037.2つのデザート
「それじゃあ…………今日のホームルームはここまで!! 皆さん、また来週ね~!」
そんな先生の宣言の後、担当の号令が聞こえてきてシンとしていた教室が一気にざわめきに包まれる。
無理もない、今日は金曜日。
あの俺が風邪で早退した日から3日4日経ち、今週最後のカリキュラムが終わったのだ。
生徒たちを待ち受けるのは土日という名の安息。つまり休暇だ。
一部の者は部活やバイトなどで忙しくはあるが、大抵の者はその休みを謳歌するだろう。
だからクラスは昨日・一昨日以上にテンションが高い。俺も正直休みを目の前にしてウキウキ気分だ。
休みだからといって何か予定があるわけではないが、それでも週5の学校という拘束から解かれると気分が上がる。
そもそも7日あるサイクルのうち5日も学校に費やすってなかなかバランス悪いと思うの。せめて週4日にならないものですかね。そしたら約半々で丁度いいというのに。
2日程度で1週間の疲れが消え去るなんて大間違いだ!……でも、世の中の社会人はどうやってそんなハードスケジュールを何年もこなせているのか、不思議過ぎる。
「あ、そうそう! 一個言い忘れてたっ!!」
若干上がったテンションで荷物をまとめつつこの世の理不尽さを嘆いていると、教室を出る寸前だった先生が何かを思い出したかのように声を上げる。
はて、何かあったかな?もう7月に若干足を踏み入れた今日、夏休みのことだろうか。
夏休み……いいねぇ。いい響きだ。
花火もあるし祭りだってある。宿題の多さに目を瞑れば、ほとんどの日数をこんな効いてるのか効いてないのかよくわからないエアコンの下ではなく、キンキンに冷えた自室でゆっくりできるのだ。
今年は何しよう……考えるだけでワクワクしてきた。
「部活やってる子たちは顧問の先生から聞いてるかもだけど、来週からテスト期間に入るから!! みんなお勉強しっかりするようひっ!」
…………はい?
「…………はい?」
先生はさっきなんて言って出ていった?
なんか最後噛んでた気がするが構っていられない。
テスト……テスト…………あぁ!期末テストか!!
長休みの直前に行われる定期考査。1週間テスト期間という名の部活禁止期間の後、次週3日ほど使ってテストをするもの。
ウチの学校では30点がしきい値で未満となると赤点。赤点を取った者は夏休み最初の1週間赤点教科ごとに1時間の補修が追加される。
周りの学校と比べたらまだ優しいとの噂も聞くが、それでも補修なんて受けたくない!!休みに入ってまで早起きしたくない!!
一応、俺の成績での補修ラインは安全圏……だと思う。しかし高いに越したことはない。後々大学や就職といった時に推薦やら何やら効くらしいし。
ってわけで、俺がすることは…………。
「――――ハクっ!!」
「はいはい。 もう毎回だものね。慣れたよ」
俺は振り返ると同時に額をゴンと机に叩きつける。
中学から何度もやっているとハクも慣れるものだ。ハクは突然の行動にも関わらず驚きの顔どころか肩をすくめるだけに留めている。
……にしても、最近の俺ってばハクに頭下げすぎじゃない?まぁ相手が相手だしプライドも何もあったもんじゃないけどさ。
「たすかるっ……! 俺が赤点回避できてるのはハクのお陰だからさ……!」
毎度テスト期間は1週間みっちりハクとのマンツーマン指導によって俺は補修ラインからだいぶ離れたところに居られる。
もし指導がなくなったら……どうなるんだろう? ずっとこのスタイルでやりすぎてなくなった時が想像できない。
「そう言ってくれると教えがいがあるさ。 あ、あと報酬の件、大丈夫かい?」
「もちろん。今度持ってくるよ。 ……2人分だよね?」
「当然さ」
俺が彼女に教えを請う際渡す報酬…………それは毎日何かしらのデザートを2人分用意するということ。
コンビニやスーパーで買ったゼリーやプリンでも、オシャレな店で売っているケーキでも何でもいい。とにかく2人分用意することが条件だった。
昔金欠すぎてハクの分だけ買った際には本気で拗ねられ、解説以外1日何も話してくれなかったことがある。
それ以降は一層2人分には気をつけている。なぜそこにこだわってるか知らないが。
「最近は貯めてるから全然いいんだけどさ……。 なんで2人分?」
「…………気付いていないのかい?」
はて? そんな目を丸くされたって教えられてないからわからないんですが。
何かあったかなぁ……確かに俺の好みのものばかり買えるというメリットはあるものの、ハクが好きとも限らないしそちらにとっては一種の賭けともなりうるのだが。
「もう付き合ってるんだしてっきり気付いていると思ったんだけど……」
「仮だけどね」
一応の付け足しに彼女は気にも留めないまま立ち上がる。
そのまま俺の横まで移動し、手際よく俺の荷物をまとめてからバッグをこちらに押し付ける。
「そうだね……それは宿題にしよう。今回のテストが終わるまでのね」
「えぇ……テスト期間なのに考えること増やすの……?」
「乙女心の勉強もまた大事さ。 特に一時的とはいえ合法的な3股してるんだから」
「まぁ、そうだけど……」
それを言われちゃ何も言い返せない。
俺は渡されたバッグを肩に背負って立ち上がる。今日の怜衣さん溜奈さんは家の都合で即帰ってしまった。教室の反対側にはもう空になった机が2つ。
「そういうとこだよ、セン」
「えっ?」
使用者が帰ってしまった2つの机を眺めていたら掛けられるハクの声。
見るとその頬は少し膨らんでいるようだ。なぜ……。
「確かにセンはあの2人とも付き合ってる。でも、今2人は居なくて目の前にはキミのことが大好きなボクが居るんだ。 なのに居なくなった机を寂しそうに見られるとボクも嫉妬しちゃうじゃないか」
「あぁ……ごめん」
そういうことか。
乙女心。
ハクは目の前に居るのに見られていないことに嫉妬していたと。
それは……怒ってるのはわかるけどなんとなく嬉しい。
「いいさ。これからゆっくり教えていくから。 何も知らない真っ白なキミをボク色に染められるって考えたら案外悪くないものさ」
「俺、染められるの?」
「もちろんじゃないか。 あと、ボクのことは心配しないでいいよ。この十数年間でボクはすっかりキミ色に染め上げられちゃってるんだから」
「ハク……」
キュッとバッグの持ち手を強く握ってはにかみながら見上げるその姿に心の内が何ともいえないむず痒さに襲われる。
けれど決して嫌なものではない、むしろ満たされていく、不思議な感覚。
「さ、行こっか。 今日ももちろんボクの家だよね? なんなら泊まっていくかい?」
「い……いや! ちょうど実家に帰る予定があってそっち泊まるから!」
「なぁんだ。 つまんないの」
もちろんでまかせだ。このまま泊まるとなれば俺の心が絶対抑えられない。
俺は彼女に手を引かれながら、上機嫌に笑うその横顔を見つつ教室を出ていくのであった。
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