025.カミングアウト


「柏谷 亜由美です。 よろしくおねがいします」


 シンプルな挨拶で会釈をする少女。

 彼女が顔を上げた瞬間、静寂が場を占めた。

 少女も、先生も、生徒の誰もが言葉を発しない。こんな淡白な挨拶になるとは思っていなかったからだ。


 綺麗な姿勢で直立し、全く動こうとしない。皆もっと掘り下げがあると思ったのだろう。隣の先生もまさかこんな簡潔とは思わず「え?え?」と混乱している。


「先生……? 次をどうぞ」

「え……? あっ……! そ、そうね! 柏谷さんはご家庭の都合でこんな時期になってしまったの。みんな、仲良くしてあげてね?」


 クラス中が戸惑っているのか、パラパラとした薄い拍手を浴びながらも彼女は先生に指定された席へと歩みを進める。

 そう、さっきまで新たに置かれたことで話題になった、ハクの隣だ。

 彼女は誰とも視線や言葉をを交わすこと無く着席したことで、またも変な空気が流れてしまう。


「さ……さぁ!紹介も終わったことだしホームルーム始めちゃうわねっ! みんなも話したいとは思うけれど休み時間まで我慢するようひ!」


 今度は慌てることなく主導してくれる先生。

 けれどやっぱり、最後の最後で噛んでしまうのであった――――。








 聞き慣れたチャイムの音が聞こえる。

 ホームルームが終わり、そのまま連続した数学の授業も終わり、ようやく1つ目の休み時間を知らせる音だ。


 俺は当然、宣言したとおり数学のほとんど全てを睡眠に徹する――――――――ことができなかった。

 最初はちゃんと号令を終えてから、先生の解説という心地よい子守唄と共に寝るつもりだった。

 けれどいざ寝ようと身体を傾けたところで背後からの突き刺すような視線が幾度も俺を貫いたのだ。


 背後にはハク……いや、違う。ハクの突き刺す視線ならもう慣れた。爆睡してたら時々飛んでくるけどもう気にしてない。

 ならば何か。そう、ハクの隣である件の転入生だ。

 さっきまでの授業中、何故かジッと無言の圧力という名の視線が俺に降り注いだお陰で寝られなかったのだ。

 何かの間違いかと思ってコッソリ振り返ったら見事目が合うレベル。もはやノートに書き写す以外の時間はほぼそれに費やされたと思うほどの熱い視線に、俺は寝るに寝れなくなってしまった。


 なんか怒ってる感あるし……怖いよぉ。



 そうして眠気が何処かに行ってしまった休み時間。これまたクラスメイト達が転入生に近寄ってくるかと思いきや、そうとも行かなかった。

 きっとさっきの簡潔過ぎる自己紹介が効いたのだろう。みんな遠巻きに見てるだけで近づこうとしない。


「ねぇセン、これマズイんじゃない?」

「だよね? 俺も思った」


 ハクがコッソリ耳打ちしてくるが、考えは一緒だった。

 人間、コミュニティーに属するのならば第一印象は大事。後から取り返しもできなくはないが、なかなかの努力が必要になるだろう。

 それを最初に躓いたら……これだ。これはマズイ。後々孤立する可能性が高くなってしまう。


「ハク、頼める?」


 こんな時は異性の俺が行っても返り討ちに遭うだけ。ならば同性のハクに行ってもらうしかないだろう。よかった。俺より遥かに頭の回る友人が居てくれて。あ、今彼女なんだっけ。


「しょうがないなぁ。放課後コンビニスイーツ奢りね」

「しゃーない」

「ん。  ねぇねぇ、柏谷さ――――」


 俺が言わずとも彼女は動いたかもしれないが、いつも世話になってる礼だ。これくらい大したこと無い。

 密かな契約を交わした彼女は一つ頷いてから隣の少女に話しかけようとしたが……直前で動きが止まった。


 近づいてくる者が居たのだ。

 それは、怜衣さんと溜奈さん。彼女たちは遠巻きに見てくる視線を一身に受けつつ立ち上がった少女と向かい合う。


「ぁっ…………」

「……久しぶりね。亜由美」

「っ――――! 怜衣ちゃんっ!!」


 怜衣さんの呼びかけにさっきまでの怒っていた雰囲気なんて何処へやら。

 パァッとその顔に笑顔が咲いて怜衣さんとギュッとハグをする。


 久しぶり? もしかして怜衣さんたちってこの人と知り合いなの?


「亜由美ちゃん……!久しぶり!」

「溜奈ちゃんも……元気そうで……!」


 思いもよらぬ抱擁に周り全員が唖然とする中、彼女はそっと怜衣さんから離れて溜奈さんともハグをする。

 この2人が知り合い…………妙に凛とした立ち姿…………妙にお金かかってそうなバッグ…………まさか…………。


「え、えっと……感動の再開?のところゴメンね? 3人って知り合いか何か?」

「あら、白鳥さん。 えぇ、その通りよ。この子は私が幼稚園からの友達で、前の学校でも一緒だったの」

「なるほど……」


 なるほど。

 つまりアレか。彼女も正真正銘のお嬢様と。

 さっきの先生もパニクって何処から来たすら言ってなかったな。きっと怜衣さんらが来たというお嬢様学校と同じところだろう。


「でも突然どうしたの連絡も無しに。 転入生って入ってきた時なんか驚いちゃったじゃない」

「それはちょっとサプライズと言うかなんというか……。 そ、それよりあたしの方が驚いたわ!なんで高校をあそこにすることなく出て行っちゃったのよ!!」


 きっとエスカレーターとして向こうの高校に入学せずにこっちに来たことを指しているのだろう。

 たしか……見聞を広めるためだっけ?


「それは……色々あったのよ。 亜由美こそなんで?予定通り向こうの高校入学したんでしょ?」

「あたしにとっては2人の居ない高校生活に価値なんてないわよ。2人の居る場所を突き止めて追いかけてきたわっ!!」


 『フンッ!』と鼻を鳴らして腕組をする。

 そんな……友達を追いかけるためだけに転校するってアリ?


 それにしても腕を組んだ時に見えた彼女も凹凸もなかなか……ハクほどではないにしても匹敵するかもしれないポテンシャルは持つだろう。……って、ダメだダメだ。初対面の人にこんなこと考えちゃ失礼すぎる。


「でも、手がかりも何も無いんだもの。 場所を突き止めてから転校手続きをするのにだいぶ時間かかっちゃったわ」


 ……さっき家庭の事情って聞いたけど、本当の理由ってそれ?

 随分とアグレッシブすぎるお嬢様だこと。


「相変わらず行動力凄いわねぇ」

「怜衣ちゃんほどじゃないわよ。 どう?溜奈ちゃんは順調に振り回されてる?」

「ほどほど……かな? 最近は随分と落ち着いてきたよ」


 いつもオドオドとしている溜奈さんがハキハキと受け答えができていることから、確かに仲が良いのだということが見て取れる。

 怜衣さんって前の学校じゃ行動力すごかったのかな。


 そんな仲睦まじい中に再度歩み寄る人物が1人……我が親友、、ハクだ。


「あのぅ……ボクのことも紹介してくれていいかな?」

「あらごめんなさい。 亜由美、この人は白鳥 琥珀さん。この学校でのお友達よ」

「よろしく。 んと……琥珀さんって呼んで良いかしら?」

「もちろん。 よろしくだよ」


 ハクと彼女は互いに握手を交わして微笑み合う。

 なんとなく壁がある気もするが仕方ない。これからだ。


「それで……もう1人紹介して欲しい人が居るんだけど、いい?」

「あら、だぁれ?」

「それは…………」


 彼女はサァっと遠巻きに見てくるクラスを一巡し、とある場所で目が留まる。

 そのジッと見つめる視線の先には俺の姿。もちろん後ろには誰も居ない。…………って、え?俺?


「この男は……怜衣ちゃんとどういう関係?」

「……随分と棘のある言い方ね。 どうして?」

「朝、2人がこの人と一緒に登校してきたのが見えたわ。絶対なにかあるって思ったのよ」


 だからさっきの授業中こっちを見てたのか。

 随分と痛い視線だったんですけど!


「あら、そのこと。 簡単よ」


 怜衣さんはなんてことのないように肩をすくめ、歩みだす。

 それは彼女と俺の間に立つように、そして俺の肩に手を置いて、自信満々に答える。


「彼はダーリンよ。 私、彼とお付き合いしているの」


 早々であり衝撃の、カミングアウト。

 薄々察してはいただろうが確信の無かったクラスメイトたちも、もちろん件の転入生も驚きで目を大きく見開いていた。

 

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