018.計画通りの小細工
ウインドウショッピングがキライな女の子なんていない――――
そんなことをハクから聞いたのはいつのことだったろうか。
あれは確か……そう、中学に入ってしばらくした時のことだった。
街に新しくショッピングモールができたということで2人で遊びに行った日のこと。 様々な新店が出てきたとあってハクもだいぶテンションが上がってあっちもこっちも行き来していた。
そんな輝く笑顔とは対称的に俺は疲労感満載の顔。
俺は彼女とは真逆の、さっさと目当てのものを買いたいタイプだった。
まず目的の物を決めてから買いに行くことを決め、購入したらすぐに帰る。それで終わって、俺の買い物は充実したものと言えるものだった。
もしかしたらその時から無駄金を使わないことが染み付いていたのかもしれない。目当てのものしか買わないからお金は貯まっていく。だから毎年もらうお年玉もかなり残っていたと記憶している。
だからだろう。次々と移動していくハクについていくと次第に疲労が貯まっていき、それが顔にも出ていたのだ。
そんな俺を案じてくれたのか彼女は一際高いアイスを奢ってくれ、笑顔のまま俺に言ったのだ。
「ウインドウショッピングがキライな女の子なんて居ないんだ。だけど、それ以上に一緒に来てくれる相手に喜んでもらうのが、女の子の幸せなんだよ――――」
――――そう、ハクは言っていた。
今日、諸々あったお陰で家を出るのが遅れに遅れた俺たちは、かつて来たのと同じモールへ昼前になってようやくたどり着いた。
行きの電車で到着時間を確認した俺たちは、着いたら真っ先にお昼を食べるということで一致した。そして現在はちょっとお高めのレストラン。
お高めと言っても高校生基準で1人1食千円といったところだろう。
うどんや蕎麦、はたまたとんかつ定食など和を中心のレストラン。お昼真っ只中とあってか店内は盛況だ。子供連れやカップルなど様々な人で埋め尽くされている。
そんな中、俺は満面の笑みを見せる女の子2人に挟まれていた。
「泉、あ~ん」
「泉さんっ! あ~ん……ですっ!!」
ここは贅沢にも6人がけのテーブル。
そして両脇には、ポニーテールとサイドテールにしたプラチナブロンドの髪を揺らす美少女が2人、揚げ物を片手にこちらに差し出していた。
右のサイドテールの少女はとんかつを、左のポニーテールの少女はえび天をそれぞれ俺の顔に向かって差し出している。その顔は一点の曇りもない笑顔だ。
そんな笑顔を向けられながら俺は過去教わったことを思い出す。
あぁ、相手が笑顔で居てくれるのが幸せってこういうことなんだと。相手に喜んでくれるのは、自分にとっても嬉しいのかと。そんな嬉しさの中俺は告げる。最後の1人、我が最大の親友に向かって――――
「――――ハク、助けて…………」
俺は両脇とはまた違う、3人目の少女に向かって助けを求める。
だってそうじゃん。いくら嬉しいと言ってもこの状況は針のむしろ。行動の最適解が見つからない。親友はずっとこちらを何も言わずに見てくるし……。
正面……片側3人がけの椅子のど真ん中に座る黒髪の美少女であるハクは未だできていないのか何も置かれていないテーブルに頬杖をつきながらジト目でこちらを見て…………目を逸らされた。
「フイッ!」
「ハクぅ…………」
無慈悲の却下に言葉の力が抜けていく。
そんな頼みの綱が…………
「だって……さっきセンはボクのこと助けてくれなかったじゃん」
「いや……あれはだって――――」
「――――厳正なるジャンケンの結果じゃない」
俺が告げるよりも早く右の怜衣さんが続きをかぶせてくる。
そう、店に着いて案内された途端、彼女たち3人は一斉にジャンケンを始めて席の取り合いを始めたのだ。
その目的は誰が俺の隣に座ってあ~んをするか……。
結果は言わずもがな、ハクの一人負け。
更には俺たち3人はすぐに料理が来たのに彼女だけ遅いことも相まってか少しご機嫌斜めだ。
「それは分かってるけどさぁ……せっかく一生に一度ってくらいの勇気を出して、仮とはいえセンの彼女になれたのに……このテーブルの幅が恨めしいよ」
「ハク…………」
その悔しそうな呟きに俺の心は揺れ動く。
たしかにそうだ。幼いあの日諦めた恋心を、彼女はずっと持ち続けて今日伝えてくれたのだ。それなのに隣にいられないのは不義理もいいとこだろう。俺は席を立とうとして――――両脇の2人に止められた。
「……2人とも」
「泉、ちゃんと決めたのだから守らないといけないわよ」
「でも……!」
「――――いいんだ、セン。ボクはキミが幸せならいいんだから……だから2人のを、食べてあげて」
ハクの座っている椅子とは違い、こちらはソファ。後ろに引くこともできなければ横から出ることもできない。
苦々しくも笑みを浮かべるハクの姿を見て俺はかつての日のウインドウショッピングを思い出す。
自分の行きたいところよりもアイスをくれて笑うハク。自らのことより俺を優先して笑ってくれる姿。俺はあの日の笑顔を思い出してゆっくりと視線が下がる。
「どうしたんだい? セン」
「……いや、あの日の……ここに始めて来た日のハクを思い出して」
「あぁ、ボクが連れ回しすぎてキミが疲れ切ったことだね。よく覚えてるよ。アイスを食べて、その後手をつないで帰ったんだ。楽しかったなぁ。」
ハクもあの日のことを覚えているようだ。…………あれ?手をつないで?
「ハク、あの日俺たち手繋いで帰ったっけ?」
「もちろん! 忘れちゃったのかいあの日のことを!」
「…………」
もう一度視線を下げてゆっくりと思い出してみるも、そんな記憶は一切ない。
1年丸まる記憶が無い俺が言っても説得力がないが、中学の頃は確かに覚えてる。やっぱりそんな記憶なんて無い。
「ハク!やっぱりそんな記憶なんて――――むぐっ!」
「ふふっ。 計画どーり」
やっぱり記憶違いなんて無いと勢いよく顔を上げたその時、口を開けると同時に入り込んだ何かに言葉が発することができなくなってしまう。
俺の口に突っ込んだ先には、ハクの身体があった。彼女はテーブルから身を乗り出すようにして俺に何かを入れさせたのだ。
甘じょっぱい……これは……米に醤油に冷たくて薄い……寿司?
「ふふっ、ゴメンね。 手をつないで帰ったのは嘘だよ。隣の座は諦めたけどやっぱりあ~んは譲れなくってね、ちょっと小細工をしちゃった。 ごめんね、2人とも。」
モゴモゴと口が動いて喋れない俺の疑問に答えるよう、彼女は説明をしてくれる。
あぁ……なるほど。さっき頭を下げたタイミングで料理が来て、早速お寿司を俺の口へ放り込んだと。ようやく飲み込んで両脇を見ると驚いた顔を浮かべる両者がそれぞれ固まっている。
「な……なにそれずっるい!」
「何を言うんだい。ボクのが来るまで初めてを奪えなかったのに」
「それは……! でも、あの苦しそうな顔は!?」
「もちろん計画の内さ。センのことはボクが1番よくわかってるからね。どうすればどう動いてくれるか分かるよ。初めて、ごちそうさま」
「くぅ……! 私が初めてをもらうつもりだったのに…………!!」
あ~んで初めてとはなんぞや。
余裕そうな表情を浮かべるハクに悔しそうにする怜衣さん。2人とも楽しそうですね……
「あ、あのぅ……泉さん……」
「なに?溜奈さ――――むぐっ!」
ちょんちょんと肩を叩かれて反対側、溜奈さんの方へと向き直ると、同時に口へとえび天が放り込まれる。
まさかの同じ手法。溜奈さんは俺の口に収まると見るや『よしっ!』と小さくガッツポーズをする。
「白鳥さん……のをみて真似しちゃいました! 2番目ですね……えへへ……」
「あ~!溜奈まで!! ほら泉!私のも早く食べて!!」
「ムブッ!ま……まだ口の中あるから……!」
慌ててとんかつを突っ込もうとする怜衣さんを止めながら大慌てで口を動かす。
そんな折にチラリと横目で見たのは、苦しそうな表情なんてどこへやら、すっごく嬉しそうに舌鼓を打つハクの姿だった。
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