第2章
023.不可思議な夢
「――――て。―――きて」
夢を、見た。
宙に浮き、フラフラと漂う、そんな夢を。
地上から空高くへ、上へ上へ飛んでいき、いずれ雲の上まで。
縦横無尽に漂う感覚と移り変わる景色。そんな気持ちいいはずの飛行も、どうにも楽しいと思えず俺は地上へと降りた。
地を着いた場所は実家からしばらく歩いた先にある、見慣れてきた景色。
そう、今の俺の家付近だ。念願の一人暮らしを始めた、俺だけの家。記憶を失ってから道もだいぶ忘れていたが、さっき飛び回ったからだろう、随分と見慣れた感覚がする。
まるで何ヶ月も同じ道を歩んできたかのような……入ったことのない小道なのに、その先が何故かわかる、不思議な感覚。
フワフワと地上を低空飛行していると、ふと違和感を覚える。
何かがおかしい……慣れた道でおかしなことなんて無いのに、なぜかおかしい。
……そうだ。あの家がないのだ。
記憶のない時に付き合ったという、怜衣さんと溜奈さんの家が。
彼女らの大きな1エーカーほどのある家は夢の景色には一切無く、代わりに住宅街が並んでいる。よく見れば角に目印にしていた黄色の家があるじゃないか。
更に家へ向かって飛んでいくと、もう一つ違和感の正体を掴んだ。それは色が無いということ。
世界全てが雲に覆われて目に映るものが全て白黒に見える。なのにこれは何色かと理解できる不思議。
もう一度雲の上まで飛んでみても、成層圏が雲に覆われているようで太陽が見えない。
俺は早々に諦めてようやくたどり着いた家へと入っていく。
暗い、電気の一つもついていない静かな部屋。
栓が締め切られていないのかピチャンと水の跳ねる音がする。
まるで誰も居ない…………そう思ったが、部屋の最奥に人の気配を感じ取った。
ベッドの上でこんもりと山を作るように丸まった、何者か。
こちらからの角度じゃ布団で包まっていて誰かの判別かまではできない。俺はフワフワと水平に移動するよう部屋の置くまで行き、そのまま回り込むようにして包まっている姿を正面から見る。
そこには、まるで何かに怯えるかのように歯を震わせ、瞳をしきりに動かしている、俺の姿があった――――。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「起きて! 泉!」
「おわっ!!」
唐突に。
カァン!! と盛大に響く金属音が鼓膜を震わせて思わず俺は飛び起きる。
突然の音に耳の奥でキンキンと耳鳴りが聞こえ音の発生源へを視線を向けると、そこにはエプロン姿の怜衣さんが仁王立ちで俺を見下ろしていた。
その手にはウチのフライパンとお玉。……なるほど、だいぶ古典的な方法で起こされたものだ。
俺は回転するようにベッドへと腰掛けてからそんな彼女の顔を見上げる。
「怜衣……さん」
「やぁっと起きたわね。 何度起こしても起きないんだもの」
「……おはよ。 ちょっと夢を……見てた……気がする」
肩をすくめる彼女に俺は目をこすりながらゆっくりと腰を持ち上げると、そっと手を添えられる。
もしかして調子が悪いと思ったのだろうか。そんなことないと自らの足で立って見せると安心したのかその手が離れていく。
「夢……ね。 どんな夢だったの?」
「うぅん…………あれ?なんだっけ?」
問いに答えようとついさっきまで見ていた夢を思い出そうとするも、まるで霧にかかったかのように思い出せない。
なんだっけ……なんか気持ちいいような、そのまた逆だったような……奇妙な夢だった気がする。
「あら、もう忘れちゃった?」
「ごめん。 なんか……不思議なような怖いような……変な夢だった気がする」
「怖い? なんにせよ、いい夢じゃなさそうね」
彼女は手にしていたフライパンらをベッドに置き、腰掛ける。
何か考え込む素振りを見せる姿を寝起きの働かない頭でボーッと眺めていると、ふと結論に至ったのか彼女の細い手が俺の腕を掴んでグッと引っ張られてしまう。
「……あれ?」
「あんまり良い夢見じゃなかったみたいね」
「……たぶん?」
怜衣さんによって引っ張られた俺は慣性に従ってそのまま再びベッドへ。
そこは腰を下ろした彼女のすぐ隣。
覚えていないのだから夢見と言われてもよくわからないが、きっといい夢では無かっただろう。目覚めもなかなかに悪い。
「じゃあ、もう一回寝たらきっといい夢が見られるわよ。 ほら、子守唄歌ってあげるから一緒に寝ましょ?」
「えっ、いや、もう起きなきゃ……学校……」
「学校なんて良いじゃない。 体調不良ってことで休めば。 ほら、横になって!」
両肩を掴まれて倒された俺は、布団をかぶせられて再度寝ていた状態に。
……あれ?おかしいな。さっき起きようと思ってたのになんかまた寝ようとしてない?
「私も一緒に居てあげるから。ゆっくり眠って。ほら……」
ポン……ポン……と、まるで子供をあやすように俺の身体をリズムよく優しく叩いてくれる。
ベッドに腰掛ける彼女は母親のような優しい微笑み。未だに状況がつかめてないけど……良いって言ってるんだしこのまま寝ちゃおうかな。今なら、さっきのような夢も見なくて済みそうだ……
「いい子ね……ほら……」
「んん…………」
一人暮らしを始めて……いや、小学生の親離れで一人で寝るようになって以来の、側に誰かが居てくれる感覚。
俺は優しい心地に誘われるよう、目を瞑って再び夢の世界へ――――
「なにやってるのぉおねぇちゃん! 起こしに来たのにまた寝かせてぇ!!」
「!!」
もうあと数秒で眠りにつけるといったその時、もう1人の高い声に寄って阻まれてしまった。
慌てて目を開けて見ればレイさんの後ろに立つ二人目の美少女。アッシュブロンドの髪を揺らし、胸の前で手をきゅっと握っている。
「あ……あら溜奈じゃない。 今泉を寝かすからちょっとまってて」
「寝かす……じゃないよぉ! 今日学校あるんだよ!」
学校……そう、今日は学校のある日だ。
あの日――2人とハクを交えた騒動から2ヶ月と少しが経った。
季節はもう梅雨も終わりの時期。場所によってはセミが鳴き始め、嫌になるほどの暑さが目前となった頃だ。
俺の記憶はなんの進展もない。
更にハクや怜衣さん、溜奈さんと仮で付き合うようになってからも何一つ思い出すことはなかった。
彼女らの関係性も、週末にどこか遊びに行って手は自然と繋げるようになったがそれ止まりだ。その先なんて兆候すら見えない。仮だから当然かもしれないが。
そして、唯一変わったことといえば朝のルーティーンだろうか。
3日のサイクルで、ハク、怜衣さんと溜奈さん、そして1人と。3日に2日は誰かが起してくれるようになった。
もちろん最初は断ったが溜奈さんの泣き落としには勝てやしない。結局受け入れて今日は2人が起こしに来てくれる日。更に月曜、学校の始める日だ。
「学校……サボるわ!」
「絶対バレるよぉ……。ママに怒られちゃうよぉ……」
ボーッとする俺の側では言い合っている姉妹の姿が。
あー……これは俺が起きないとだめなやつだ。
眠れる寸前でだいぶ身体が怠いけど仕方ない、起きるか。
「あっ!あなたったら寝てていいのに!」
「いや、学校は行かないと。 後でハクになに言われるかたまったもんじゃないしね」
そう、もしサボりなんてしたらハクが何をするかわからない。
中学の時風邪引いて連絡を忘れてたら、ハクが学校を早退して看病に来たくらいだし。
……今なら連絡しても早退してきそうな気がする。
「よかったぁ……。 泉さん、朝ごはんできてますよ。 一緒に食べましょ?」
「ありがとう。 今日の朝は何かな?」
「今日は焼き魚よ。私たちの合作なんだから」
後ろで寝かしつけるのを諦めたであろう怜衣さんが俺の背中を押して中央の部屋へと向かっていく。
そこには焼き魚に味噌汁、オクラの醤油和えなどといった和食が並んでいた。
「美味しそうだ……2人ともありがとう」
「いえっ! 泉さんの……ためですもん」
「えぇ。 今ご飯よそうわね」
いい香りの中俺たちは朝ごはんを囲む。
もうそんな時には、夢の中身なんて綺麗サッパリ消え去ってしまっていた――――。
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