026.3股
「つ……つつつ……付き合ってる……? 誰と……誰が?」
指を震わせ、声さえも震えながら彼女は何とか俺を指差す。
動揺、驚愕、唖然。そのどれをも交えた表情を浮かばせながら何とか怜衣さんへと問いかけた。
「そりゃあもちろん、私と泉よ。 ね?ダーリン?」
「ダーリンなんて始めて聞いたんだけど?」
「いいじゃない。 事実付き合ってるんだし」
「それは……………。 ともかく柏谷さん、それに、コレには色々と事情があって……」
手と手が触れ合う程に近づいてにこやかな笑顔を見せてくる怜衣さん。
事情……。そう、記憶喪失やらの諸々面倒な事情が絡み合っているのだ。
俺は事前に予想していたからか驚きが一周回ったのか知らないが、脳内は至って冷静だった。
驚きよりも、ついにこの時が来たかと言う感覚。
学校でも特定の男子と深く関わらなかった怜衣さんらがずっと俺と居ることで噂にはなっていたが、誰も本人に聞けなかった為真実が広まることはない。けれどずっと囁かれてはいたから俺も心の準備ができていたのかもしれない。
「い……いつから……?」
「2年に上がる直前かしら? もう毎日イチャイチャよ~」
「そんな……イチャイチャ……」
「もうっ! おねぇちゃん!私のこともわすれないでよっ!!」
おっかしいなぁ……イチャイチャってまだ手を繋いだくらいで止まってるハズなんだけどな……。
スラスラと答える怜衣さんに対して呆然とする柏谷さん。そんな彼女たちの間に溜奈さんまで入ってきた。
もうぐちゃぐちゃだ。周りではザワザワとクラスメイトたちのどよめきの声が聞こえてくるし。
「あら、そうね。ごめんなさい溜奈。 亜由美、訂正するわ。私だけじゃなく溜奈とも付き合ってるから勘違いしないでね」
「溜奈ちゃんともって…………二股!?」
大きく見開いた目が勢いよくこちらへと向けられる。
……やっぱりそういう感想になっちゃうよね。 クラスのど真ん中で、怜衣さんらの旧友の前で。これは最悪だ。
「あー……だからこれはね、色々と事情が――――」
「ちょっと待った。 何ボクを無かったことにして話を進めようとしてるんだい?」
背中に嫌な汗をダラダラと垂らしながら誤解(?)を解こうと試みるも今度はハクによって遮られてしまった。
え?何ハクさん。 もしかしてまた爆弾投下するつもり?
「…………そうね。私としては2人で独占したかったのだけど、白鳥さんも彼と付き合ってるわ」
「3股ぁ!?」
あーあーあー。
もう早退して家に帰りたい。あの一人の楽園に引きこもって動画をずっと見ていたい。
周りのざわつく声が一層大きくなるのを感じながら窓の外を見上げると、雲ひとつ無い青空と優雅に飛ぶ鳥が見える。
あぁ、羨ましい……あの鳥なんて悩みなんてなさそうだ。
「ちょっと。 ボクが1番付き合い長いんだからね。どっちかと言うとボクが2人を認めてあげてるはずだけど?」
「そうかしら? 最初に付き合ってたのは私たちだけれど?」
「むっ。 きっとそれも彼の一時的なお遊びさ。どうせすぐボクの元に帰ってきてたんだから」
「あら、それは勇気を出して告白しないと意味ないんじゃない? 帰ったところでずっと友達止まりなんだから」
「…………」
「…………」
売り言葉に買い言葉。
ハクと怜衣さんは互いに言い合って睨み合ってしまった。
これまでも何度かこういうことがあったからもう慣れたけどさ……この場で取り合うような言い争いは火に油では。
「えっ! 里見君って3股もしてるの!?」
「え~っと…………」
ふと背後から話しかけるのはクラスメイトの少女。
名前は……えーっと…………忘れた。けれどどんな立ち位置かは覚えてる。よく怜衣さんらと話してる女の子だ。
「じつは……。うん」
「へ~。 見かけによらず結構大胆なんだねぇ。それじゃあ私も立候補しちゃおっかな?私も怜衣ちゃんとも仲良くしたいって思ってたし」
「「それはダメ!!!」」
突然グイグイくる彼女にどう断ろうかと頭を回すも、さっきから混乱していい言葉が思いつかない。
そんな時アシストするよう間に入ってきたのはさっきまで言い合っていた2人だった。彼女らは俺を守るように立ちふさがり彼女の肩を持って移動していく。
正直名前も覚えて無いんだから勘弁してよ……。
ただでさえ今の状況は色々と大変なんだから。4人目なんて来ちゃ心労で倒れてしまうじゃないか。
「まさか……そんな…………怜衣ちゃんが…………」
「ご、ゴメンね亜由美ちゃんっ! 2人言い合ってるけどじゃれ合ってるだけなの!ホントはいつも4人仲良しだからね!?」
おっと溜奈さん、ちょっとそのフォローはピントがズレてるんじゃないかなぁ?
きっと柏谷さんが変な顔してるのは2人の言い合いじゃなくって付き合ってる人数のことなんだから。
フラフラと言い争う2人から離れるように後退りした柏谷さんは自らの机にぶつかって体制を崩してしまう。
何とか近くに居た溜奈さんの手によって事なきを得たが、その彷徨う視線は次第に俺へと近づいていってキッと睨むものへと変化していった。
「アンタ、名前は?」
「えと……里見 泉です」
「里見…………。アンタ、なんで3股なんてみんなを傷つけるような真似を……ハッ!もしかして、何か弱みでも握って……!」
「い、いや!そんなこと無いから!ただややこしい事情が――――」
再度説明しようと試みるも時の流れというものは無情というもので、今度はチャイムによって阻まれてしまった。
遠巻きに見ていたクラスメイトたちも次第にバラけていき自らの机で次の授業の準備を始める。
もちろん怜衣さんやハクたちも例外ではなく、先程のクラスメイトとお話していた彼女たちは軽く柏谷さんに一言添えて自らの席に戻っていった。
「……………」
「……………」
俺も突き刺さるような無言の視線を一身に受けつつも授業の準備を始める。
彼女は、先生が教室にやってくるまでずっと立ったまま俺の後ろ姿を見つめていた。
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