024.新しい仲間
「やぁセン。今日も元気そう…………って、どうしたんだい?そんな眠そうな顔して」
セミのうるさい通学路を抜けてようやく慣れてきた学校へとやってきた俺たちは、慣れた故に少しだけ面倒な気分に襲われながらも教室へとたどり着いた。
その間中ずっと、家から怜衣さんと溜奈さんは両隣に位置して、手こそ繋ぎはしないものの、してもおかしくないほどの距離感でずっと登校してきていた。
男1人の両脇には学校で有名な銀髪美少女が2人を侍らかす。字面にすると最悪で、当然歩いている最中ずっと周りからの視線がヒシヒシと突き刺さってきていた。
しかし、人間というものは何度も同じことをするとどんなものでも慣れるもので、春先から初夏まで高頻度でこんな状態なのだからもはや何とも思わなくなってしまった。
初期こそ俺は周りの視線にビクビクしながら歩いていたが、最初から両脇の2人は視線なんてなんとも無いようだった。
これが有名人ゆえの経験値なのか、自らの意思を突き通そうとする心の強さに感服したのは記憶に新しい。
そんなこんなで今日もいつもどおりの登校を終えた月曜日。机の離れている2人と別れて自らの席へと向かっていくと、先に気がついたハクが声を掛けてきた。
「そう? ……あぁ、もしかしたら寝損ねたからかも?」
「寝損ねる? もしかして、昨晩から寝ていないとか?」
「いや……ちゃんと寝はしたけど、二度寝する直前で起こされてね」
あの時9割ほど二度寝に入っていたのが不味かった。
それからというものの、こうして登校してもまだ随分と眠い。今日最初の授業は……数学か。寝よ。
「二度寝? そりゃ起こされるよ。起きないと遅刻するんだからさ」
「そうだけどさぁ……なんだろ、睡眠を促されたというかなんというか……」
「?」
怜衣さんによって赤ちゃんみたいに寝かしつけられそうになった……なんて言ったらどうなるだろう。
きっとハクも同じことをするようになるのかも。ハクと怜衣さんたちは友達になったとはいえ、まだ何処か競い合っているようなフシが時々見られる。
ハクにポンポンとされて寝かしつけられる……なんだろ、すっごく悪くない。むしろ気持ちよく寝られそう。同時にすっごく恥ずかしいけど。
「まぁいいさ。 ところでどうだい?そろそろ記憶も戻った頃かい?」
「まさか。戻ってたら真っ先にハクに言ってるよ」
彼女も分かってて聞いただろうが、そんな簡単に記憶が戻ったら苦労しない。
この2ヶ月とちょっと、彼女たちのサポートがあったお陰とはいえ、さほど生活は苦労することが無かった。
勉強も問題ないのだしもう諦めてしまってもいいんじゃないだろうか。
「だろうね。 …………ねぇセン」
「ん?」
「最近はもう1年の間で行ったお店とか、行けるところも尽きてしまったけど、諦めたりしてないかい?」
「諦めてはないけど……最悪記憶戻らなくても受け入れられるなぁって」
「……というと?」
ふと漏れ出た言葉に彼女が身を乗り出して目を細める。
「クラスの人らは何とかなったし勉強も平気でもう手がかりもない。もう手詰まりじゃない?」
病院でもお手上げ、記憶を探す旅も徒労。
あとこれ以上何をすればいいのか見当もつかない。ここまで思い出せないとなると無為なことにエネルギーを使うよりもっと他のことを考えたほうがいいのではないだろうか。
「ふむ……確かにボクとしてももうお手上げだ。正直昨日もどうすればいいかと随分頭を悩ませてきたものだよ。 ……でも、それでもセンには諦めてほしくないかな」
「……どうして?」
俺からしたらそこまで彼女が固執することが疑問だ。
確かに1年の空白があるのは事実だが、そこは順を追ってハクから教えてくれればその補完もできると思うが。
「何故って……センが言ってきたじゃないか。『遠い未来語り合おう』って。ボクだけが知ってる過去があるだなんて寂しいじゃないか」
「そう……だけどさ。でもここまで思い出せないとなると……」
「ううん、大丈夫さ。いつか必ず思い出す」
ふと彷徨わせていた視線を彼女へやると、力強い言葉とともにまっすぐと俺を見てくれていた。
ハクは不安にしていると思ったのか優しく微笑みを浮かべながら俺の頭をそっと撫でる。
「それに、ボクは仮とはいえ彼女だ。ずっと離れるつもりもないから何十年と共にいる。だから、いつかポロッと思い出すかもしれないよ? 諦めなければね」
「ハク…………」
…………どうやら俺は記憶が戻らないことに焦り、気が弱くなっていたようだ。
そんな自分を励ましてくれた彼女は、ゆっくりと頭にやった手を離していき、バッと両手を大きく広げる。
「まぁ、辛くて諦めてしまいそうになったら今日みたいに言うといいよ。 センを盛大に甘やかして癒やしてあげようじゃないか」
「それは……うん、そうならないように頑張るよ」
「なんだいそれは? まるでボクの熱い抱擁がいらないみたいな言い方じゃないか」
だって恥ずかしいもん。
確かにこの1年で世の中の女性誰もが羨む身体になった彼女に抱きしめられたら、俺も天に昇るほどの心地よさに襲われるだろう。
けれどそれは今じゃない。少なくともこの迷う気持ちにケリをつけて『仮』が取れてから。
「そ……それよりさ!! そこの机って……なに?」
「記憶がなくなったからかな?随分と露骨過ぎる話の切り替えをするね。 まぁいいさ。その机はボクも知らないんだ」
これ以上話を続けると、ズルズルと抱擁の道のり一直線だと判断して無理やり軌道を修正させる。
指を指したのは俺が今座っているのと変わらない、学生用の机と椅子のセット。
本来ならば何の疑問に思うこと無くスルーするのだが、今回ばかりはそうもいかなかった。
なんていったって、数が多い。この週末に追加されたのかクラスの人数より1セット多いそれは窓際最後尾であるハクのすぐ隣に位置していた。その位置は先週まで空きスペースだったはず。なのに追加されたとなっちゃ気になるだろう。
「でもまぁ、普通に考えるなら転入生かな? 我がクラスに新しいメンバーが増えるとか」
「この時期に?あと1ヶ月もしないうちに夏休みだよ?」
「微妙な時期だけど無くはない。あとは留学やクラス移動、教育実習かもしれないね」
なるほど。
確かに考えるなら可能性は幾つもある。
でも最後の教育実習だけは勘弁して欲しい。今日の授業は寝るつもりなのにすぐ側に先生の卵がいちゃ寝られない。
「まぁ何にせよ、すぐにわかるさ」
彼女がそう言って天を指差すと、同時に鳴り響くチャイムの音。
予鈴……と思われたが本鈴のようだ。いつの間にか予鈴の時間なんて過ぎ去っていた。
「おはようござま~す! みなさん席に着いてくださ~い!」
チャイムと同時に現れるのは見慣れた顔、クラスの担任だ。
彼女は初担任故に未だに慣れていないのか、隠しきれない緊張を顔ににじませながらオールインワンの上下一体型ロングスカートを揺らして教卓へと登っていく。
「え~……今日はみなさんにおしらせがありましゅ!」
そんな先生が語尾を噛むのもお約束。
彼女の顔が紅くなりクラス中がクスクスと小さな笑いに包まれるも、首を振って振り切ってから言葉をつないでいく。
「今日はなんと! みなさんに新しいお友達が加わります!!」
先生の言葉によって笑っていたクラスが一気にどよめきへと変わる。
なるほど転校生だったか。ハクの言っていた予想の内一つが的中した。
「こんな時期に」や「どんな人だろぉ」などと口々に言葉が聞こえ、次第に先生の言葉よりも大きくなってしまう。
「静かに!! それじゃあ早速、紹介していきます!! ……入ってきて!」
閉められた扉がガラッと開き、迷いない動きで先生の隣まで歩みを進める。
先生は、頑張り屋だけどもちょっと失敗する性格で、ハクや怜衣さん、溜奈さんよりも身長が低めだ。
たしか噂では……140を超えたくらい。黒板に書き込むときも上の方は早々に諦めて下に集中していることが微笑ましく思ったこともある。
そして今歩いてきた転入生…………彼女も、先生と同じくらいの背丈だった。
赤みがかった髪をハーフアップにし、肩甲骨ほどまでの長さを持つ。
パッチリと開いた目につり上がった目尻。気の強そうな印象を持たせるがそれさえもアクセントにするほどの可愛さを持つ少女。
美人というより可愛い系だ。怜衣さんらやハクに負けずとも劣らないほどの少女がまた現れるとは……随分と世は狭くなったものだ。
「それでは紹介しますね。 今日から新しく仲間に加わる、
名を呼ばれた少女は一礼してすぐに顔を上げる。
その視線は、ずっとどこか一箇所を、逸らすことなく見続けていた――――
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