066.無言の圧力
「ここに来るのも何年ぶりだろう……覚えてるかい?セン」
人々が大いに闊歩する夕方の楼門前。
そこにやってきた少女が一人、昔を懐かしみながら問いかけてくる。
「最後に来たのが中1だったから……4年くらい?」
「そうそう、あの日せっかく来たのに高いからってなにも買わなかったよね。帰りに寄ったコンビニで豪遊したんだっけ」
そう、あの最後にここに来た日。
当時からお金のやり取りに苦心してきた俺はケチな性格が表に出て、祭りにきたはいいもののなにも買わなかったんだっけ。
対比して安く感じるコンビニで色々と買い込んで公園で2人食べたのは……楽しかったなぁ。
「アンタ、近くで祭りやってるのに4年も連れ出さなかったわけ?付き合ってて失礼じゃない?」
「いや、俺たちが付き合ったのってここ最近なんだけど……。ねぇハク」
「え~。 ボクはずっと付き合いたいって思ってたんだけどなぁ」
「…………」
柏谷さんに責められ、ハクにも寝返られて四面楚歌。
だって俺として当時の意識は親友だったから仕方ないじゃん。まさか意識されてないと思ってたのに、ずっと好きだったなんて思ってもみなかったし。
それに今日来るに当たって考えていた一つの懸念事項、柏谷さんは昨日のことを全く意識していないようだ。
今日は昼から一緒にいるがそのことを口どころか顔に出す素振りすら見せない。そんな様子に俺もなんだか気にするのが馬鹿らしくなってくる。
「でも、女の子ってそんなに祭りが好きなの?」
「祭りが好きじゃなくって好きな人と色々出歩くのが好きなのよ。 だから、行きたくないとゴネるアンタに琥珀さんは辛い思いしてきたんでしょうね」
「いいんだ、亜由美さん。ボクは彼と一緒にいられるだけで幸せなんだから…………」
「ぐっ……。 怜……怜衣さん……ヘルプ……!」
2人のわざとらしいやり取りに押された俺は助けを求めるように怜衣さんに助けを求めるも、彼女と溜奈さんは返事をすることなく楼門の向こう、出店の奥へと視線を送っていた。
俺がもう一度名前を呼ぶと、彼女らはようやく気づいたようで意識をこちらに向ける。
「えっ、あぁ……聞いてなかったわ。何だったかしら?」
「……大丈夫? やっぱりお父さんのこと……」
柏谷さんによると2人とその父親は仲があまりよろしくないらしい。
そんな中でもここに来たのは俺の顔見世と、2人に解決したいという意識があったから。
だから祭りに来てまず向かうのは彼のいる場所だ。正直、バカ話しないとやってられないくらいは緊張している。
「全然大丈夫よ。 もう私も子供じゃないんだしあなたを紹介しなきゃなんだから……パパと向き合わなきゃね」
「おねぇちゃん……」
まっすぐ奥を見据える彼女と、その手を握る溜奈さん。
どんな確執があったかは知らないが、そう簡単に励ませるものでもない。俺は何を言うこともなくただ黙って空いた手を優しく包み込む。
「泉……」
「まぁ、俺も隣にいるから。それが心強いかは知らないけど……」
「……ううん、すっごく嬉しいわ。ありがと」
俺に怜衣さん、そして溜奈さんと3人で手を繋ぎ合って向かい合う楼門。楼門の両脇に鎮座する金剛力士像が、それはまるで試練の場のように大きく俺たちに立ちふさがっていた。
「まったく、お熱いことで」
「ホントだよ。これを見させられる彼女兼幼なじみのボクはどんな気持ちでいたらいいんだか」
「ね。あたしたちはあたしたちで、一緒に手をつないで行きましょ」
俺たちの様子を見ていた少女2人は仲良く手をつないで笑い合う。
……案外仲いいよね、ふたりとも。
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―――――――――――
―――――――
どうやら柏谷さんが事前にアポをとってくれていたようで、俺たちは彼女の案内によりその場所へとたどり着いた。
そこは出店のある参道を抜け、鳥居をくぐった先にある齋館。彼が待つという部屋の前までたどり着いた俺はゴクリと息を呑む。
彼女らの父親が運営する企業。それは日本を代表する企業の一つだ。
歴史も長く、拠点が海外へと移るだけで日本に多大なダメージを与えるほど。
昔はなにかの技術屋だったらしいが、今となってはコングロマリットとなり、どんなことをしているかさっぱりわからないものの、俺も実家のテレビなどでその存在は知っていた。
そんな企業のトップが、今このふすまの向こうで……。
ゴクリと喉を鳴らすと隣で手を握っている彼女の力が一段と強くなった。
「パ……パパっ!いる!? 来たわよっ!!」
隠しきれない緊張と出しながら怜衣さんが声を上げると、「あぁ、入れ」という低い声が聞こえてくる。
彼女は溜奈さんと、そして俺と頷きあってそのふすまを開けていく。
そこは、長机が占拠する和室だった。
それ以外の物が無いと言っていい、なにもない和室。
彼は、ふすまを開けた先……正面に座っていた。
机に広く書類を並べ、俺たちから向かい合うようにして視線を下ろしていたが、チラリとこちらを見る。
ハクから俺を通り過ぎて溜奈さんまで。ここに来た全員を一瞬だけ見渡すと手にしていた紙を置いて眼鏡を外した。
その姿は座りながらも、身体の大きな人だということは見て取れた。
肩幅が大きく背も高い、白髪交じりの人。シワもいくつかあるが、それはマイナスではなくむしろプラス……しっかりと人生を生き抜いてきた人だということが感じられた。
年は……少なくとも50手前の俺の父さんよりも上だろう。50の半分は越えてるかもしれない。
白い服に浅黄色の袴――装束に身を包む彼は完全なる無表情。しかしそれ故にヒシヒシと圧を発しながら俺たちを迎え入れた。
「どうした……」
「パパ……。もう聞いてると思うけど、報告したいことがあるわ」
「…………」
返事はしないがゆっくりと頷いて次の言葉を待つ。
「その……ね。 私と溜奈は…………同じ人が好きになったから、一緒にその人と付き合うことになったわ。そこの……白鳥さんと一緒に」
「こんばんは……白鳥 琥珀です」
「…………」
お辞儀をするハクに軽く会釈した彼は、俺の方に視線を向ける。
「その……怜衣……さんと溜奈さん……とお付き合いしてます、里見 泉…………です」
「…………そうか」
意識的か無意識か知らないが、酷く重く感じる圧を感じながら続くように俺も最敬礼をすると、小さく彼の声が聞こえてくる。
ゆっくりと頭を上げると、もう彼の意識は怜衣さんの方へと向いていた。
「……報告はそれだけか?」
「それだけって……他になにか無いの? 反対だとか同時に付き合うなんてありえないとか」
「無い。 お前たちが決めたのなら好きにしろ」
「っ――――!」
簡潔な、そして無感情な言葉に怜衣さんの言葉が詰まる。そして同時に俺の手を握る手がギュッと強く握られた。
「そう……やっぱりパパは私達なんかに興味無いのね……」
「おねぇちゃん…………」
その言葉は小さく、彼の元には届かないだろう。
彼はただ何を言うわけでもなく、次の言葉を待っているようだ。
「もういい。パパが好きにって言うならそうさせて貰うわ。 行きましょっ、みんな」
「あっ! おねぇちゃんっ!!」
溜奈さんの呼びかけも厭わず部屋を出ていく姿に、慌てて彼女も追いかける。
続くようにハクも柏谷さんも部屋を後にするのを見て、俺もお辞儀をして部屋を出ていこうとしたが…………
「一つ……いいか?」
「…………はい」
俺が敷居をまたごうとすると、呼び止められた。
何かと思って振り向くと、その姿はもうこちらを向いておらず眼鏡をかけ直して書類を見つめている。
「あの2人のこと、どう思っているんだ?」
「オ……ボクが、ですか?」
「…………」
その無言はきっと肯定だろう。
俺は居住まいを正してその姿と向かい合う。
「……最初はなんで好きになられたかわからなくて混乱する時もありましたが、今は2人……いえ、3人のことが心から好きだと思ってます」
何一つ嘘のない、心からの本心。
きっとどう取り繕っても彼には無駄だろう。いくら綺麗な言葉を並べて美辞麗句を並べたところで全てを見透かされていると俺の心が告げていた。
ならば、嫌われてでもありのままを伝えたほうが後々の彼女らの為にも、俺の為にもなると考えたのだ。
「…………わかった」
長い、長い無言の後。
彼は簡潔な返事だけを残して、何も言わなくなってしまった。
えっと……もう、いいのかな?
「その…………失礼、します」
「…………」
もう大丈夫かと不安に思いながら、再度お辞儀をして彼女らの後を追う。
いつの間にか彼から感じる圧もなくなり、なんとなく俺はその黙っている姿に好感を覚える部分があった――――
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