!!」

「おねぇちゃん!声裏返ってるよ!」

「い……行きましょうか!!」


 私たちは2人手を繋いで指定した待ち合わせ場所へと進んでいく。

 その先の輝かしい未来を信じて――――



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 ―――――――――――

 ―――――――


 ピピピピピピ――――

 煩い電子音が鼓膜を震わせる。


「ぁれ……?」


 それと同時に感じたのは暗闇…………いや、正確には暗闇を自覚した。

 更には体中を包み込む柔らかな感触、頭を包み込むはフワフワの枕。どうやら私は眠りに付いていたみたいだ。


 ゆっくりと瞼を開けていけば、視界に収まるのは何度も見てきた寝室のベッドの上。

 窓の外からは薄っすらと明かりが漏れ、目の端には未だうるさく鳴っているアラームとスマホが朝だと告げていた。


「んん…………」


 すぐ隣にはうるさいのか布団を深くかぶる溜奈の姿。

 アラームを止めて時間を確認すると現在午前5時……こんな早くから私、なんでアラームかけてたっけ…………。



 あぁそうだ、今日は日曜日。最愛の彼と遊びに行った次の日だ。

 つまり約束を果たさなきゃ行けない日。私はグッスリと眠っている溜奈を揺すって意識の覚醒を促す。


 あの日、ファーストキスを奪われたのは本当に悔しくて悲しかったけど……黙ってた私たちが悪い。それに、もう一つも…………。


「ほら、溜奈。時間よ。 起きなさい」

「んん……日曜……もうちょっとぉ……」

「なに言ってるの。今日は彼に朝ごはん作ってあげるんでしょう?」

「!! 起きる!!」


 その一言でガバっと起き上がる溜奈。

 ちょろいわね。それに、なんだか嫉妬心も湧き上がってくるわ。


「それじゃあ行きましょ?彼にうんと喜んで貰える朝ごはん、作ってあげるんだから」

「うんっ!!」


 私はキッチンに向かうため2人仲良く部屋を出ていく。

 その手は固く、しっかりと握られていた――――。

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