067.半分こをするのは
齋館を出てすぐの鳥居の手前。
遅れて俺も急いで出ると、彼女らはそこに居た。
案外近くに居たことに安堵し小走りだったペースを落とすと、俺の接近に気がついたハクが怜衣さんに告げ、ゆっくりとこちらを見て困ったような笑みで手を振ってくれた。
「泉……。ごめんなさいね。 勝手に出て行っちゃったりして」
「それはいいんだけど……大丈夫?」
怜衣さんは微笑むだけにとどめ、振り返って鳥居の向こうを見る。
鳥居を抜けた先には出店とそれを楽しむ人々の姿が。
人が多くざわめきが聞こえる参道と、人もおらず静まり返った境内。まるでここを境界とした別世界。
そんな明るい光景を目に収めた彼女は少し困ったようにもう一度俺と目を合わせた。
「最初は来るつもり無かったけど……パパに会おうと思ったのは、あの人の姿をあなたに見てもらいたかったの。あなたの色々なことをこの一年で知ったから、私もって……。 見たでしょう?あの人は仕事ばっかりで私達のことなんか興味無いのよ」
「それは…………」
否定が、できなかった。
たった数分顔を合わせただけの俺が、十何年と過ごしてきた彼女に何を否定すると言うのだ。
同じ考えなのかと溜奈さんに視線を移すと、彼女も同様にゆっくりと頷く。
「パパは……あの別宅を建てたいって言った時も何も言わなくて、それ以降ママに用事のあった一回しかあの家に来てくれなかったんです……」
「――――予め言っておくけど、ネグレクトとかそんなんじゃないわ。言えば別宅費用も出してくれたし、稀に会う時も質問したら返してくれるもの。 でも、私達のことを気にかけてくれたかと言うと……」
そこで2人は同時に視線を下げる。
確かに家庭というのは人それぞれだ。人生で転んだらトドメを刺すと宣言するウチの母だったり、まるで姉妹……妹のようなハクの母だったり、様々な形がある。
きっと俺が何かを言えば、彼女らはそれを信じてくれるだろう。けれど人生経験も少なく、そんな経験も無いから何を言えばいいのかもてんで思いつかない。
そんな俺を察してか、口を開くよりも早くポンッと肩に何者かの手が置かれる感覚がした。 ハクだ。
「だから2人は別宅で暮らしてるのかい? あの父親が嫌だから」
「ううん、向こうにいても殆ど帰って来ないから会わない事に変わりはないわ。 あの家はただ泉が近くにいるから……」
「…………」
それだけの理由でずっとあそこにいると言われると少しむず痒くなってくる。
ストレートすぎる言葉に頬をかくもハクは気にせず一歩前に出た。
「じゃあ、それでいいじゃないか。 今日はセンを父親に顔見せできた。しかも3股という紹介付きで。 それで反対もされなかったんだから万々歳さ。それとも他に何か障害でもあるのかい?」
「ない……けど…………。 白鳥さんは先生みたいに『父親なのだから歩み寄れ』って言わないの?」
「ボクが? 言うわけないじゃないか。 きっと思春期の娘を前にして恥ずかしいだけなんだろう。ウチのお父さんも帰り辛いらしいし」
先生…………それは前の学校か、今の学校の人たちか。
どちらにせよ、家族間の問題というのはデリケートにもなろう。
「センはどう思うかい?」
「ま、まぁ……俺も、ハクに同意かな? 正直あの人に刺されることも想像してたし、無干渉でもきっと時間が解決してくれる……と、思う…………」
相変わらず何の根拠もない言葉。
でも、最後俺に問いかけてきた言葉を思い出す。きっとあれは本当に気にしていないのなら出てこない言葉だろう。
「そう…………。 あなたが言うなら、それを信じるわ」
「もしダメなら……勝手に結婚でもすればいいさ。もちろんボクの後にね」
「え、俺!? う、うん…………」
え、家族間の話してたのに結婚まで飛躍するの?
俺さっきまで結婚の挨拶にいってたんだっけ?
一見飛躍した言葉に怜衣さんたちも困惑するかと思ったが、彼女らは小さく笑みをこぼす。
「ふふっ……何よそれ……。 結婚はするのに、私達が先に決まってるじゃない。最初に付き合ったんだから」
「おや、それは結局刷り込みだったんだろう? 無効じゃないのかい?」
「あら、私がいつ無効なんて言ったのかしら? 今でも有効よ。最初に付き合ったのは私達よ」
俺がアタフタしている間にも何やら不穏な言い争いをしている2人。
この場合、「やめて!俺の為に争わないで!!」なんて言うべきなのかな?
…………ないな。両手を掴まれてヒートアップする未来しか見えない。なにその大岡裁き。
けれどどうやってこの場を収めよう――――
そう混乱しつつも回らない頭を動かしていると、ふと怜衣さんの吹き出す音が聞こえてきた。
「プッ――――。 泉ったら全然覚悟の決まった顔してないじゃない。もっと堂々としなさいよね」
「おねぇちゃんだってそういいながら『結婚』って出た途端顔真っ赤だよ~」
「溜奈!余計なこと言わないっ! ……あと、ありがと。白鳥さん。なんだか気がラクになったわ」
さっきまでの少し気の張った様子とは違い、いつも見たような笑顔に戻る怜衣さん。
何が解決に繋がったのかわからないけど……よかった、元気出してくれて。 問題の先送りでも今はそれでいいんだ。きっと未来の俺がなんとかしてくれる。
「さぁって! せっかくお祭りに来たんだから何かしないとね! あなたは何が食べ――――ひゃあっ!!」
「キャッ!!」
うんと怜衣さんが伸びをしてこれからのことへと話が移ったところで、突然驚いたような叫び声を上げる怜衣さんと溜奈さん。
何!?敵襲!?――――そう身構えかけたが杞憂のようだ。
2人の背後から頬に当てられているのはかき氷。 そしてそこに立つのは柏谷さんだった。
「もう小難しい話は終わったかしら? ほら、みんなの為に買ってきて上げたわよ」
「わぁっ! かき氷だぁ!!ありがとぉ、亜由美ちゃん!」
彼女は、器用にかき氷を4つ持ちながらそれぞれに渡していく。
さっきまで話に入ってこないと思ったら、それ買いに行っていたのか。
「ってあれ? 4つ?」
「ふふん、アンタよく気づいたわね」
そう、買ってきてくれたかき氷は4つ。そしてこのメンバーは5人。
どう考えても1人分足りない。当の本人は何か訳知り顔だし……。
「残念ながらアンタの分はお預けよ。私の手がもたなかったもの」
「えぇーー」
まじかぁ……。
残念だけど、そりゃそうか。一人しかいなかったし買える分も限界があるだろう。むしろ4つも持ってこれたことが凄い。
すぐ近くにかき氷屋が見えるし、ちょっと向かって買ってくれば済むことか。
「……でも、どうしてもって言うんならアタシと半分こでも――――」
「――――セン、それならボクと一緒に食べるかい? 実はボク、今日軽くお腹に入れてきたからこれも食べると他が不安でね」
「――――泉さんっ!私のも是非食べてください!! 私もこんなにいっぱい食べたら頭キーンってなっちゃうんで!」
柏谷さんが何かを言うよりも早く、俺の前に立って差し出してくれるのは二つのスプーン。
ハクと溜奈さんだ。彼女らは何よりも早くい俺の前に立って一緒に食べようと提案してくれる。
「ありがと2人とも。 ごめん柏谷さん、なんだって?」
「…………なんでもないわよっ!! ふんっ!!」
何か怒ったような様子で、俺から顔を背けながらスプーンをかき込む柏谷さん。
あっ……そんな勢いよく食べてったら……!!
「~~~~!!」
「あぁ……」
言わんこっちゃない。
警告するよりも早く頭キーンってなってしまっていた。
「あなたっ! あそこのベンチで一緒に食べましょっ!!」
「うん。 柏谷さんもそこでいい?」
「もうなんでもないわ……。 好きにして……」
彼女は少しうなだれた様子で俺たちの後ろをついてくる。
俺たちはさっきまでの落ち込みは何だったんだってほど、お祭りを堪能し尽くすのであった。
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