068.最悪のタイミング
「やぁやぁセン。 元気かい?」
「ハク…………どうしたのこんな時間に?」
祭りも十二分に楽しんで数日、もはや夏休みも残り1週間ほどとなる頃。
俺がいつも通り1日をダラダラ怠惰な時間を過ごして夕飯でも作ろうかと腰を上げると、彼女がやってきた。
もうここに来るのも何度になるのかわからないほど来た、ハク。
この夏休みに入ってからは毎朝起こして貰う必要も無くなって来る頻度は減ったが、それでもみんなの集合場所としてここにはよく来ていた。
「いやね、何してるかなって」
「これから夕飯作ろうかなってとこ。 取り敢えず、お茶いる?」
「いいのかい? じゃあもらおうかな。―――――――――ぷはぁっ!やっぱりこの暑い中歩くと冷たいお茶がしみるねぇ……」
コップいっぱいに入れたお茶を一息で飲んだ彼女はまるでビールを飲んだ父さんのように気持ちよさそうな顔をする。
いくら夕方とは言え外は地獄だからね。
今日見たネットニュースだと……どこか県外では40度超えたんだっけ?
40度ってもはやお風呂じゃん。外の空間が全てお風呂に変わるって冬との落差ヤバすぎない?冬は冬で極寒地獄だけどさ。
「それで、今日はどうしたの?」
「今日かい? 取り敢えず夕ご飯でも一緒に食べたいなって思ってね。 はい、色々と買ってきたよ」
「おぉ…………」
彼女が背負っていたリュックサックから取り出したのはスーパーの袋。
その中には野菜やパスタ、お肉やフルーツまで多岐に渡る物が入っていた。 お、牛肉まであるじゃん。
「ボクから一人暮らししてるキミへの差し入れだよ。 その代わり夕ご飯、いいよね?」
「もちろん! これはありがたいなぁ。食費が色々浮く……」
一人暮らしするとなかなか圧迫するのが食費だ。
毎日3食カップ麺ならばそれも解決するが、さすがに栄養面でヤバいというのは言うまでもない。
ある程度栄養に妥協しつつも食費を押さえるとなったら、どうしても食材を節約しながら毎日自炊するしかなくなる。
けれど俺はある程度料理ができるとはいえまだまだ1年もやっていないひよっこ。つまりそこまでのスキルはないのだ。
つまりどうしても無駄使いしてしまってかさむ食費。それがある程度浮いたとなれば嬉しいことこの上ない。
「じゃあ早速作ろっか。 この食材だと……せっかくだし牛肉使ってしゃぶしゃぶサラダでもする?」
「いいねぇ。 もちろんボクも……あっ―――――」
差し入れを冷蔵庫に片しながら牛肉を筆頭に材料を並べていくと、彼女も手伝おうかと腰を上げてくれる。
ありがたい。結局俺よりハクのほうがスキルもあるし…………と、思ったが彼女は何かを思い出したかのように片膝を上げた状態でフリーズしてしまった。そのまま自らの服の首元を持ち上げたままその鼻に持って行きだした。
「クンクン……スンスン…………。ねぇセン、ボク汗臭くないかい?」
「へ? いや、全然そうは思わないけど。 どれどれ――――」
「まっ……!待った!! こっちに近寄らずにそこからっ!そこからどうだい!?」
さすがにテーブルを挟んだ向こう側の匂いと言われても分かりづらい。
そう思って近づこうと思ったが真っ赤な顔で止められてしまった。
「さすがにこの距離じゃわからないけど、大丈夫じゃない?ハクが臭いなんて思ったことないし」
「それでも気になるんだよっ! ちょっとシャワー浴びていいかい?」
「いいけど……着替えどうするの?」
ここはエアコンが効いてるとはいえ外はまだ暑い。
お茶を一息に飲むくらいだし彼女も歩いたせいでだいぶ汗をかいただろう。シャワーを浴びれど着替えは欲しいはずだ。
ある程度の服は俺が融通効くけどさすがに下着となるとなぁ……。
「大丈夫さ。 ちゃんと下着も持ってきたからね」
「…………なんで?」
彼女が取り出したのは小さなポーチ。その言い方だと下着が入っているのだろう。
でも、なんで?女の子って出先でシャワー浴びる用にいつも持ち歩いてるのかな?
「なんでって、もちろんセンの家に今日泊まるからだよ」
「…………はい?」
謎の突飛な言葉に思わず聞き返してしまう。
ハクが俺の家に泊まる?どうして?なんで今?
「俺の家に泊まる……?」
「そうさ。 もちろんボクの親もキミの親も了承済みだよ。『孫の顔を早く見せろ』って伝言付きでね」
「聞きたくなかったそんな伝言……」
母さん……。俺には何も言ってこないじゃん。俺よりハクのほうが自分の子供だと思ってない?
「だってセンとは毎年夏になると一緒にお泊り会してるじゃん」
「そ……それは中学までだったじゃん! 高校からはやってないし……それに今は…………」
そう。確かに中学までは毎年お泊り会をしていた。
とはいってもハクの母さんも同伴で、寝る部屋も別というもの。去年は一人暮らしも始まって恋愛的に諦めていた俺が断ったから実現しなかったが、さすがにここに泊まるとなると部屋も分けられないし……。
俺はチラリと彼女を見やる。
最後に泊まったお泊り会と違って、1年で見違えるほど変わった彼女の身体。
先日の水着でそのモデル顔負けのスタイルだということは痛感したが、それでも泊まるとなると話が変わる。いくら俺でも一晩彼女と一緒だと理性が持つかわからない。
ちなみに怜衣さんと溜奈さんが泊まったあの日はノーカンだ。邪な気持ちを持つ前にゴタゴタがあったから。
「ボクはもちろんいいんだよ? キミから襲ってもらっても。恋人同士だしね」
「俺は……その…………」
「……まぁ、いいさ。 とりあえずお風呂は入らせて貰うね」
彼女はリュックサックを持ってお風呂場へと入っていってしまう。
助かったと俺が胸を撫で下ろすと、「あっ!」と声を上げながら彼女は顔だけをこちらに向けてきた。
「もちろんボクは泊まっていくから、心の準備……しておいてね?」
「~~~~!!」
チュッと――――
投げキッスをして扉を閉める彼女に俺は顔が一気に赤くなる。
最初は恋を諦めたのに……男の子のような風貌で俺も男友達だと思ってたのに……。
いつの間にか女の子らしさが増して魅力的になって……。それでいてずっと俺のことが好きだったとか……反則すぎる。
「あ~~~っ! もうっ!!」
俺は邪念を振り払うように首を振って背にしていたキッチンへと向かい合う。
こんな時は料理でもなんでも、集中してしまえばいいんだっ!!心頭滅却すれば火もまた涼し!!
ピンポーン――――
と、野菜を切ろうとしたところで鳴るのはインターホン。
今日はなんだか来客が多いな。誰だ?できれば恵理さんであってくれっ……!そしてハクを引き取ってくれ……!
「はぁい?」
「ふんっ……! 今日も来てあげたわよ」
扉を開けて目の前に立っていたのは、柏谷さんだった。
普段よりほんの少し早い、彼女の来訪。
その姿はいつか見たワンピース姿とまったく同じもので大きな胸のせいで浮く隙間から見える、下着のようなタンクトップがチラチラと目に入る。
これは見せてもいいものなのだろうか……でも本人が気づいていない筈もないし……ってそうだった。今は違った。
「ごめん柏谷さん。 今日は無しにできない?」
「はぁ? なんかあるの?」
「ちょっと今ハクが来ててさ……」
……なんかこれ、浮気相手を交渉して退散させようとしている図じゃない?
浮気なんてこれっぽっちもする気ないんだけどさ。向こうもそんな気持ち全く無いだろうし。むしろ前聞いたら凄い怖い目で睨まれた。
「ふぅん……。じゃあ手早く済ませましょ。 ほら、屈んで」
「はいはい……」
まぁ、さっきハクはお風呂入ったばかりだしこんなすぐに出てくる事もないか。
俺は指示通り軽くしゃがんで横を向く。
以前奪われた彼女にとって二度目のキス。夏祭り前日のそれは、まるで無かったかのようにその後も頬へとキスをするようになった。
あの時の真意は何なのか、何故ただの友達である俺にキスをしたのか。それは未だに聞けないでいる。
「じゃあ行くわね。 んっ――――」
「ねぇセン。 ボトルがわかりにくいんだけどシャンプーってどっち――――」
「―――――――――。」
屈んで彼女が近づいた瞬間、最悪のタイミングで起こってしまった。
俺がキスを受けるため横を……お風呂場へ続く洗面所の扉を向いていたせいで目が合うタオル一枚姿の彼女。
それはちょうど頬に触れる直前。ハクも真っ先にこちらの姿を発見してその目が大きく見開く。
少し固まっていたのか、俺の耳に少し手が触れて離れた彼女の視線は、一切驚愕の色も見せずハクの方へと向かっていた。
俺は、最悪のタイミングで、ハクと柏谷さんをバッティングさせてしまったのだ――――。
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